低投票率はウイルスのせい? 国民がそっぽを向いたイラン議会選挙

    「私たちには選挙制度があります!」。イランの人に、ほかの中東諸国との違いは何ですか?と尋ねると、こう答えて胸を張ります。民主主義とはあまり縁のない国と思われがちですが、確かにイランの大統領や議会議員はいずれも、国民の直接投票で選ばれています。選挙は厳格なイスラム体制下にあって、国民が政治に参加する重要な機会になっているのです。

    ところが2月に行われた議会選挙は歴史的な低投票率に終わりました。国の最高指導者は新型コロナウイルスのせいだと言っています。そんなことあるのでしょうか。

    目次

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      倍率40倍の激しい戦い!?

      イランの選挙でまず目をひくのが、あまりにも多い候補者の数です。首都テヘランの選挙区では定員30人に対して、1300人超が立候補。倍率はなんと40倍以上です。

      立候補するには事前の審査が必要で「イスラム体制に忠実か」などの基準をクリアする必要があります。今回も、全ての選挙区で立候補を届け出た人のうち約半数が、事前の審査で失格となりました。しかし、それでもこの多さです。

      必須アイテムの「リスト」

      イランの議会選挙では、選挙区の定員の数だけ有権者は投票することができます。つまり、テヘランだと定員が30人なので30人の名前を書くことができるということ。

      しかしこれほど大人数の中から、どのようにして意中の候補者を選ぶのか。開票所で中年男性に聞いてみると。

      「テヘランで立候補している1300人のうち、知っているのは10人ほどかな」

      やっぱり、ほとんど知らないのか。

      「だからこのリストがないと、絶対に投票できないんだよ」

      男性がのぞいていたのはスマホの画面。テヘランの定員数にあたる、候補者30人分の顔写真と名前が掲載されています。開票所で有権者は、ひたすらこの「リスト」を書き写す作業をしているのです。

      リストは、同じ主義主張を持った候補者でつくる、いわば政治グループです。イランには全国規模で活動する強力な政党が存在しないため、選挙期間中にこうした政治グループをつくり、有権者にアピールするのです。

      2つの政治グループ

      リストをつくっているのは、主に2つの政治グループです。1つが、反米の「保守強硬派」。もう1つは、国際社会との対話を模索する「改革派」や「穏健派」と呼ばれる人たちで、現在のロウハニ大統領を支える勢力です。

      双方がリストをつくって、しのぎを削るのがイラン流の選挙。少なくとも「改革派」「穏健派」連合が勝利した、前回2016年の選挙はそうした構図でした。

      しかし今回の選挙では、「保守強硬派」のリストが期間中の早い段階で出回っていた一方で、「改革派」「穏健派」のものはあまり目にしませんでした。

      選挙の事前の審査で「改革派」「穏健派」の候補者の多くは失格となり、立候補さえ認められなかったのです。これでは誰に投票して良いのか分からない有権者もいるのではないか・・・そう思いました。

      “ノーチョイス” 有権者の苦悩

      「もはやノーチョイスですよ」。

      前回4年前の選挙で「改革派」「穏健派」連合に投票したプヤ・メフラッドさん(28)は、一票を託す先がない、今回の選挙をこんな風に表現してくれました。

      イラン各地に水を運ぶ事業に携わるメフラッドさん。外国との取引でビジネスが活性化することを願い、欧米との対話路線を掲げるロウハニ大統領を支持してきました。

      2015年に核合意が結ばれて経済制裁が解除された時には、国際社会との結びつきいっそう強まることに期待しました。しかし、現実はそのようにはなりませんでした。

      アメリカのトランプ政権が核合意から離脱し、経済制裁を再発動したことで、状況は一変。取引先の外国企業は、波がひいていくかのようにイランから撤退していきました。現在は、水の事業に欠かせないポンプやモーターの輸入も厳しくなっているといいます。

      トランプ政権への怒りとともに、状況を改善できない今の政権にも、ふがいなさを感じているといいます。

      「私は世界中の国と貿易をしたり、交流したりする、そんな普通の国に暮らしたいだけなんです」

      「反米」といったイデオロギーではなく経済、そして国民の発展を最優先に考えて行動してほしい、そんな嘆きの声でした。

      指導部の焦り

      国民の失望ぶりを知ってか、1週間ほどの選挙期間中、イランの指導部はあの手この手で 投票を呼びかけました。

      国営放送では、私が数えただけでも投票を呼びかける動画が20種類以上、放送されました。1枚1枚の投票用紙が空へ飛び立ち、それらが合体してミサイルとなり、攻めてくる敵の戦闘機を撃ち落とす、というイランらしく勇ましいものもありました。

      イランではここ数年、経済に端を発した反政府デモがたびたび起きています。中にはタブー視されてきた体制批判が展開されたものもあります。

      多くの有権者が選挙を棄権すれば、国民の「体制離れ」が一段と進んでしまう。盛んに流された動画は、そうした焦りの表れなのかもしれません。

      自国の選挙よりも重要なのは・・・

      投票日から2日後。地元メディアが伝えたのは、保守強硬派が圧勝したという選挙結果でした。ただそれと同じくらいメディアが大きく取り上げたのは、42%という投票率でした。

      首都テヘランに至ってはわずか20%台です。1979年のイスラム革命以降、最も低い数字でした。

      そこで出てきたのが最高指導者ハメネイ師の発言です。「数ヶ月前から始まったウイルスに関するネガティブなプロパガンダが選挙前になって拡散した」――要は、海外メディアがイランの選挙を妨害するために新型コロナウイルスの情報を意図的に流した、ということが言いたいようです。
      実際のところは、国際社会との協調を願う人や、体制に不満を持つ人が投票をボイコットしたことが、低投票率につながったとみられています。低投票率は体制にとって打撃。選挙の正当性に疑問符をつけることになるからです。

      投票しなかった有権者からは、こんな声も聞きました。

      「イランの選挙よりも、アメリカ大統領選挙の方が私たちに影響がある」。

      もはや対話を重視する国際協調派だろうが、反米の保守強硬派だろうが、苦境から抜け出すすべを、誰も持ち合わせていない。むしろ、イランの将来を左右するのは、イランに厳しいトランプ大統領が11月に、再選されるかどうかだ-―― 国民の中にはそう考える人が少なくないようです。

      イランが胸を張る「民主的な選挙」。しかしその実態は多くの国民にとって選択肢のないものとなってしまい、この国の未来も大きな壁に阻まれてしまっていると感じます。(テヘラン支局 戸川武)