人生で1度は体験したい!サッバーハが案内するイスラム大巡礼

    世界中のイスラム教徒がサウジアラビアの聖地メッカに集う大巡礼「ハッジ」。今年は8月19日から24日ごろまでの間に230万人以上のイスラム教徒がメッカを訪れました。ただでさえ取材が難しいサウジアラビアですが、この大巡礼、私は100%行くことができません。メッカには、イスラム教徒しか立ち入ることができないからです。
    というわけで、今回は私の相棒で、誇り高いムスリムである、NHKドバイ支局のサッバーハカメラマンの案内で、みなさんに大巡礼の世界をご紹介します。

    目次

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      イスラム教徒にしか入れない聖域

      やあ、日本のみんな。俺がサッバーハだ。パレスチナ暫定自治区のガザの出身で、いまはドバイでNHKのカメラマンをしてるよ。なんでガザじゃなくてドバイにいるのかって?紛争が絶えない中東、俺もいろいろと大変だったんだ。でも、それはまた別の機会だな。

      メッカにあるグランドモスクの入り口

      さて、なんで吉永じゃなくて俺が案内するのか、なんだけど、メッカに向かおうとすると、メッカの郊外にある検問所でパスポートがチェックされるんだ。サウジアラビアが発行したビザには宗教についての記述があるから、ムスリム以外は検問所を通れないってわけ。日本にはムスリムが少ないからほとんどの人はメッカを訪問できないよな。

      で、俺が立っているのがメッカのグランドモスクの入り口。巡礼はここから始まるんだ。周りが世界から集まった巡礼者たちであふれているのがわかるだろ。日本のみんなはメッカっていうと砂漠の中みたいなイメージかも知れないが、ここのところ高層ホテルの建設ラッシュがすごいんだ。客室からカーバ神殿が見たいっていう巡礼者のニーズが高いらしいんだな。

      カーバ神殿を7回回る

      え、なんで風呂上がりみたいな格好してるんだって?これは「イフラーム」って言って、メッカに巡礼するときにはこの格好って決まってるの。俺もドバイではオシャレなシャツとジーパンだよ。でもメッカではこの格好。神の前ではみな平等だっていう意味が込められてるんだ。だからサウジアラビアの王族であれ何であれ、みんな巡礼に参加するときはこの格好になるよ。ではグランドモスクの中に案内しよう。

      中央に見えるのがカーバ神殿

      いやはや、すごい人だね。こういう写真とか映像はみんなも見たことがあるんじゃないかな。真ん中に黒い四角の箱みたいなのがみえるだろ?あれが有名な「カーバ神殿」。その周りの構造物が「グランドモスク」って呼ばれている。だから大事なのは真ん中の神殿なんだ。

      カーバ神殿の前で

      カーバ神殿の目の前まできたよ。聖地メッカに到達した巡礼者は、最初にカーバ神殿を訪れて、神殿の周りを7回、回ることから始める。カーバ神殿の一角にある黒い石に手を触れてから、時計と反対回りにね。これはタワーフ(回礼)と呼ばれる重要な儀礼の一つなんだ。

      イスラム教の巡礼には、「ハッジ」と呼ばれる大巡礼と「ウムラ」と呼ばれる小巡礼がある。大巡礼「ハッジ」はイスラム教徒にとって、肉体的に経済的に可能であれば、一生のうちに1度は行うべきとされる義務で、完遂すれば、過去の罪はすべてゆるされるとも言われてるんだ。イスラム圏では、ハッジを完遂した人を英語でいう「サー」のように「ハッジ」と敬称をつけることが許される。「サッバーハ・ハッジ・ハミダ」みたいにね。

      灼熱のアラファトで祈る

      大巡礼は期間が決まっていて、5日ほどの間に、いろいろと決まった行程があるんだけど、いちばん重要な日が「アラファの日」。ことしは、巡礼月の9日、つまり8月20日だったんだ。この日は、カーバ神殿の東およそ25キロの地点にある「アラファト」と呼ばれる地に巡礼者が集まる。アラファトというとPLO=パレスチナ解放機構のアラファト議長の名前が浮かぶ人もいるかも知れないけど、この名前は通称で、メッカ郊外にあるこの地「アラファト」からとられたものなんだ。

      山肌を覆う巡礼者たち

      すべての巡礼者はこの日、アラファトの地に集まり、日の出から日没までとどまる。そして神に祈りを捧げるんだ。アラファトの中心に位置する山が、慈悲の山とよばれる岩山で、預言者ムハンマドが最後の説法を行ったとされる場所さ。山肌が巡礼者で覆われてるだろう?山に登らなきゃいけないルールにはなってないんだけど、山に登って時を過ごす人も多いね。

      アラファトで取材するサッバーハ

      ちなみに写真からは伝わらないと思うけど、この日の日中の気温が40度超え。あ、でも最近の日本では珍しくないんだっけ。でも中東の日差しは強烈だよ。この辺りの移動は徒歩に限られていて、俺も取材拠点のテントから片道30-40分かけて歩いてきたんだけどさ、ペットボトルの水を10本くらい飲んだよ。そうでもしないと倒れちゃうって。本当に暑いし大変なんだけど、アラファの日は、巡礼の中で一番重要だからね。家族の安寧を神に祈ったよ。

      ヘトヘトで頭もクラクラするけど、巡礼はこの後も続く。日没後は、アラファトからメッカに戻る道の途中にあるムズダリファという平原で、石を拾うんだ。これも大事なポイント。この石は明日使うからね。

      悪魔の石柱に石を投げる

      「アラファの日」の翌日は、「イード・アル=アドハー」を迎える。日本語では犠牲祭と呼ばれているんだけど、イスラム教徒にとっては、ラマダン明けの祭り「イード・アル=フィトル」と並んで、重要な祝祭なんだ。ハッジに参加できなかったイスラム教徒は、巡礼の成功を祈り、故事にちなんで神に羊や山羊なんかをささげるんだよ。

      後ろに見えるのが「悪魔の石柱」

      ハッジに参加している巡礼者にとってこの日は、やるべき事がいっぱい。まずは、石投げの儀式だ。預言者の一人(イブラヒム)が悪魔の誘惑に打ち勝ったという故事にちなんで、「ジャマラート」と呼ばれる悪魔の石柱に向かって石を7回投げる。そう、きのう平原で拾った石だ。200万人が一気に押し寄せて危ないっていうんで、今はもともとの石柱を囲うように大きな人工の石柱と、人々が石を投げるための巨大な歩道橋が設置されているんだ。

      この石投げに前後して、カーバ神殿を再び訪れ、神殿の周りを7回、回る「タワーフ」を行う。その後、2度の石投げの儀礼や、髪を切る儀礼など定められた儀礼を行う。これでハッジの全行程が終了だ。わかってもらえたかな?

      お土産の定番 ザムザムの水

      俺にとっては初めてのハッジだったからね。正直、吉永があれも撮れ、これも撮れっていうからただでさえ体力的にハードなのにすこぶる緊張したよ。決められたことをスケジュールどおりに進めないといけないからね。でもハッジが完了すると、神がこれまでの所業についてすべてきれいにしてくれるんだ。厳しかったけど、俺も生まれ変わったような気持ちだよ。

      カーバ神殿近くのザムザム水飲み場

      そうそう、お土産も買ってきたよ。メッカの大巡礼には定番のお土産があって、それがこの「ザムザムの水」。カーバ神殿の近くにわき出る水さ。カーバ神殿では、巡礼者に振る舞われているんだけど、巡礼者の多くはこの水を買って持ち帰り、家族に振る舞うんだ。

      おみやげにザムザム水

      帰りの空港に行くと、みんな持ってるよ。何に使うのかって?もちろん飲むに決まってるだろう。体と心をきれいにしてくれる味がする。今回は連れて行けなかった子どもに飲ませたいね。

      一生に一度はハッジに行きたい

      イスラム教徒にとっての一大イベント。大巡礼「ハッジ」。
      イスラム圏を取材していると、人々がこの儀礼を重要視しているのを肌身で感じます。
      今回、取材で派遣したサッバーハも、去年、私が着任して以降、ことあるごとに「ハッジの取材に行きたい」と繰り返し、名乗りを上げていました。

      私が以前、取材したシリアの人々も、内戦下でもなんとか資金をかき集めて巡礼に行こうと手を尽くしていました。内戦で家族や知人を失っていることも、巡礼への思いを特に駆り立てるのだといいます。イスラム教の宗派やその人個人の信心深さに関わらず、ハッジは人々にとって、イスラム教徒として生きて行く上でそれほどまでに大切な行いなのです。

      さらに多くの巡礼者を受け入れるサウジアラビアでは、「ハッジ」を成功させるために、この時期は、首都機能がリヤドからメッカに近いジッダに移ります。国王も自らハッジを視察し、成功を祈るのが習わしになっています。多くの政府関係者も「ハッジ」を支援するため、官公庁は1週間以上も休みになります。まさに、「聖地の守護者」としての王国の威信をかけたイベントなのです。

      イスラム教徒以外は体験することが叶わない大巡礼。サッバーハと、もう1人の現地カメラマンの撮影したVRコンテンツも近く公開します。ぜひ現地の様子を感じてみてください。
      (ドバイ支局 吉永智哉)