イスラエルの強硬派 アメリカの福音派を動かす
アメリカの中間選挙が迫るなか、トランプ大統領に世界中が振り回されています。いや、1か国だけ、その例外があるかも――そう、中東のイスラエルです。中東情勢に関してはイスラエルが意のままにアメリカを動かしているようにすら見えます。イスラエルでは今、アメリカの共和党の勝利に向けて選挙応援に乗り出す動きすらでています。
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福音派がエルサレムに集結
9月末、エルサレムの街でユダヤ教の祭り「スコット」のパレードが行われました。参加者7千人。彼らはユダヤ教徒ではなく、聖地エルサレムに各国から集結した「キリスト教福音派」の人たちです。
そのなかにはもちろん、アメリカ人も少なくありません。アメリカ国旗を掲げる人の姿もありました。

キリスト教福音派はアメリカ国民のおよそ4分の1を占めるアメリカ最大の宗教勢力。「ユダヤ人国家イスラエルは神の意志で建国された」としてイスラエルへの支援を信仰の柱に据え、おととしの大統領選挙では、トランプ氏当選の原動力になりました。
そうした福音派の人たちにとって、ことしの祭りは感慨ひとしおだったことでしょう。
トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めて大使館を移転してくれたのです。福音派の人たちが埋め尽くした夜のスタジアムはひときわ熱気に包まれました。
「アメリカがエルサレムに大使館を移転したことで、エルサレムがイスラエルの首都だという認識が広がるのです」―アメリカの上院議員のビデオメッセージが流れると割れんばかりの拍手が起きました。

会場はトランプ大統領の熱烈支持者ばかり。アメリカ人女性のひとりは「トランプ大統領に感謝します、私たちの誇りです」と興奮気味でした。
古代ユダヤの都を目指して
アメリカの福音派が訪れる先はエルサレムだけではありません。イスラエルがパレスチナの占領地に違法に建設したユダヤ人入植地を訪れる人も急増しています。そこでは、入植地に住み着いたイスラエルの極右勢力の人々と、アメリカの福音派が結びつきを強めていました。

40年前に違法に建設されたユダヤ人入植地シロは3000年以上前に古代ユダヤの都が置かれていたとされ、ユダヤ教徒のみならずキリスト教福音派からも聖地と崇められています。
ブドウの収穫期を迎えたシロのワイナリーには、今シーズン、アメリカの福音派ボランティア500人以上が詰めかけました。
25万円の自腹ボランティア
こうした福音派のボランティアたち。アメリカからの往復航空券や3週間分の滞在費、合わせておよそ25万円を自己負担しているというのですから驚きです。なんでそこまで―。

コロラド州から参加したテレン・クレモンスさん(19)は「イスラエルを手助けすることがずっと夢だったので、本当に嬉しいです」と話します。その語り口からは宗教的情熱から「聖地」に尽くす活動に関わっていることへの高揚感が伝わってきました。
ボランティアをしている場所は、国際的に違法な入植地。しかしそんなことは誰も気にとめていない様子でした。トランプ政権の発足以来、福音派ボランティアの数は増えているそうです。
愛し愛されて 相思相愛の関係
アメリカのキリスト教福音派のあふれんばかりのイスラエル愛。その愛は決して一方通行ではありません。
前述の入植地に住むダビデ・ルビン氏は、26年前にアメリカから移住したユダヤ教徒。かつてはシロ周辺の入植地を束ねる自治体代表を務め、現在は入植地で暮らす子ども達を支援するNGOを運営する、いわばゴリゴリの「ユダヤ教右派」です。
ルビン氏は、政治コメンテーターでもあり、2年前のアメリカ大統領選挙でアメリカの保守系テレビ局にたびたび出演し、トランプ大統領への支持を訴えました。エルサレムの帰属問題などで、イスラエル寄りの政策を推し進めてくれるのではないかという期待からでした。

ルビン氏が10月1日にアメリカで出版した著書『トランプとユダヤ人』。トランプ大統領が過去最もイスラエルに貢献した大統領だとほめちぎる「トランプ賛歌」さながらです。
本はルビン氏がアメリカ国内のキリスト教福音派に向けたラブコール。アメリカで共和党の苦戦が伝えられていることがルビン氏に筆をとった理由だと言います。「トランプ大統領が容赦なく批判されるのは個性が強すぎるからでしょう。ただ、共和党が議会多数派ではなくなったら政権運営が難しくなります」
ルビン氏は10月上旬から2週間あまり渡米し、アメリカ・テキサス州とニューヨークにある福音派の教会をまわり、連日講演を行うほか、メディアの取材を受けて共和党への支持を訴えます。
国際電話で票の掘り起こし
アメリカ共和党のイスラエル支部は今月から数十人を動員して、接戦となっているアメリカの選挙区に向けて、イスラエルから福音派の有力者に電話をかけたりラジオ局に電話出演したりして福音派の票の掘り起こしを行っています。
共和党イスラエル支部で活動するアブラハム・カツマンさんはエルサレム在住のユダヤ教徒。10月中旬、エルサレムからアメリカ南部フロリダ州にある保守系ラジオ局の夕方の政治討論番組に国際電話で出演しました。

カツマンさんは民主党の新人候補の名前を挙げながら「反イスラエルのロビー団体から推薦を受けており、偽善的な人間だ」と批判を展開し、共和党への支持を訴えていました。

こうした活動の効果はてきめんだと言います。共和党イスラエル支部のマーク・ゼル代表は「我々は2年前の大統領選挙で初めて大々的にイスラエル各地から選挙応援に乗り出し、圧勝しました。今回の中間選挙でもトランプ政権を支えるため、イスラエル寄りの有権者、つまりキリスト教福音派が住む地域で集中的に活動させます」と意気込んでいます。
ネタニヤフ右派政権の死角
イスラエルの右派勢力がトランプ大統領に肩入れすることにリスクはないのか。
イスラエルとアメリカの関係に詳しいバルイラン大学のエイタン・ギルボア教授は「イスラエルの伝統的なアメリカ政策は、民主党・共和党の両方にイスラエルのシンパを醸成することでした。ネタニヤフ政権が共和党寄りの姿勢を過度に強めた結果、今後アメリカで民主党政権が誕生した場合、両国関係が一気に冷え込むことは避けられません」と指摘します。

「オバマ政権の中東政策に不満だったからこそ、ネタニヤフ政権は、前回の大統領選挙でトランプ氏が勝つよう大きな賭け(支援)に出たのです。その結果トランプ氏は勝利し、両国関係は過去最高の関係となった。それが崩れないよう、イスラエルの右派勢力は必死なのです」とギルボア教授。
中間選挙でアメリカ共和党が勝利すれば、トランプ大統領は政権基盤を固めて、イランに対する圧力を一層強め、パレスチナに対しても、イスラエルに極めて有利な和平案を―それを「和平案」と言えるのかはさておき―提示する可能性があります。
イスラエルの強硬派とアメリカの福音派の相思相愛は、思惑通りに共和党の票の上積みにつながるのか。中東情勢の先行きを左右する鍵になります。(エルサレム支局 澤畑剛)