パンデミックで漂流する外国人労働者

    世界中から人、モノ、カネをかき集め、成長してきた中東のハブ、ドバイ。出張から戻り、空港を出ると出迎えてくれるのは、インドやパキスタンなどから出稼ぎで訪れているタクシードライバーたちだ。彼らが片言の英語で話すお国自慢を聞くことは、ドバイで生活する上で楽しみの一つで、中東にいながらアジアを感じる瞬間でもある。
    新型コロナウイルスの影響で都市の動きがほとんど停止した中で、彼らの多くは仕事を失い、祖国に残してきた家族に仕送りすることができずにいる。
    ドバイを含め、世界各地の出稼ぎ労働者が母国に仕送りできなくなると見込まれるマネーは11兆円以上。中規模国家の予算に匹敵するという試算もあり、影響は甚大だ。

    目次

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      時間が止まった都市

      観光客だけで年間1500万人が訪れるドバイ。
      3月下旬、外国人の受け入れを全面的に禁止する措置がとられた。世界150以上の都市との間で就航してきたエミレーツ航空は、退避のための臨時便や貨物便を除いて、運航を停止。原油がほとんど出ないドバイにとって、人の往来こそが経済の源泉だ。「エミレーツが止まることは、ドバイが止まること」。そうつぶやいたある駐在員の表現が印象的だった。経済の起爆剤として誘致されたドバイ万博もことしから来年へと延期を余儀なくされた。

      国内でも感染が広がる中、4月上旬には、原則として終日、外出することが禁止となった。砂漠にできた未来都市のような風貌の街。人や車が消え、時間が止まったかのようなその様子は、世界各地の都市で実施された「ロックダウン」の中でもひときわ異様な雰囲気を醸し出し、SNS上でも話題を呼んでいた。

      職を失う出稼ぎ労働者たち

      都市の機能が停止する中で、行き場を失っているのが外国人労働者だ。
      ドバイがあるUAEの人口は、その8割以上は外国人労働者とその家族だ。国連によると世界で最も高い割合だという。NHKの支局で働く現地スタッフも、全員外国人だ。建設労働者やショップの店員、空港のスタッフに至るまで外国人労働者が働いている。国籍もアジアから中東、アフリカ、それにヨーロッパまでと幅広い。
      母国の数倍の給与が得られるとあって、単身で出稼ぎに来て、家族に会えるのは年に1度の帰省の時だけという人が多い。一方で、現地で家庭を持ち、10年以上暮らす人もいる。今回のコロナ禍では、そのうちの誰が影響を受けてもおかしくない。

      「助けを求めに行く金もない」

      ドバイ近郊にある自動車整備工場で働いていた40代のバングラデシュ人の男性労働者が、話を聞かせてくれた。男性の月の基本給は、日本円で4万円ほど。
      そのすべてを母国に仕送りし、自身は手間賃で生活していたという。
      しかし、工場が一時閉鎖となったため、給与の支払いも止まった。金は底を尽き、日々の食事にもありつけない状態となっていた。

      「領事館に助けを求めたくても、行く金すらない」

      知人たちの助けを受け、なんとか急場をしのいでいるものの、一番心配しているのは、母国に残した家族達の生活だという。

      「コロナがなければ、休暇で帰り、幼い子どもたちにあえるはずだったのに・・・」

      男性は、スマホの中に大切に保存している航空券を、見せてくれた。仕事の先行きも見えない中で、航空便が再開しても母国へ帰るべきか、留まるべきか決めかねていた。
      男性の出身国のバングラデシュは、労働者からの仕送りが家計を助け、経済の柱の1つになっている。

      世界銀行はことし、こうした小所得・中所得国への国際的な送金が、去年に比べて11兆7000億円減少すると試算。外国人労働者の失業や収入の減少は、新興国の経済を揺るがしかねない事態になっている。

      3密の住宅で感染のリスクも

      仕事を失い、母国に帰国できない中で、外国人労働者は感染のリスクも抱えている。
      ドバイに限らず、住宅費の高い湾岸諸国の多くでは、外国人労働者は、狭い部屋に複数で暮らしているのが一般的だ。

      彼らの1人が撮影した部屋の様子を見せてくれた。一部屋にベッドが5台置かれ、冷蔵庫も共有だという。こうした労働者の住環境は、新型コロナウイルスの集団感染が起きやすい場所として、サウジアラビアやシンガポールでも課題になっている。

      ドバイでは、外国人労働者が多く暮らすディラ地区の一部が1か月近く封鎖された。
      住民6000人に対する集中的な検査が実施され、封じ込め対策に追われていた。

      募金箱は「ブルジュ・ハリファ」

      困窮に陥る外国人労働者に対して地元政府は、支援を急いでいる。

      支援のシンボルとなっているのは、世界一のビル、「ブルジュ・ハリファ」。
      高さ828メートルのビルを募金箱に見立てた映像を投影し、 SNSや地元メディアで盛んに発信。
      労働者に対して1000万食以上を 提供することを目標に、企業や個人から寄付金を募った。

      先月からは、イスラム教の断食月「ラマダン」がはじまり、 助け合いの精神が広まる中で、規模は1日あたり30万食に拡大した。
      ただ、解雇された外国人労働者への支援策は限られている。
      政府は、企業への支援を行い雇用を維持してもらうとしているものの、 経済が立ち直るまでの急場をしのぐ策でしかない。

      砂漠の都市は、生き残れるか?

      その経済はこれからどうなるのか。
      ドバイは4月下旬から外出制限が徐々に緩和され、現在ではショッピングモールや、 ホテルや映画館など人が集まる施設も制限付きながら、営業を再開するなど、政府は矢継ぎ早に経済再開へと舵を切っている。
      完全リモートワークを続けてきた政府機関も段階的に職員がオフィスでの仕事を始めている。
      3月下旬に定期便の運航を停止したエミレーツ航空も5月下旬から欧米などとの間での運航を徐々に再開させ、今月中旬からはアジアを含め、29の都市との間に運航先を広げる予定だ。

      しかし、UAEも含めて世界各国で入国制限が続いており、主要産業の観光業の復活はまだ先になりそうだ。国際的な航空需要の低迷も続くため、グループ全体で10万人が働くエミレーツ航空も従業員の解雇をはじめ、雇用の冷え込みは続く。

      イギリスの調査会社によると、外国人労働者を中心に最大でUAEの人口のおよそ1割、90万人が失業する可能性があるという。
      次の仕事が見つからなければ、最終的に母国へ帰らざるを得ない。

      最近、すこし身につまされるやりとりがあった。
      「来週、あなたはいますか?」
      近所の店で働くパキスタン人の従業員に尋ねたところ、 相手は思わず考え込んでしまった。
      あくまで店に出勤しているかという意味で聞いたのだが、 ドバイにまだ残っているかと問われていると考えたのだろう。

      「私は大丈夫ですよ。きっと。経済もまたすぐ盛り返すはずです」

      世界各国から労働者が集まるドバイが、再び沸騰する日は果たしてくるのだろうか。
      日中の気温が40度を超えるうだるような暑さになる中、答えが見つからない日々が続いている。

      (ドバイ支局長・吉永智哉)