拡散する“現代のカラシニコフ” 中東ドローン戦争

    シリアやイエメンの内戦、イスラエルによる周辺国への攻撃・・・日本では決して大きな注目を集めているとは言えないこうした出来事を追っていると、ここ数年で中東の紛争に大きな変化が起きていることがわかります。軍事用ドローンが中心的な役割を担うようになっているのです。かつてアメリカやイスラエルなどが独占していた軍事用ドローンの技術は、敵対する国や勢力に急速に拡散し、紛争の潮流を変えつつあります。

    目次

    ※クリックすると各見出しに移動します

      1000キロ離れた標的を攻撃

      8月17日、「サウジアラビアの油田が軍事用ドローン10機によって攻撃された」というニュースが駆け巡り、原油市場に衝撃が走りました。

      被害を受けたサウジアラビア東部の「シェイバ油田」は、攻撃の起点となったとみられるイエメンの反政府勢力の拠点から1000キロ以上も離れています。距離を単純に比較すると、反政府勢力のドローンは羽田空港から鹿児島空港までの直線距離を飛行したことになります。

      反政府勢力がこれまでに行ったドローン攻撃は、これまで半径150キロ範囲だったことを考えると、航行距離は飛躍的に伸びたことになります。

      アッラーが遣わした鳥の部隊

      攻撃に使われたドローンは、イランが開発した軍事用ドローン「アバビール」の改良型と見られています。

      「アバビール」の由来は、イスラム教の経典・コーランの「象の章」にあります。西暦570年頃、アフリカのエチオピアがアラビア半島に勢力を伸ばし、屈強な象の部隊を率いてメッカまで進軍しました。「象の章」には、アッラーが鳥の部隊「アバビール」を遣わし、鳥たちが石を象の部隊に投げつけて撃退したことが綴られています。

      イランは今、「アバビール」の機体や設計技術を中東各地で支援する勢力に提供しています。隣国イラクのシーア派民兵組織、レバノンのシーア派組織ヒズボラ、パレスチナのイスラム原理主義組織ハマス、そしてイエメンの反政府勢力フーシ派がこれにあたります。

      イギリスのシンクタンク、ドローン・ウォーズ・UKが2018年に発表した報告書は、アメリカとイスラエルが10年以上にわたってドローン開発の分野をほぼ独占してきたことに触れた上で、今、“第2世代”が形成されていると指摘。9つの国と、「ノン・ステイト・アクター」、つまり国家ではない5つの勢力の名前を挙げています。その重要な一角を占めるのがイランなのです。

      イランはこうして技術を手に入れた

      長年、経済制裁下にあったにも関わらず、イランはどのようにして高度なドローン技術を獲得したのか。取材を進めるなかで、私たちはその一端を示すとみられる映像を独自に入手しました。

      映像を提供した人物の説明によれば、撮影された場所はイランの東隣、アフガニスタン。イランの協力者が、墜落したアメリカのドローンを回収している様子だといいます。

      アフガニスタンでのこうした活動について、イランの精鋭部隊の元幹部は、次のように証言しました。

      「アメリカのドローンは技術の塊。それをイランはアフガニスタンでいとも簡単に仕入れ、分解・分析することで技術のコア部分を獲得しました。そして欧米や中国製の市販品の部品を寄せ集めることで、自前で高性能な軍事ドローンを製造できるようになったのです」(イラン革命防衛隊元司令官、キャナニモガダム氏)

      キャナニモガダム氏

      さらに「アバビール」を進化させたのは、シリアの内戦でした。シリア内戦に介入しているレバノンのシーア派組織ヒズボラは、少なくとも4年以上、「アバビール」を使って過激派組織IS=イスラミックステートへのドローン攻撃を繰り返してきました。こうした実戦配備が、能力の向上につながったと専門家は指摘しています。

      ハッジアリ氏

      「イラン陣営は、シリア内戦でアバビールのモデルチェンジを3回行い、攻撃能力を高めている。さらに1つの攻撃地点に10機以上のアバビールをまとめて投入する戦闘ノウハウも、シリアで習得したものです」(カーネギー中東センター、ムハンナド・ハッジアリ氏)

      中東の紛争は新時代に突入した

      イギリスに拠点を置く調査機関コンフリクト・アーマメント・リサーチのジョナ・レフ部長は、イエメンの反政府勢力と戦うUAE=アラブ首長国連邦などから依頼を受けてアバビールを実際に分解した専門家です。そこからわかったのは、ドローンが民生の部品を使って作られた簡易なものだということ。それゆえに拡散を防ぐことは難しいと分析します。

      レフ氏

      「アマチュアが飛ばすドローンに爆弾が積まれているというイメージです。値段も弾道ミサイルなどに比べると圧倒的に格安に作ることができます。ドイツ、中国、それに日本からと、世界中からアマチュアでも使われる民生品を集めているので流通を規制するのは難しいです」(レフ氏)

      偵察や攻撃を終えると基地へと戻るアメリカの高額なドローンとは異なり、低コストのアバビールは爆弾を搭載してそのまま目標に突っ込む。自爆攻撃用として使われています。

      低コストで製造できる軍事用ドローンの技術が拡散していくことは、何を意味するのか。
      専門家たちはアバビールの存在が、中東の空の戦闘の常識を覆そうとしていると語ります。

      「これらのドローンはAK47のドローン版ということになるでしょう。敵に対して恐怖を植え付け、イランとその勢力はどこにでも攻撃ができると示すものなのです」(アメリカの軍事専門家ニコラス・ヘラス氏 NPR記事より)

      ハンナ氏

      「イラン陣営は200ドルでイスラエル上空にドローンを飛ばし、イスラエルは1発5万ドルの迎撃ミサイルで迎撃しなければならない。全く新しいアプローチです。中東はドローン戦争という新時代に突入したと言えます」(レバノンの軍事専門家エリアス・ハンナ氏)

      イスラエルの危機感

      イラン製ドローンの台頭に危機感を募らせているのがアメリカの同盟国、イスラエルです。

      8月24日、イスラエル軍は隣国シリアに駐留するイランの精鋭部隊の軍事拠点に空爆を実施しました。イスラエル軍は攻撃について“殺人ドローン”によるイスラエルへの攻撃を未然に防いだと発表。

      作戦の成功を受け、ネタニヤフ首相は「われわれはイランの計画を事前に察知し、軍が作戦を完璧に遂行してドローン攻撃を未然に防ぐことができた」と述べました。

      ネタニヤフ首相は去年2月にも、国際会議の壇上でイランのドローンの残骸の実物を掲げ、イスラエルがイランのドローンの脅威にさらされていると訴えています。

      イスラエル首相府

      「(イランの)ザリーフ外相よ、これが何かわかるでしょう。これは貴方たちのものだ。イランの暴君たちに伝えてほしい。イスラエルの決意を甘く見るな、と」(ネタニヤフ首相)

      イスラエル軍の報道官はNHKの取材に対し、イラン製ドローンへの危機感を率直に認めています。

      「イラン製のドローンは、小型ですばしっこく動くので、いったん上空に飛び立ってしまうと迎撃するのが難しく、重大な脅威になってきている。イスラエルも負けずに新たな防衛手段や対策兵器を開発しなければならない」(イスラエル軍ヨナタン・コンリクス中佐)

      ドローン対策を急ぐイスラエル

      イスラエルが誇るミサイル迎撃システム「アイアン・ドーム」を開発した軍需産業、ラファエル社の研究開発拠点。人目を避けるかのような山あいに立地するこの施設では、最新のドローン対策技術の研究が進められていました。開発責任者はイスラエル空軍の元准将です。

      ラファエル社開発責任者

      「イスラエルはとても手強い敵に囲まれています。ドローンは空中戦のゲームチェンジャーで、重大な脅威となってきました。急いで備えを固めなければならないのです」(ラファエル社開発責任者)

      小型の軍事用ドローンに対応するための切り札「ドローン・ドーム」。半径3キロ以内であれば無数のドローンが接近してきても、迎撃用の妨害電波を発射するだけでなく、強力なレーザー光線を照射して焼き落とします。

      AI=人工知能を使った自動操作も可能で、まるでコンピュータゲームを見るかのような世界です。元祖ドローン大国イスラエルはアメリカとも連携し、ドローン対策兵器の配備を各地で進めています。

      「貧者の兵器」拡散に歯止めは

      アメリカやイスラエルは今でも軍事用ドローンの装備や技術では圧倒的優位に立っています。アメリカはアフガニスタンで繰り返し、ミサイルを搭載したドローンで攻撃を行い、数々の誤爆によって市民が犠牲になってきたと指摘されています。また、パレスチナ暫定自治区のガザ地区やレバノンでは、イスラエルのドローンが上空を飛行する不気味な音が毎日のように確認できます。

      複数の軍事評論家が指摘するように、後発組のイランは圧倒的な軍事力に対抗する「非対称の戦い」を戦うなかで、新たな切り札として「貧者の兵器」のドローンを手に入れ、拡散させています。

      世界各地の軍事用ドローンの拡散をどうやって防ぐのか。前述のイギリスの軍事用ドローンに関する報告書は、輸出や使用に関する国際的な規制が必要だと指摘しています。

      しかし国際社会での議論は進んでいません。むしろ逆行するかのように「アメリカ製の武器をもっと輸出してアメリカ経済を良くしよう」と公言してはばからないトランプ大統領のアメリカは、輸出に向けた規制を緩和する方向で検討を進めているとしています。

      国際社会が有効な手立てを打てない現状が続けば、中東で先行する「ドローン戦争」が、世界各地の紛争地に広がる事態も時間の問題かもしれません。(エルサレム支局 澤畑剛 ドバイ支局 吉永智哉 テヘラン支局 薮英季)