直行便で聖地が身近に イスラエル・パレスチナへの旅
成田空港とイスラエルが来年3月、直行便で結ばれます。数々の聖地や、悠久の歴史を今に伝える遺跡、そして日本では見られないスケールの自然と見どころはいっぱい。日本ではあまり知られていないイスラエルの魅力と、おそらくもっと知られていない検問所の向こう側、パレスチナについてもご紹介します。
目次
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直行便就航で一気に身近に!
イスラエルはアラビア半島とアフリカ大陸の付け根に位置する、地中海に面した国です。
建国されてからまだ71年と比較的若い国ですが、その土地の歴史は3000年以上前にさかのぼります。面積は日本の四国とほぼ同じです。
これまで日本とイスラエルとの間に直行便の定期路線はなく、イスタンブールやモスクワなどで乗り継いで、少なくとも16時間はかかっていました。直行便が就航すれば、テルアビブまでの移動時間は12時間に短縮されます。
厳しいセキュリティーチェック
一方で、重要な注意点があります。行き帰りの空港へのチェックインは、フライトのおよそ2時間前までには済ませる必要があるというのです。チェックインの受付はフライトの4時間前から始まるということです。せっかくフライト時間が短くなったのに。
こうした措置がとられるのは厳しいセキュリティーチェックを行うためです。搭乗ゲートでも独自の保安システムを導入するとのことでした。担当者は「逆に言うと安全な航空会社ということです。最初は面倒に感じるかもしれませんが慣れてもらえると思います」と胸を張ります。
警備に余念がないのはイスラエルのお国柄です。駅や商業施設に入るときにも持ち物検査があり、銃を携行した警備員から「武器は持っていますか」と質問されます。ぎょっとしますが、笑顔で対応するのが無難です。
空港に到着
成田を発って、到着するのはイスラエルの玄関口、ベングリオン国際空港です。ベングリオンは地名ではなく、イスラエルの初代首相の名前にちなんでつけられています。
イスラエルの空港というと、入国手続きの際、パスポートにスタンプを押されるとほかのアラブ諸国などに行けなくなるので、スタンプを押さないように係官にお願いしなければいけない、という情報が今でも流布しています。
しかし実際はと言うと、今はスタンプが押されることは原則、ありません。代わりに入国の日時などが記された名刺ほどの紙を渡されるので、出国するまでなくさないようにしましょう。
イスラエルの治安は?
外務省はイスラエルのほとんどの地域に、4段階の危険情報のうち最も危険度の低い「十分注意」を出しています。パレスチナ暫定自治区のガザ地区の周辺や、北部のレバノンとの国境地帯は例外で、渡航中止勧告が出ています。訪れる際は外務省の出す情報や、最新のニュースなどで情報収集をしてください。
地中海のシティリゾート・テルアビブ
それでは、イスラエルのおすすめ観光スポットを見ていきましょう。
まずはアメリカ西海岸を想起させるビーチに沿って高層ビルが立ち並ぶテルアビブ。空港からは電車やタクシーなどで30分の距離です。
イスラエルを初めて訪れる人たちを、この町はいい意味で裏切ります。バウハウス様式の建物が建ち並ぶ世界遺産の街区「テルアビブの白い都市」や、コンテンポラリーダンスの発信地であるスザンヌ・デラル・センターなど、刺激的な見どころが盛りだくさん。
「眠らない街」とも呼ばれ、中心部のクラブにはヨーロッパからも有名DJがやってきます。イスラエルという国にあって、テルアビブは宗教色の薄い、世俗的な人たちの象徴のような町なのです。
イエス・キリストの足跡をたどる
イエス・キリストが伝道活動を始めるまでのおよそ30年間を過ごしたとされる街、イスラエル北部のナザレ。
町の中心には「受胎告知教会」があります。聖母マリアがイエスを身ごもったことを知らされたとされる場所に建つ教会です。現在のナザレはイスラエルに住むアラブ人の中心都市で、人口のおよそ7割がイスラム教徒、3割がキリスト教徒です。
また、イスラエル北部のガリラヤ湖周辺にもキリストにゆかりのあるさまざまな教会があり、多くの巡礼者がバスツアーなどで訪れています。
マサダ要塞と死海
紀元70年にローマ軍に追い詰められたユダヤ民族およそ1000人が3年にわたって立てこもったとされるのがマサダ要塞です。
陥落した際には中にいた7人の女性と子どもを残して全員が自決したと伝えられていて、ここからユダヤ人のディアスポラ(離散)の歴史が始まったとされています。
このマサダのふもとに広がるのが、世界一標高の低い場所にある湖「死海」です。いわゆる「塩湖」で、その塩分濃度は30パーセント。中に入って体を預けるとぷかぷかと浮かびますが、水が目に入ったり、体に傷があったりすると激しい痛みに襲われます。
3つの宗教の聖地 エルサレム
さて、直行便でこの地にたどり着いたなら、必ず訪れるであろう場所がエルサレム。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地です。
エルサレム旧市街には3つの宗教の聖地が集中しています。ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」では大勢のユダヤ教徒が壁に手をあて、失われたかつての神殿に思いをはせます。
キリスト教徒はイエス・キリストがかつて十字架を背負って歩いた道とされる「ヴィア・ドロローサ」を歩き、「聖墳墓教会」ではキリストの遺体に香油を塗ったとされる石の前に跪き、頬を寄せます。
さらにイスラム教の聖地「アルアクサモスク」や「岩のドーム」では毎週金曜に、大勢のイスラム教徒が集団礼拝を行います。
それぞれの聖地に向かう異なる信仰の人々が、雑然とした旧市街の細い路地ですれ違う姿は、まさにエルサレム独特の風景です。
エルサレムは日本のイスラエル大使館が2014年に制作し、YouTubeで公開した観光PR動画でも、当然のようにイスラエルの観光地として「岩のドーム」など旧市街の様子が紹介されています。
しかし、それはイスラエル側の見方に過ぎません。国際社会のほとんどは、エルサレムについてはイスラエルとパレスチナが話しあって最終的な位置づけを決めるものだとしています。エルサレムをイスラエルの観光地として紹介するパンフレットがあるならば、それは結果としてイスラエルの「プロパガンダ」に手を貸してしまっているのです。
厳密に言えば、エルサレム旧市街、つまり3つの宗教の聖地はいずれもイスラエルの占領地=アラブ側と見なされています。パレスチナの観光資料ではエルサレムはパレスチナの観光地として登場します。
パレスチナへ 検問所を通る際の手続きは
エルサレムまで来たならば、イエス・キリストが生まれた場所とされるベツレヘムは隣町。目と鼻の先です。
ただし、ベツレヘムはパレスチナ暫定自治区。イスラエル側が設けた検問所を通過する必要があり、訪れることを心理的にためらう人もいるかもしれません。
検問所を通過する際にはパスポートと入国した際の紙を持っていれば問題ありません。例によって「武器はもっていますか」とか「何の用事があるのですか」とか尋ねられますが、笑顔で「観光です」と答えるのが無難です。
検問所ではスタンプを押されるなどの手続きはありません。兵士とひと言、ふた言会話を交わせば通過できるケースがほとんどです。
パレスチナの治安は
外務省はヨルダン川西岸のうち主要都市であるラマラ、ベツレヘム、エリコについて4段階の危険情報のうち最も危険度の低い「十分注意」を出しています。その他の地域はレベル2の「不要不急の渡航はやめてください」となっています。飛び地となっているパレスチナ暫定自治区のガザ地区には現在、観光目的で入ることはできません。
キリストはここで生まれた?ベツレヘム
ベツレヘム中心部のメンジャー広場に立つ「聖誕教会」は世界中のキリスト教徒にとって最も重要な教会の1つです。
ヨーロッパ各地の教会に見られるような華やかさはなく、幾度となく異教徒からの攻撃を受けてきたことから、その外観は砦のようでもあります。中に入ると教会はとても簡素な作りですが、ここ数年で内部の修復作業が進み、壁には見事なモザイク画をみることができます。
キリストが生まれたとされる洞穴は教会の地下にあり、訪れた人たちはその洞穴の中に触れて祈りを捧げます。
世界一眺めの悪いホテル
ベツレヘムの最新の観光スポットと言えば、覆面アーティストのバンクシーが手がけたホテルです。
イスラエルが建設した「分離壁」と呼ばれる高いコンクリートの壁の横に建ち、“世界一眺めの悪いホテル”という触れ込みです。ホテルのなかにはバンクシーが手がけた数々の風刺作品が展示されています。
ベツレヘム周辺にはバンクシーの有名な作品がいくつか残されていて、こうした作品とイスラエルの占領について学ぶツアーも開催され、観光客の人気を集めています。
マルサバ修道院
ベツレヘムから東に15キロほどの荒涼とした岩砂漠のなかに突如現れる「マルサバ修道院」。切り立った崖に建設された修道院の姿は荘厳で、訪れた人は息を飲むことでしょう。
修道院では今も修道士たちが女人禁制で生活しています。不便な場所にあることから現地に住む人でも訪れたことがない人が多く、まさに“秘境”です。
アラファト廟
パレスチナの行政の中心、ラマラにはパレスチナ国家樹立を目指したカリスマ的な指導者、ヤセル・アラファト議長の廟があります。
足跡をたどる資料を展示した資料館も隣接していて、パレスチナの人々がイスラエルの占領にどのように抵抗してきたのかを学ぶことができます。
占領ゆえの苦悩
パレスチナには豊富な観光資源がありますが、イスラエルの占領ゆえに思うような発展を遂げられていないのが現状です。イスラエルとの対立で政情が不安定になれば観光で訪れる人は自ずと減ります。また、多くの観光ツアーはイスラエル側で企画された日帰りのもので、パレスチナ側になかなかお金が落ちにくい仕組みになっているのも現実です。
7月に日本を訪れたパレスチナ暫定自治政府のマアーヤ観光・遺跡担当相は次のように話していました。
「私たちは占領下にあります。旅行者に見てほしいものは、移動にも困難を伴うような私たちの置かれた現実です。空港を持つことが許されず、“国境”を管理することもできませんが、皆さんが来てくれることでパレスチナが栄えることにつながります」
直行便が就航すれば、イスラエルを訪れる人は増えるでしょう。もし、そのときにパレスチナに足を伸ばそうかと悩むことがあれば、検問所を越えて、パレスチナにも足を運んでみてはどうでしょうか。ニュースで見聞きする「パレスチナ問題」も“百聞は一見に如かず”です。
そうそう、帰国の途につく際も早めに空港でチェックインすることを忘れずに。空港ではパレスチナのお土産を持っていたらイスラエルの係官から嫌がらせを受けた、という話もたびたび聞きます(政治的なメッセージが書かれたものや一目でパレスチナのものとわかるものをイスラエル側、まして空港で身につけることは、おすすめしません)。
空港でも笑顔を絶やさず、が鉄則。皆さん、どうぞ良い旅を——。(国際部 佐野圭崇)