学校に通えない子どもたち 消せない“ISの烙印”

    私が難民キャンプで目にしたのは、金網のフェンスに手をかけて、さみしそうに学校の様子を見つめる子どもたちの姿でした。「子どもの権利条約」には「こどもは教育を受ける権利を持っている。国は、全ての子どもが小学校に行けるようにしなければならない」と書かれています。しかし、この子たちは事実上、学校に行くことを拒まれているのです。

    目次

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      避難民キャンプの学校

      イラク北部にあるハッサンシャム避難民キャンプには、過激派組織IS=イスラミックステートの支配から逃れたおよそ5000人が暮らしています。かつてISの最大の拠点だった町、モスルがイラク軍に奪還されたのは、およそ2年前。破壊された町の復興が進まないため、多くの人が町に帰ることができずにいます。

      キャンプの敷地内にはイラク政府公認の小学校があり、800人以上の子どもたちがアラビア語や英語、それに算数などを学んでいます。6年生のクラスを訪れると、ISの支配下で学びの場を失っていた子どもたちが授業を受けていました。

      「ISが来て学校に行けなくなったが、今は、たくさんの友達と勉強できてうれしい」

      質問に答える子どもたちは、目を輝かせていました。

      学校に通えない子どもたち

      その学校を寂しそうにフェンス越しに見つめていたのが、冒頭の子どもたちです。彼らの姿は、痛々しいほどでした。

      キャンプ内には、学校の時間だというのにサッカーボールで遊んだり、テントの周りでしゃがみ込んだりしている子どもたちも大勢いました。

      この子たちは同じ難民キャンプにいながら、他の子どもたちと同じように学校に通うことができていません。入学が認められていないのです。

      理由は“ISの子ども”だから

      3年前、モスルから逃れてきたエブティサムさん(32)には学校に通う年齢の5人の子どもがいます。そのうち4人が通えていません。

      「私の夫がISの戦闘員だったからです」

      エブティサムさん一家

      エブティサムさんの人生はISに大きく狂わされました。夫は5年前、ISから執拗な説得を受けてその一員となり、3年前、イラク軍との戦闘で死亡。その後、キャンプに逃れてきたものの、エブティサムさんやその子どもたちは、事実上、イラク国民として認めてもらえなくなったのです。

      イラクで公立の学校に通うには、政府発行のIDカードによる本人証明が必要です。しかし、エブティサムさんの子どもたちは、生まれた時のIDカードしかなく、顔写真付きの最新のものに更新する必要があります。エブティサムさんは、政府にIDカードの更新を申請しましたが、対応は厳しいものでした。

      「夫が亡くなった姿の写真を見せろというんです。そんなものはどこにあるんでしょうか。町じゅうが破壊されているのに」

      イラク当局の主張は、エブティサムさんとその子どもたちが「現在はISと無関係」であることを証明する必要があるというものです。IDカードの発行を管轄するイラク内務省は、治安上の観点から、ISの家族には厳しい対応をとっていると指摘されています。

      “学校に行きたい”

      エブティサムさんの子どもたちのうち、小学1年の年齢となった7歳の四女だけは人権団体などの働きかけで、特別に1年間の通学が許されました。しかし残りの4人は学校に行けないまま。10歳の次女と9歳の三女は、テントのなかで、四女の教科書を使って勉強していました。

      「文字は書けるけど、文章は読めない」という2人。「学校に行って友達と勉強したい」と悲しそうに話します。

      子どもたちに通学をせがまれるというエブティサムさんの言葉は、親としての申し訳なさ、そして理不尽な現実への憤りに満ちていました。

      「子どもたちが何をしたというのですか。勉強できないまま大人になったら、将来、苦労します。父親の犯した過ちで、なぜ子どもたちが罰を受けなければならないのでしょうか」

      イラク政府の対応は?

      解決策はないのか。キャンプの学校を管轄するイラク教育省の責任者は、取材にこう答えました。

      「憲法ですべての子どもたちが教育を受ける権利があり、我々はすべての子どもを受け入れます。ただし、国民であることを証明するIDカードを求めることになります。特定の人たちを差別しているわけではありませんが、治安上の問題は治安機関に任せています」

      イラク教育省 アブドル・ムジーブ・ナイーフ氏

      イラク教育省は、親がISの関係者だろうと入学を認めるとしていますが、その条件として内務省発行のIDカードの提示を求める原理原則は、崩していません。エブティサムさんの子どもたちのようなケースに関しては、省庁間の縦割りもあり、イラク政府として連携した対応が取れていないのです。

      NGOの学習教室は閉鎖に

      こうした学校に通えない子どもたちに救いの手を差し伸べる活動もあると聞き、キャンプ内にあるノルウェーのNGOの学習教室を訪ねました。

      NGOの教室

      ところが、私たちが訪れたとき、教室は閉鎖することが決まっていました。およそ2年にわたり、750人以上の子どもたちに基本的な読み書きなどを教えてきましたが、運営資金が続かなかったのです。その後、学習教室は10月いっぱいで閉鎖されました。NGOの担当者は「非常に残念で、子どもたちに申し訳ない」と悔しさをにじませ、言葉を続けました。

      NGOの担当者 シーラン・ファリージさん

      「私たちは、学校に通っていない子どもたちの将来を心配しています。教育の機会を奪われた子どもたちは、悲観的な考えになって、洗脳されかねません。再びISのような思想を持つグループに加わる恐れすらあるのです」

      ISの禍根を断ち切るために

      ISが宣言した「イスラム国家」が形として崩壊したのは2年前のこと。指導者のバグダディ容疑者も、10月、アメリカの作戦で死亡しました。しかしその禍根は、子どもたちの未来にも深く残されたままです。

      教育の機会を奪われた子どもたちは、きっと疎外感を強めていくでしょう。そうして行き場を失った子どもたちが、もし過激な思想に救いを求めるようになれば、新たな負のスパイラルが生まれてしまいます。それを断ち切るには、何よりも教育こそが必要不可欠なのです。

      あえて素性を明かし、取材を受けてくれた母親の切実なまなざしと、子どもたちの寂しそうな表情を思い浮かべながら、私はキャンプを後にしました。(カイロ支局 藤吉智紀)