みなぎる中東パワー?君は「ハーシー」を食べたか

    2018年の年末、これから日本で中東料理がブレークする、という記事が目にとまりました。ひよこ豆のペースト「フムス」、豆コロッケの「ファラフェル」、ひよこ豆は「スーパーフード」としてセレブにも愛されているとか…。いやいや、中東の「スーパーフード」はひよこ豆だけにはあらず。その食材を求め、私は砂漠へと足を踏み入れました。

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      みんなが夢中!ハーシー食べた?

      取材のため、サウジアラビアにほぼ毎月通っています。そんな私が政府関係者、ビジネスマンからドライバーまで、サウジアラビア人との話題に困ったら、切り出す話題があります。それが「ハーシー」の話です。

      「ハーシーが食べたい。どこの店がうまいのか?」と質問すると「本当に食べるのか?好きなのか?」と逆に質問攻めにあいます。挙げ句、「友達にアラビア語でハーシーが好きだとしゃべってくれないか」と電話をつながれることも1度や2度ではありません。なぜなのか。

      ハーシーは金曜日のごちそう

      「ハーシーについて知りたければ、砂漠に行くことだ」と希代の美食家が言ったかどうかは定かではありませんが、私は、サウジアラビア中部にあるカシーム州に向かいました。

      カシーム州は、乾燥に強いナツメヤシの生産が盛んなサウジでも有数の農業地帯です。このカシームの有力者の一族のひとり、スルタン・スルタンさんのもとを訪ねました。

      ハーシーの料理を作り方から学びたいという私たちの取材を快く受けてくれたスルタンさん。実は日本に留学経験があるそうです。中東で取材していると元留学生は本当に親切にしてくれます。ありがたい。

      さて、いよいよハーシーとご対面か…。スルタンさんの農場を案内してもらうと、何頭ものラクダが私たちを出迎えてくれました。そう、「ハーシー」とはラクダ肉の料理のこと。究極のラクダ料理を求めて私はやって来たのです。

      と、ここで「ここにいるラクダは食べませんよ。」と軽いフェイントを入れてくるスルタンさん。農場で飼育しているラクダは搾乳用で、食べることはないのだそうです。

      「実際に食べるのはオスのラクダ肉で、市場から仕入れます。特に金曜日、家族が集まるときや客人をもてなすときに食べるのです。特に若いラクダの肉『ハーシー』のうまさといったら…」

      こぶの下が特においしい

      そう言われると期待も高まりますが、おいしいハーシーを食べるには朝から準備が必要とのこと。ごちそうになる当日、スルタンさんがラクダ肉を買いに行くのに同行しました。朝イチで向かったのは、ラクダ肉の専門店です。

      看板が出ていないので、ラクダだと言われなければ何の肉かはわかりません。店には朝、さばかれたばかりのラクダ肉が吊されていました。見た目は赤身の肉なので、牛や羊と変わりません。

      ちなみに肉の塊が吊されている風景はぎょっとするかも知れませんが、中東では日常風景です。肉屋さんが枝肉からカットする職人技が見られて、すでにパックになった商品や陳列ケースに並んだものを購入する場合が多い日本とは違った趣があります。

      スルタンさんが、最初に店主に確認したのは、ラクダの年齢です。この日のラクダは「8か月」でした。「1歳未満のいわゆる『赤ちゃんラクダ』の肉が軟らかく臭みが少ないのです」と店主。この赤ちゃんラクダ肉のことを現地では「ハーシー」と呼ぶのだそうです。

      量が限られているので、首都リヤドのレストランでは夕方には売り切れになっていることも少なくないのだとか。早起きしたかいあって、店にはいろいろな部位の肉がそろっていました。「ラクダのこぶの下部と肉の境界部分が特においしいよ」とおすすめの部位を切り分けてくれました。

      味付けしないのがスルタン流

      帰宅したスルタンさん。私たちのために昔ながらの調理法を見せてくれると言うことで、早速、薪で火をおこし始めました。

      調理方法は至ってシンプルです。ぶつ切りにした肉を、オリーブオイルとスライスしたタマネギと炒めます。その後は、風味付けに皮をむいたショウガを足して煮込むだけです。

      スルタンさんの家では、塩は一切使わないとのこと。お店では塩やスパイスを入れると聞いていたので、私は半信半疑です。スルタンさんは「ラクダは砂漠の植物だけを食べてきました。食材本来の味わいになる。余分な味付けは不要です」と自信たっぷり。大丈夫なのか。

      肉に十分火が通るとだし汁の一部を取り出し、ご飯や野菜の煮込みも作ります。煮込みにはじっくり時間をかけ、2時間から3時間ほどかけて完成しました。おいしそう…!

      パワフルでいられますよ

      完成したハーシーの煮込み。カレーライスみたいにお皿にご飯と煮込みを盛りつけて、地元の人たちと同じように、右手で直接いただきます。熱い。

      口に運ぶと牛でもない羊でもない独特の肉のうまみが口の中に広がりました。臭みはほとんどなく、羊と比べても脂身が少なくヘルシーな肉という印象です。食感は柔らかい牛肉といった感じですが、味がよりさっぱりしているような。

      調味料を使っていないとは思えないというか、不思議と違和感はありませんでした。感想には個人差があります。

      肉屋の店主おすすめのこぶの下の部分は、脂身と赤身の境目にあたるからか、こりこりとした食感でした。ホルモンで言うとミノです。ミノっぽい食感。

      「これはアラビア半島の自然を味わえる料理です。自然とラクダと人との関係が、この料理に詰まっているのです」とスルタンさん。完食した私を見てなぜかニヤニヤしています。

      「ラクダ料理は特にスタミナがつきます。また絞りたてのラクダミルクを一緒に飲めば、いつもパワフルでいられますよ。」

      砂漠を生き抜く生命力

      冒頭、サウジアラビア人との話題に困ったらハーシーの話をすれば盛り上がる、と言う話を書きましたが、実はこのことが理由です。

      会話は「にいちゃん、そのエネルギー何に使うんだ」という古典的な展開をたどります。この種の話題を振ると地元のおじさんたちとの場が盛り上がるのは中東にいてもよくある話です。

      ちょうど出張続きで体力的に厳しい中でのロケでしたが、私もそう言われると、力がみなぎってくる感じがしないでもない。過酷な砂漠で生き抜く生命力がラクダをスタミナ食たらしめるのかもしれません。

      「普通の肉より高いので毎日というわけにはいきませんが、私たちにとっては毎日でも食べたい料理。日本人が来ればいつでももてなしますよ」と最後まで歓待の姿勢を示してくれたスルタンさん。貴重な週末の時間をさいていただいたことにお礼を伝えて、ドバイへの帰途につきました。(ドバイ支局 吉永智哉)