レバノン大規模爆発 いったい何が

    8月4日にレバノン・ベイルートで起きた大規模な爆発。死者は170人以上、家を失うなどした人はおよそ30万人にものぼると推計されています。国民の怒りはすさまじく、内閣が総辞職する事態となりました。なぜ、これほどの大規模な爆発が起きたのでしょうか。背景には、長年、レバノンが抱える根深い問題がありました。

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      明らかになってきた甚大な被害

      大規模な爆発の現場となったのは、首都ベイルートの北側にある海沿いの倉庫でした。

      8月4日の現地時間午後6時前、倉庫から出火し、煙がもくもくと空高くのぼってるのを多くの人たちが目撃していました。そして、午後6時8分ごろ、突然、大爆発が起き、ものすごい爆風が周囲を襲いました。

      この爆発で170人以上が死亡、6000人以上がけがをしました。
      爆風で現場から数キロ離れた住宅にも被害がでて、家を失うなどした人はおよそ30万人にのぼると推計されています。

      衛星写真などからも、爆発の威力の大きさがうかがえます。倉庫のあった場所には、ぽっかりと大きな穴が空き、海水が入り込んでいます。その穴の直径は124メートルほど、深さは43メートルもあるということです。

      また、現地のメディアによりますと、爆発音は海を隔てて200キロ以上離れたキプロスの首都ニコシアでも聞こえたということです。

      硝酸アンモニウム約2750トン保管

      いったい原因はなんだったのでしょうか。

      レバノン政府は、現場となった倉庫には硝酸アンモニウムおよそ2750トンが保管されていたことを明らかにしています。硝酸アンモニウムは化学肥料としても使われる一方で、可燃物と混ざると強い爆発力を生むため、爆薬の原料にもなります。

      この大量の硝酸アンモニウムが今回の大規模な爆発の原因とみられています。

      なぜ?誰が?大量の硝酸アンモニウムを

      ではなぜ、これほど大量の硝酸アンモニウムが保管されていたのでしょうか?

      関係者などの話を総合しますと、この硝酸アンモニウムは、2013年9月に旧ソビエトのジョージアからアフリカ南部のモザンビークに向かう予定だった貨物船の積み荷とみられています。それがレバノンに寄港した際にレバノン当局と港の利用料を巡ってトラブルとなり、出港できなくなったということです。その後、積み荷の硝酸アンモニウムは船から港の倉庫に移され、そのまま6年間にわたって保管されてきたとみられています。

      また、欧米メディアによりますと、これまでに何度もその危険性が指摘されていたにもかかわらず、ずさんな管理が行われていた可能性もでてきているということです。

      一方レバノン政府は、港の責任者や税関の担当者を拘束し、徹底的な原因究明を進めると発表。

      しかし市民の怒りは、ずさんな管理を行ってきた政府にこそ問題があると、抗議デモが相次ぎ、死傷者がでる事態にも。さらに10日には、爆発事故の責任を取る形で内閣が総辞職しました。

      「モザイク国家」としてのレバノン

      爆発をきっかけに政治の混乱が広がっているレバノンですが、その政治体制は複雑です。

      イスラム教やキリスト教など18の異なる宗教や宗派が入り込んだ「モザイク国家」とも呼ばれ、内戦や紛争を引き起こす原因にもなってきました。1975年に起きたイスラム教徒とキリスト教徒の衝突をきっかけに、15年にもおよぶ内戦に突入。

      さらには、レバノンに拠点を置いていたPLO=パレスチナ解放機構を追放する目的で、1982年にイスラエルがレバノンに侵攻しました。また、このイスラエルによる侵攻を契機に発足し、国内で大きな影響力を持つ、イスラム教シーア派の武装組織「ヒズボラ」は、たびたびイスラエルとの軍事衝突を繰り返しています。

      かつては「中東のパリ」と称された首都ベイルートは戦闘により幾度となく破壊され、復興費用は国の財政に重くのしかかりました。

      こうした過去の経験を教訓とし、政治の体制づくりでは、異なる勢力間の均衡を図ることが優先されています。例えば大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、議長はイスラム教シーア派など、ポストを宗派などのグループに応じて決めるのが慣例となっています。

      爆発が追い打ちに混迷深める

      ただ、こうした体制は利害関係が複雑に絡むため変化に弱いという指摘もされています。過去には、内閣を発足させるのに膨大な時間がかかったこともあり、政治的空白が生まれやすいという問題を抱えています。

      去年からレバノンは、経済危機による国民生活の悪化と、そうした事態に対応できない政府への不満から反政府デモが頻発しています。

      レバノンの通貨ポンドの実質的な価値は下がり続け、食料品の価格が高騰するなど生活を直撃し、ことし3月には、事実上のデフォルト=債務不履行に陥りました。そして国民の政治への不信、いらだちがピークに達する中で今回の大規模爆発が起き、厳しい状況に追い打ちをかけているのです。

      こうした事態に、国際社会は支援に乗り出しています。レバノンと歴史的な関係が深いフランスが主導し、30以上の国や国際機関が参加した会合が開かれ、日本円で315億円余りの拠出が約束されました。

      しかし、フランスのマクロン大統領は、現地を訪れた際「もし改革が進まなければレバノンは沈む」と発言し、長期的な支援を得るには社会問題となっている汚職をなくすことが必要だとし、抜本的な改革を求めました。

      異なる宗教・宗派間の融和を優先してきたレバノンですが、未曽有の爆発を前に政治や社会の混迷が一層深まっています。

      (国際部:田村銀河、スレイマン・アーデル、佐野圭崇)