イラン 「反米感情」のリアル

    フライドポテトかと思いきや、トゲトゲの有刺鉄線。アメリカのファストフード文化を痛烈に非難する新しい壁画が11月、イランの首都テヘラン中心部でお披露目されました。イランとアメリカが敵対関係になってちょうど40年の節目に合わせた演出です。
    でも、こうした「反米感情」、市民の間ではどうなのでしょうか?

    目次

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      「反米」をアートで魅せる

      テヘランの中心部、首都を代表するバザールや歴史的な建造物が建ち並ぶ近くに、反米アートが描かれた旧アメリカ大使館があります。

      旧アメリカ大使館

      現在は「スパイの巣窟(Den of Espionage)」という名を与えられ、憎きアメリカを宣伝するミュージアムに生まれ変わっています。建物の外壁に描かれていたアメリカを批判する壁画はこのほどリニューアルされ11月に、国内外のメディアに公開されました。

      子どもたちに夢や希望を与えてきたあのキャラクターの手には銃。

      そして、自由の女神も、痛々しい姿に。「アメリカの象徴」を徹底的にこき下ろす作品の数々。評価はともかく、なかなかのインパクトです。

      いったいどんなメッセージが込められているのか。壁画づくりに携わったアーティストに話を聞いてみると「アメリカの政治や経済の没落を描いた」と話していました。

      世界に衝撃のアメリカ大使館占拠事件

      アメリカ大使館占拠

      旧アメリカ大使館が、世界の注目を集めたのは今からちょうど40年前のことです。1979年11月4日、数百人ものイランの学生たちが大使館の壁を乗り越え、占拠したのです。その後、学生たちは444日間にわたって、アメリカ人外交官ら50人あまりを人質にとりました。

      アメリカ大使館占拠

      学生たちの行動の背景には、アメリカに対する根強い不信感がありました。

      今では想像できませんが、事件が起きる少し前まで、イランは親米の王政でした。当時の国王は、アメリカの支援を受けた油田開発などを通じて、急速な近代化を進めようとしましたが国民の貧富の差は拡大する一方でした。
      このため全国各地で反政府デモが繰り広げられ、1979年2月、ついに王政は倒されたのです。これが世界に衝撃を与えた「イスラム革命」です。
      嫌われ者の国王は、というとアメリカに亡命。国民の怒りは、それまで国王を操り、さらには入国を受け入れたアメリカに向けられるようになりました。

      この結果、暴徒化した学生が大使館になだれ込み占拠するという前代未聞の事件は起きたのです。事件のまっただ中、両国は国交を断絶。中東地域に時に緊張をもたらす敵対関係は、今も続いています。

      iPhoneにスタバ、KFCも

      国家間が激しく対立する中で、一般の市民もアメリカに対して憎しみを抱いているのでしょうか? テヘランの街を歩くと、裏腹な現実が浮かびあがります。

      日本ではおなじみの、このアメリカの大手IT企業のマーク。イランには正規のアップルショップはありませんが、それぞれの業者が独自のルートで輸入し、街のいたるところで、アップル製品が販売されています。

      販売店のすぐ隣の喫茶店には、イランに一店舗もないはずのスターバックスのコーヒー豆が売られていました。

      「すごい人気ですよ。コーヒー豆を密輸しないといけないけど、賞味期限が切れてても欲しいという客もいるくらいです」(男性店長)

      ほかにも、ケンタッキーフライドチキンやマクドナルドといった、アメリカのファストフード店をまねした店がテヘラン市内では軒を連ねています。休日には店内で、大勢の人がフライドポテトをほおばり、アメリカの食文化にどっぷりつかった生活を送っている人も珍しくありません。

      アメリカはイランに制裁を科しているため、アメリカの企業がイランでビジネスを行うことは原則できません。でも、手に入らないものを欲しくなるというのは、人間の性(さが)なのでしょうか。多くの若者はアメリカの音楽を聴き、ハリウッド映画もたくさん観ています。あの壁画に描かれた作品は、イランのほんの一面を現しているに過ぎないのかもしれません。

      ついにトランプ本まで!?

      そうした若者の変化を、間近で見てきた人物に会うことができました。名門テヘラン大学のすぐ向かいで書店を経営するアリさんです。30年以上にわたって店を切り盛りしてきました。今、アリさんの店のショーウィンドウに堂々と並ぶのは、トランプ大統領の著書です。

      「成功したビジネスマンとして人気だよ。毎週のように追加発注する人気ぶりだ。かつてはアメリカに関する本は出回ること自体考えられなかった。学生の意識もどんどん変わっているよ」

      書店に立ち寄った女子学生は、トランプ大統領の経営手法について書かれた本を手に取り「面白そうですね。ビジネスに役立ちそうです」とあっさりした様子で話してくれました。

      アリさんは、今の若い人たちの気持ちをこう表現します。「イランの人たちは世界とつながりたいし、世界を知りたいと思っている。意見は一致しなくても、聞きたい、読みたい。彼らは世界とコミュニケーションしたいんだよ」

      書店のアリさん(50)

      意見が一致するかしないかはさておき、まずは相手を知り、コミュニケーションをとりたい——。
      今の若者の「反米感情」にとらわれない、新しい感覚を感じました。

      イランの「反米感情」はどこへゆく

      こうした変化を踏まえ、イラン政府は今後いったいどうアメリカと向き合おうとしているのか。私は直接会って話を聞きたい人がいました。エブテカール副大統領です。

      実は、エブテカールさん、大使館を占拠した若者の1人でした。当時19歳ながら、流ちょうな英語を活かし世界各国のメディアを前に、学生側の主張を連日発信していていたのです。

      学生時代のエブテカールさん

      事件のあと、イスラム体制下で要職に抜擢され、今では副大統領として、女性の社会進出などを担当しています。

      そんな彼女に「大使館を占拠したことに、後悔や残念に思うことはまったくないのですか?」とストレートに尋ねました。

      「残念なことと言えば、なぜアメリカという科学もテクノロジーも発展している国が、よその国に干渉しようとしたのか、それこそが残念です」と、さらっと私の質問をかわし、アメリカ批判を展開しました。

      同時に、アメリカとの関係と、イランの国民については次のようなことを話しました。

      「アメリカ政府には、イランに最大限の圧力をかける政策は成功しないと理解してもらいたい。アメリカ政府による干渉がやみ、少なくとも国民が平和に豊かに暮らせるようになることを望む」

      アメリカとの敵対関係が続く中で、経済制裁下にある国民が苦しい状況に置かれていることを率直に認める発言でした。

      ただ、現在の対立の原因はあくまでアメリカにあるという立場は崩しませんでした。

      旧アメリカ大使館に描かれた壁画がいつか、まったく違う絵柄に変わることはあるのでしょうか。国民の反米感情が徐々に薄れる中で、その行方をしっかりと追っていきたいと思います。(テヘラン支局 戸川武)