障がい者 防災

思いを寄せて “聞こえない”を救いたい

社会部 飯田耕太

聞こえない、聞こえづらいことで災害時に命の危険にさらされる。 聴覚に障害のある人たちの大きな課題に、コミュニケーションや周囲の“想像力”をいかしてサポートにつなげようという取り組みが始まっています。 (社会部 飯田耕太)

2019年8月 平原圭介さん撮影

「朝、目がさめると、家の前はまるで川のようになっていました」

佐賀県武雄市の家の2階から撮影された画像です。 目の前の道路はもはや川、流された大型トラックの半分程度の高さまで浸水しています。

撮影した平原圭介さんは生まれたときから聴覚に障害があります。                      九州北部で線状降水帯が発生するなどして川が氾濫し、各地で大きな被害をもたらしたこの時の豪雨。

平原さんは2階にいてかろうじて命は助かりましたが、1階のほとんどが浸水して自宅を失いました。

自宅があった場所 現在は更地に

前夜のうちから雨が強まり、避難の呼びかけも行われましたが、聴覚に障害がある平原さんは朝、起きるまで危険をしらせる音が聞こえずにいました。

平原圭介さん

「泥臭いようなにおいがして目が覚めました。家の周りは水が迫り、逃げられなくなりました。大型トラックも流されていました。気付いたときには災害が目の前に迫っている感覚。それはすごく怖いことなんです」

災害時 聞こえないことで迫る危険

音が聞こえないことで、災害のリスクはより高くなります。

例えば東日本大震災では、障害者の死亡率は全体と比べて約2倍でした。
このうち聴覚と視覚に障害がある人の死亡率は、特に高くなっていました。

また聴覚障害者でつくる全国団体「全日本ろうあ連盟」は、地震や豪雨など大きな災害のたびに被災した人への聴き取り調査を続けています。

これまで調査したのは100人以上にのぼります。 団体の調査では、周囲との意思疎通に不安を感じ、避難をためらうケースが少なくないことも分かってきました。

浸水の高さを示す聴覚障害がある男性

聴覚障害のある人は、避難所で食事の配給を知らせるアナウンスに気付かず、支援が受けられなかったり、孤立したりすることがよくあります。

「そんな嫌な思いをするぐらいなら」と、避難しないで自宅にとどまる人が水に囲まれて危ない目にあうケースが後を絶たないというのです。

実際、2021年12月に福岡県で行った豪雨の被災者への調査では「耳の聞こえない人は自分だけなので、話をして情報などを得られないと思い、避難所へは行かなかった」という人がいたこともわかりました。

いざというとき、誰もが安全に避難できるためにはどうしたらいいのでしょうか?

仲間とつながり 安否も確認

豪雨に気づかず自宅を失った平原さんは、地域の聴覚障害者といっしょに互いの命を守るために、SNS上で情報交換ができる場を作っています。

現在、このグループには15人が参加していて、察知した危険を知らせあったり安否を確認したりしています。

去年8月の豪雨時のやりとり

去年8月の豪雨のときも事前に大雨の見通しを共有したほか、雨が強まったあとは安否確認や避難の情報を伝え合ったりしていました。

平原さん達は、いずれはこうしたグループに音が聞こえる人も加わってもらうことも考えています。

強まる雨やサイレンの音など、聞こえない人が捉えづらい情報や急変する事態も伝えられると期待しています。

平原圭介さん

「聴覚障害者だけではどうしても情報が不足してしまうし、伝達が少し遅れてしまいます。私たちにとっては命に関わる情報なので、より多くの人の力も借りて危険を捉え、災害時にはチームですぐに活動できるようにしていきたい」

話題になった投稿

一方、聴覚に障害がある人をサポートする、こんな出来事もありました。

「先日泊まったホテルの対応がすごかった」「ほんと神」

聴覚に障害のあるユッケさん(仮名)は、ことし1月に東京・浅草のホテルに泊まったときの出来事をSNSにツイートをしました。
すると、この投稿には、2万件近い反響が寄せられました。

ホテルが用意した指差しシート 河北新報社作成

ユッケさんが心を動かされた対応のひとつは、ホテルが準備してくれた「指さし会話シート」です。

災害時に避難が必要かどうか。どこに逃げればいいのか、
指を差すだけでやりとりができるというものです。

シートには「あいうえお表」などもついています。
災害時に聴覚障害者が手話を使わなくても周囲に必要なことを尋ねたり、助けを求めたりしやすくなっています。

利用したホテルでは、備品の要望やシャワーのお湯が出ないといった滞在中の困りごとを筆談でやりとりするためのシートも用意していました。

ユッケさん

「“筆談をお願いします”とだけ伝えていたのにそれを越える配慮をしてくださいました。すごくうれしかったです」

思いを寄せて “聞こえない”に対応

対応したホテルの支配人 井田梨絵さんに話を聞くと聴覚に障害のある人からの予約はユッケさんが初めてだったそうです。

どんな対応が出来るか、インターネットで調べたところ、この指さしシートにたどり着いたそうです。
東北の新聞社が東日本大震災の教訓をふまえ作成したもので、誰でもウェブサイトからダウンロードして使うことができます。

対応したビーコンテ浅草の支配人 井田梨絵さん

受付担当者が変わっても手話を使えなくても「誰でも対応できる」と、新聞社にも了承を得た上でシートを作りました。

さらに、万が一のときに備え、災害の危険を一目で伝えられるシートもみずから作りました。

シートには
「水害・火事が発生しました」 「一緒に避難してください」 「ロビーで待機してください」などと書かれています。

ホテルが作ったシート

災害が起きたとき、ホテルでは従業員が館内放送や一部屋ずつ回って安否の確認や避難誘導にあたることになっていますが、聴覚障害者はアナウンスが聞こえないおそれがあります。

そこで、準備したシートを直接見てもらうことで「どんな災害が起きているのか」「どう行動して欲しいか」すぐに伝えられるようにしたのです。

耳の聞こえにくい祖母のことを考えた

いったい、どうして井田さんはこんな対応ができたのでしょうか。 尋ねると「離れて暮らしている祖母を思い浮かべたからなんです」と教えてくれました。
90歳を超える祖母は、10年ほど前から年々、耳の聞こえが悪くなってきているそうです。

井田梨絵さん

「最近は大きな災害が多いので、そうした時におばあちゃんはどうするんだろう、大丈夫かなとよく思います。障害をもってるせいで失われる命があってはならないので、徹底して作りたいと考えました。これからもできることは何かを模索し、いつでも寄り添った対応をできるようにしたいです」

ユッケさん

「ホテルの人が自分たちで何ができるかを考えて行動してくださり、本当によかったです。
今回、皆さんが対応してくれる様子をみて、私も“聞こえません”と伝えるだけでなく、いま何に困っているか、何が必要かを伝えることが大事だと思いました。障害がある人もない人もお互いが歩み寄って災害や課題を乗り越えていける世の中になってほしいです」

「周りにいる人が困っていることはないだろうか」
相手のことを思いやりながら、自分が出来るサポートを考えて行動してみる、それが誰もが暮らしやすい社会につながる一歩になります。

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