「わかってはいるんだけど、なかなか守れない…」 自転車が関わる事故では、自転車側に何らかのルール違反があるケースが少なくありません。 被害者にも、加害者にもならないために、どうすれば安全運転を徹底できるのでしょうか?
(ネットワーク報道部 田隈佑紀 岡山放送局 冨士恵里佳 )
自転車と車の事故のうち半数以上を占めるのが出会い頭の衝突事故。 去年、死者・重傷者は約3000人にのぼり、警察庁の分析では、自転車側にも約8割に違反がありました。 その中には交差点での一時停止をきちんと守れば、事故を防ぐことのできるケースが少なくありません。
どうすればルールを守ってもらえるか。 これまでの考え方にとらわれない斬新なアイデアを求めて、NHKでは子どもたちに自由にアイデアを出してもらうことにしました。 解決策を一緒に考えたのは、日夜、自由研究に励む、全国1万人の「少年少女発明クラブ」の子どもたちです。
「自転車事故を減らすためのアイデア」を募集したところすぐに全国から反応があり、「速度を落としてもらうために砂利をひく」や「停止したくなる試食コーナーを作る」など40以上のアイデアが集まりました。
どのアイデアを実現できるのか、作戦会議です。
(子どもたちの意見)
「カウンターみたいに、一時停止した回数が1、2、3、4って増えていく。『計っています』って表示しておくと、みんな心がけてくれるかな」
「『ありがとうございました』って表示されたら、自分がやったっていう達成感もあるかなと思います」
盛り上がったのは、一時停止の回数を表示することで問題を「自分事」として認識してもらい、さらに、ルールを守った人に感謝の気持ちを伝えるというアイデア。 名付けて「ありがとう作戦」です。
アイデアが固まってきたところで、今度は実験ができる場所を探します。 すると、「子どものアイデアで自転車事故を減らしたい」と静岡市が実験場所に名乗りを挙げてくれました。 静岡駅に近い一時停止の標識のある交差点は、通勤や通学、買い物に急ぐ人の危険運転が多発しているといいます。 私たちが計測したところ、一時停止率は、わずか2%です。
静岡市 自転車のまち推進係 松岡利三朗さん
私ども行政をはじめ、ことあるたびに市民にお伝えしているんですが、なかなか止まっていただけません
実験は、交差点の手前にモニターを設置し、画面には「一時停止をした人数」を表示。 停止線の手前に設置したスピーカーから、子どもたちの「感謝の言葉」を流し、実験前と実験後の停止率を比べます。
実験スタートです。 人が来ました、モニターを見ています。 果たして止まってくれるのか…
止まってくれてありがとうございます!
その声に反応するように、見事、止まってくれました。
『何人目です』って人数があって、自分事に思えたので。ふだんなら見過ごして通過していると思うんですけど、こういうふうに書いてあると『止まらないといけない』って思いました
やっぱり子どもさんの声ですよね。すごく感じるものありますよね、大人として
止まる人が増えていきました。 停止率は、2%から、12.5%に。 まだまだという数字ですが、対策は何事も小さな一歩から。
人々がより良い行動をとれるように、“そっと後押しする”手法を「ナッジ」といいます。 行動経済学が専門の東北学院大学の佐々木周作准教授によりますと、これまでにも「感謝のメッセージ」を示すことでゴミの分別が進むという実験結果も報告されるなど、こうした手法が成果をあげているということです。
東北学院大学 佐々木周作 准教授
「効果の背景には『互酬性』があります。“ありがとう”と先に言われることで、相手によくしてもらっているから“自分もお返ししよう”という気持ちになると考えられます」
今回の実験結果を受けて、市の担当者からは実際に活用する方法も検討したいという意見が出ました。
(静岡市 自転車のまち推進係 松岡利三朗さん)
「今まで交通安全の啓発をしてきてなかなか響かなかった部分もあったのですが、こういうやり方もありなんだと気付きました。神出鬼没に、小さな装置で2時間でも3時間でも置くことで、止まるきっかけを体験していただけたら、普段から緊張感を持って交差点に進入する、そんな機運の醸成が図れるのではないかと思いました」
ルールを守って!と声高に呼びかけるのではなく、「ありがとう」という優しい言葉が、人々を良い行動に導く。 実験からそんな対策の形も見えてきました。 取り締まりを行う警察でも、ユニークな取り組みが成果を上げています。 新たな取り組みを始めたのは岡山県の警察です。 強い危機感を持ったのは去年。県内で自転車を運転中に亡くなった13人が、全員65歳以上の高齢者だったことがきっかけでした。
悪質な交通違反の取り締まりを進める一方、自転車に乗る高齢者などに「愛のお届けカード」という紙を配って注意を呼びかけています。 このカードは当初、歩行中の高齢者の事故が後をたたなかったことから、信号無視や斜め横断などをしないよう指導するのを目的に導入されました。 死亡事故が相次いだことを受けて、去年からは歩行者だけでなく自転車に乗っている人も対象に加え、1年間に過去最多の5350枚を配りました。
カードには事故に遭わないための注意点のほか、「あなたを交通事故から守るため」「交通事故に遭わないよう、いつまでもお元気で」など、優しい言葉が並んでいます。
岡山県警察本部交通企画課 柳澤宏道 課長補佐
「以前は『警告書』と書かれた紙を渡していましたが、怒られているように感じたのかなかなか受け入れてもらえませんでした。安全指導は押しつける形ではなくて、その人の心に本当に届いて意味があるものだと思いますので、愛のお届けということで、本当にその方に対してメッセージが届けば良いなと思っています」
このカード、ただ配るだけでは終わりません。 「愛のお届けカード」をきっかけに、警察官が高齢者のもとを訪ね、一人ひとりの生活習慣を聞いたうえで、気をつけてほしい道路などをアドバイスします。 交通マナー以外にも、ふだんの生活で困っていることはないか積極的に話しかけます。 そして、必要に応じて地域の民生委員に連絡したり、市の担当課を紹介したりして支援につなげることもあるといいます。
(警察の担当者)
「お年寄りは人生経験が豊富で私よりも地域の事情に詳しく、尊敬する人たちばかりです。自分の祖父母と同じ年代ですし、事故に遭ってほしくない。だから『事故ゼロ』を目標に、お年寄りへの交通指導を続けていきたいと思います」
最初は「罰金を取られるのではないか」と心配されていたこのカードも、口コミなどで評判が広がりお年寄りに受け入れられているといいます。 カードと一緒に配られる反射材をつけてくれる人も増えてきました。 心に届ける優しいことば。相手に寄り添う気持ちとひとりひとりの心がけが、自転車事故のない社会につながっていきます。
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