バリアフリー

5センチの段差をなくしたい

(2018/9/21 さいたま局記者 直井良介)

大好きなお店で、熱々のカレーを食べたくても、店の入り口にある段差をひとりでは越えられず、いつもテイクアウト。子どもと毎日遊びに行く公園の入り口にも段差。
車いすの男性は「5センチの段差をなくそう」と働きかけを始めました。すると、周囲にも思わぬ変化が起き始めました。

普通のことを普通にしたい

車いすでは、たった5センチの段差ですら越えられないこと、知っていますか?

そう話すのは、埼玉県所沢市に住む森田圭さん(39)です。森田さんは、全身の筋肉が萎縮していく難病の「筋ジストロフィー」を患い、28歳の時から電動車いすで生活しています。

楽しみは、まだ小さな息子と近くの公園に行くことです

でも公園の入り口に段差があり、遠回りして別の入り口に行かなくてはなりません。休日に家族で行ってみたいレストランがあっても、前にわずかな段差があるだけであきらめることも多いのです。

普通のことを、僕たちも普通にしたいだけなんです

その言葉が重く感じられました。

街は段差にあふれている

私(記者)も電動車いすを借りて、森田さんと一緒に街に出かけました。横断歩道と歩道の境に、わずかな段差。歩道と飲食店入り口の間にも、数センチの段差。車いすの前輪がひっかかり、前に進めません。勢いをつけて乗り越えようとすると、前のめりに転倒しそうになります。

東京オリンピック・パラリンピックをきっかけに、バリアフリーのまちづくりが叫ばれています。でも街にあふれる段差のすべてを解消することは、物理的にも「無理だ」と感じました。

5センチの段差をなくそう

でも森田さんは、自分たちなりの方法で段差をなくす活動を始めています。強化プラスチック製のスロープを飲食店や美容室などに依頼して、店の前に置いてもらうことです。

スロープは折り畳み式で、ふだんは脇に置いておくこともできます

「5センチの段差をなくそう」森田さんはこのキャッチフレーズとともに、1年ほど前から車いすで生活する仲間たちと店を1軒ずつ訪ね、スロープの設置を依頼しているのです。

店で熱々のカレーを食べたい!

この日訪ねたのは、車いすで生活する友人がおすすめのインド料理店。友人は店の前の段差で店内に入れず、いつもテイクアウトでした。「お店で、できたて熱々のカレーを食べたい」といつも思っていました。
「スロープがあれば車いすだけではなく、ベビーカーを押す人も入りやすい店になるので、ぜひ設置してほしい」という森田さんのお願いに、店主はスロープの設置を快く引き受けてくれました。

“事故が起きたら誰が責任を負うの”

これまで1年余りの活動で、スロープを設置してくれたのは7店舗。

「スロープで事故が起きたら誰が責任を負うのか」「ほかの客の邪魔になる」と、断られることも少なくないのが現実です。

スロープがもたらした変化も

新所沢駅近くにあるイタリア料理店では、森田さんの依頼を受けて、去年12月に店にスロープを置きました。私たちが取材に訪れたこの日、車いすの男性2人が来店しました。すると店主の浅井修平さんは、手慣れた様子で案内する席のいすや、車いすの通り道にある物を片づけていました。

2人とも言葉が不自由だったため、注文に聞き間違いがないか、一つ一つメニューを指さして確認。手も少し不自由そうだとみると、食事をテーブルに並べたあとにフォークを手渡しすることも忘れません。

実はスロープを設置するまで、重い障害がある人が店を訪れることはほとんどなく、浅井さんは当初どう対応したらいいのかすら、わからなかったといいます。ところがスロープによって車いすの客が来店する機会が増えると、自然とわかるようになってきました。

レストランはお客さんに料理を楽しんでもらう場所です。一人一人の好みが違うように、手足が不自由な人、言葉が不自由な人、それぞれに少しだけふさわしい対応を考えるだけで、より多くのお客さんに料理を楽しんでもらえることができる。
浅井さんは、「スロープのおかげで、自分の価値感や考え方が変わってきた」と話してくれました。

人と人とをつなぐ懸け橋

スロープの設置は、店だけでなくお客さんにも変化をもたらしました。

この老舗の洋食屋は、森田さんの活動を快く受け入れ、毎朝、段差にスロープをかけています。店の利用客に話を聞くと、こう話してくれました。

「スロープが店の入り口にかかっているのを見て、街なかには段差が多いんだということに気付かされました。段差がない社会が広がればいいと思います」

「障害者の人と日常で身近に接することが少なく、わからないことが多いのですが、お店で食事をしているときに接する機会が増えたら、もっと理解し合えることが増えると思います」

障害者が本当の意味で身近に暮らす社会と、そこで深まる障害への理解。森田さんたちのスロープは人と人をつなぐ懸け橋になっているのです。

もっと人として関わってほしい

森田さんは、1台2万円ほどのスロープ購入のために、仲間とともに定期的に駅前で募金を呼びかけています。「もっと人として僕たちと関わってほしい」と協力を訴える森田さん。
「がんばって」と優しく声をかけて千円札を募金箱に入れる高齢の女性。車を止めて小走りに近づき、何も言わずにお札を箱に押し込んで去って行く男性。だっこした子どもの手から募金をする母親もいました。

森田さんたちからのメッセージです

世の中が変わってくれることを待つんじゃなくて、できることがあるならば、自分たちで動いていきたい。そこから世の中が変わっていくんじゃないかと思います。
そして「車いすはたった5センチの段差を越えられないことを知ってほしい」です。(森田圭さん)

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