子育て

“脱・孤育て” みんなで支えたい

(2020/1/31 取材:ネットワーク報道部・大窪奈緒子 有吉桃子 長野局・田中顕一)

かわいい赤ちゃんと過ごす幸せな時間のはずなのに、不安でたまらない。
誰にも育児の不安を相談できず、孤独感が募る。

今、こんなつらさを抱えている母親が少なくありません。
子育てが母親ひとりの“孤育て”になってしまっているのです。

聞いてほしい、“脱・孤育て”の声を。

議論を呼んだ3つ子の事件

“孤育て”が注目されるきっかけになったのは、おととし愛知県で起きた事件でした。
3つ子の母親が次男を畳の床にたたきつけて死亡させたとして、罪に問われたのです。

裁判で明らかになったのは、過酷な育児の現状でした。
ミルクは3人合わせると1日に24回。睡眠時間は1、2時間ほど。
行政のサポートも十分受けられず母親は追い詰められ、孤立を深めていきました。

涙の会見 その理由は

去年11月、厚生労働省で会見が開かれました。

会見を開いたのは、双子や3つ子などの「多胎児」を育てる親や支援する団体です。
会見では母親が涙を流しながら、「多胎児」を育てる難しさや支援が不足している現状を訴えました。

「私は育児に向いていないなと思いつめ、子どもを殺めるか自殺をしようか、どちらがよいか迷っていました。もしも保育園の入園が決まっていなければ、私は3つ子事件よりも先に虐待死事件を起こしていたかもしれません」

彼女は私だったかもしれない

母親が実刑となった1審判決に対し「妥当だ」という声が上がる一方、2審では執行猶予をつけるよう求める署名活動がネット上で行われ、3万件を超える署名が集まりました。

署名した人の多くは、実刑となった母親に自分の境遇を重ねた子育て中の母親たちでした。
署名にあわせてネット上には、母親たちの悲痛な声が多数投稿されています。


「人ごとだと思えたらよかった」
「双子の母です。私も誰も手伝ってくれる人が周りにいなかったので心中をよく考えていました。双子で過酷なら・・・3つ子は想像できません」


東京都内で4歳と2歳の女の子2人を育てる横山亜実さんも、事件をひとごととは思えないと感じている母親の1人です。

夫が単身赴任のため、ふだんからほとんど1人で子育てをしています。特に育児がつらかったのは、2人目の子どもが生まれてしばらくのころでした。

「イヤイヤ期」の長女と新生児の次女が同時に泣き出すと、あやしたくても手が足りず、横山さん自身も泣きたい気持ちになったといいます。

誰とも話さないで1日が終わることも多く、社会との接点のなさから孤独感にさいなまれました。

横山亜実さん:
「子どもが泣いてもうどうしようもないとなったときに、きっと3つ子のお母さんはこんな気持ちだったんだろうなと、気持ちがわかってしまう部分はあります。しょうがないとは決して言えませんが、育児に真面目に取り組まなければ起こりえなかった事件だと感じます。誰にでも起こりうることだと思ってしまいました」

“脱・孤育て”自治体と病院が連携

“孤育て”からの脱却。
母親たちを支えようと各地でさまざまな取り組みが始まっています。そのひとつが、長野県須坂市で始まった「須坂モデル」と呼ばれる先進的な取り組みです。

この取り組みは行政や医療機関が連携して「産後うつ」の兆候を早期に把握し、支援につなげるのが特徴です。

母親になるすべての女性を対象に、市の担当者が出産前から面接して不安などを聞き取り、精神科医や産婦人科医などとともに対応にあたります。

母親どうしでつながろう

マンションの建設が相次いで若い世代が増えている東京・江東区では、母親どうしがつながりを作り、“孤育て”を解消しようという取り組みが行われています。

去年11月に“脱・孤育て”をテーマにしたイベント「こうとう子育てメッセ」が開かれました。企画・運営しているのは、マンションなどに住んで子育てする地域の母親たちです。

遊びやトークショーを通じて子育てに役立つ情報を得ながら、親どうしが交流を深めることができるよう企画を工夫しています。

父親の存在も欠かせません。ノンアルコールの飲み物を片手に語り合う「パパ居酒屋」のコーナーも設けられました。

父親どうしも交流して情報交換をしてもらうのがねらいです。

安全地帯が増える

イベントの実行委員の1人、岩坂奈保さんも子育てに悩んでいました。

5歳の女の子と1歳の男の子を育てている岩坂さんは、長女がまだ乳児だったころに乳腺炎になったことがあります。体調も思わしくないなかで、よく泣く長女を「泣かせちゃいけない」と思い詰め、自分をどんどん追い込んでしまいました。

岩坂奈保さん:
「泣きやませられない私は、だめな母親なんだと当時すごく思っていて。赤ちゃんにかかりきりで夕飯の準備も満足にできない。ごはんひとつもちゃんと作れない人間なんて、この世に存在してはいけないんだって」

「母親の責任感」という言葉にしばられ、「実は、ちょっと辛いんだよね」と家族に相談することも難しかったといいます。

岩坂さんは数年前に児童館のチラシでイベントの存在を知り、赤ちゃんだった長女を連れて実行委員に参加しました。
そこで同じように子育てに悩む同年代の母親や、先輩の母親たちと知り合うことができたのです。

岩坂さん:
「相談できる相手が増える、知り合いが増えることで、“安全地帯”が増えると感じました。マンションで1人で育児していると、隣近所にどういう人が住んでいるのかというのも分かりません。知り合いが増えることで、ここは大丈夫、ここも大丈夫、と思えるエリアがどんどん増えていくという感じがあります。安心しますね、やっぱり」

銭湯でゆったり「つながる」

老舗の銭湯で、子育て中の父親や母親がリフレッシュできるような居場所を提供しようという企画も始まっています。

「パパママ銭湯」と名付けられたこの企画は、東京・杉並区にある銭湯「小杉湯」が毎月1回ほどのペースで開いています。

この企画のときは地域のボランティアや保育士などが、訪れた人たちの子どものお世話をしてくれます。その間、父親や母親はゆっくりお湯につかってリラックス。日頃の育児の疲れを癒やすことができます。

子どもが親といっしょにいたがった場合は、ボランティアが子どもと一緒に浴場に入って、父親や母親の目の届くところでお風呂に入れてくれます。

生後3か月と1歳、4歳の3人の娘を連れて参加した母親は、「ふだんのお風呂は、自分自身はお湯につかるヒマがありません。余裕がなく、家では怒ってばかりの日もあります。きょうは、助けてもらったおかげでお湯にゆっくりつかることができました。家に帰っても少し子どもに優しく接することができそうです」と話していました。

生後6か月の男の子の母親:「ふだん大人と話す機会がないので、お風呂に入りながら、ほかのお母さんやボランティアの人、地域の人と話すことができて、ありがたいなと思います。この日を励みに育児を頑張っています」

小杉湯とともにこのイベントを企画したボランティアの安里美紀さんも、手応えを感じています。

安里美紀さん:
「銭湯って裸のつき合いで、のんびりリラックスできる場所。だからこそ、話しかけるとお母さんからポロッと本音が出ることがあります。いろんな世代が集う銭湯という場所が、子育て世代にとって安心できる場所になればいいし、『町』という大きなチームで子どもを育てる、そういう拠点のひとつになればいいなと思います」

人と人とのつながりで“脱・孤育て”を実現していく。みんなが現実を知って取り組みを積み重ねていくことが、子育てしやすい社会につながっていくのではないでしょうか。

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