ネットリテラシー

その拡散 ちょっと待って

(2019/11/8 取材:ネットワーク報道 井手上洋子 大石理恵)

SNSの影響力は、良くも悪くも絶大です。今年8月に起きた「あおり運転」の事件で、ある女性は容疑者と間違われ、名前や顔写真をネット上にさらされ、誹謗中傷を受けました。デマはさらに多くの人を巻き込み、真偽を確かめずに拡散させた人も責任を追及されています。

“いいね”や“リツイート”で情報を拡散する前に、ちょっと考えてほしいのです。

市議会議員が「デマの拡散」で辞職

愛知県豊田市で二期目を務めていた57歳の男性議員が11月2日、辞職しました。自身のSNSのアカウントに、ある女性に関するデマ情報を投稿してしまい、逆に女性から損害賠償を求める訴えを起こされたからです。

会見で謝罪する議員

発端となったのはことし8月、茨城県の高速道路で男があおり運転をしたうえ、相手の男性を殴った事件です。車を降りて向かってくる男と横でガラケーを構える女の動画がテレビなどで流されると、ネットでは2人の正体探しが始まり、まもなく名前や顔写真が広まりました。問題は、広まった女の名前と顔写真がまったく関係のない女性のものだったことです。

議員のもとにも知り合いから「拡散希望」としてそのデマ情報が流れてきました。

そして自らのSNSのアカウントに投稿しました。「早く逮捕されるよう拡散お願いします」とのコメントもつけました。でもそれは、市議会議員という公的な立場であればなおさら、やってはならないことでした。

(元議員)
「何より女性に、そして市議会や社会にご迷惑をおかけしました。簡単にデマ情報をシェアをしてしまったことについての甘さを反省しています。ネットを利用する人たちには 『自分みたいなことにならないよう気をつけてください』と言いたいです」

ある朝突然 犯罪者に

一方のデマを流された女性は、より深刻な被害を受けていました。

はじまりは8月17日の早朝でした。不気味に振動し続ける電話で目を覚まして画面を見ると、友人からのメッセージがありました。

「ネットにさらされてるよ」

メッセージの下には自分の名前や顔写真を掲載して、あおり運転の事件の容疑者だとする「まとめサイト」のURLが添付されていました。

(デマを流された女性)
「どうしてこんな目にあうんだろうっていう気持ちが非常に強くて、まだ自分事にとらえられないというのが正直なところでした」

Facebookに投稿したメッセージ

女性をとりまく状況は、急速に悪化します。女性は自身のSNSのアカウントでデマであることを訴えましたが通じず、誹謗中傷や嫌がらせの電話が相次ぎました。

「何が『朝起きたら犯罪者』だ! 反吐が出る」
「死ぬまで社会的に抹殺されるぐらいの罰で頼む」
「善良な日本国民すべてを敵に回した事実を知れ!」

「普通のパパやママ」が拡散していた

デマが広まった大きな要因は、SNSの拡散機能です。ネット上のメッセージに共感した人が、「リツイート」や「いいね」を押すと、知り合いなどにその情報を広めることができます。

女性が何よりショックだったのは、デマを拡散した人たちが、ふだんSNSに投稿していた内容でした。

1人1人のアカウントをみると、自分の子どもの写真や日常の出来事などを投稿している人が目立ちました。ごく普通に生活している人たちが、たまたま流れてきたデマ情報を信じて憤り、それが大きな波となって自分を襲っていたのです。

被害を受けた女性

「本当に普通の主婦の方とか普通の優しいパパみたいな人が多かったです。買い物に行ったら 隣の人かもしれないっていう怖さはありました」

女性は弁護士に相談し、「情報はデマであること」「デマを流した人に対しては法的措置をとること」を表明する声明文を作成してネットで公開しました。すると元の投稿がデマだと疑う書き込みが、ネットで目立ち始めました。この時、すでに日付は変わっていました。

「拡散も法的責任を」

女性と弁護士は今、最初にデマを流した人だけはなく、情報の真偽を確かめずに拡散した人も含めて法的措置をとる手続きを進めています。辞職した豊田市の元議員は、実名で投稿していたため早い時期の提訴となったほか、自ら名乗り出た8人と示談金を払うことで和解が成立しています(11月8日現在)。

ただ弁護士によると「これはまだごく一部」で、安易なデマの拡散に警鐘をならすためにも、さらに法的措置をとる手続きを進めていきたいとしています。

(小沢一仁弁護士)
「法的措置としては、まず特定したうえで損害賠償請求。あるいは刑事告訴ということになります。一番最初に書いた人が悪いのは当然、当たり前なんですけれど、結局、実害レベルでは、それを広げた人によって、広げられた行為によって実害を被ったということになりますので、リツイートに関してもしかるべき責任をとっていただきます」

台風のピンチを救ったSNS

台風15号の被害 千葉県館山市

一方でSNSによる拡散は命も救います。甚大な被害が相次いだことしの台風の際にも、その力を発揮しました。

ことし9月、関東地方を直撃した台風15号。千葉県にある動物園「市原ぞうの国」では、2頭の赤ちゃんを含む13頭のゾウが命の危険にさらされました。

体重3トンに上る大人のゾウの場合、最低でも1日80リットルの飲み水が必要とされています。しかし停電によって、園内の井戸水をくみ上げる電動ポンプが停止。急きょ自家発電機を稼働させましたがそれも不調になり、水が十分に確保できなくなりました。

ゾウに井戸水を供給する設備

水を奪い合う姿も

気温が30度を超える日が続く中、体温を下げるために必要な水浴びもできません。ゾウたちは、空になった桶に鼻を突っ込んで水を催促しました。バケツに残った少量の水を奪い合うような姿も見られました。

(ぞうの国の広報 佐々木麻衣さん)
「当初『あすには電力が復旧』という情報を耳にして『なんとかなる』と楽観視していましたが、停電が4日目に突入しても具体的な復旧の見込みがありませんでした。このままでは動物たちの命が危ないと慌てました」

批判を覚悟で呼びかけ

「発電機が壊れそうです。助けてください!」

佐々木さんは、自分のスマホから園のフェイスブックとインスタグラムに「助けて下さい」と投稿しました。しかしこの投稿、実は迷いながらの決断でした。

実際に投稿したメッセージ

(佐々木さん)「日頃ニュースなどを見て、SNSは誤解されたり批判されたりする恐れがあることを知っていました。私たちの投稿も『そもそも危機管理がなってない』『自分たちでなんとかしろ』と批判されるのではないかと不安でした。それでも最終的には、動物の命がなくなる前に行動しなければ、と覚悟を決めました。発電機さえ確保できれば、水さえ確保できれば、いくら批判されてもいいと思いました」

投稿はすぐに拡散され、約900人がシェア。「大丈夫ですか?」「できるだけ拡散します」という多数のコメントが寄せられ、ツイッターにも広がりました。

そしてSOSの発信からわずか3時間後には、1台目の発電機が到着。

翌朝までに建設会社やほかの動物園などから15台の発電機を借りることができました。遠く離れた新潟から車で届けてくれた人もいました。

おかげでゾウはたっぷりと水を飲み、浴びることができました。心配していた園への批判はほとんどありませんでした。

(佐々木さん)「リピーターの方だけでなく、一度も当園に来たことがない方たちも手をさしのべてくれて、SNSの力は私の想像を大きく上回っていました。危機を経験したことで、皆さんの温かい言葉や、動物を守りたいという思いを受け止めることができ、命を預かる責任の重さを再認識しました」

想像力がないと絶対に失敗する

SNSとどう向き合うべきなのか、その考え方を1時間で学べる人気の講習会があります。IT大手、グリーが「正しく怖がるインターネット」と題して学校や企業などで開いているもので、その数は年間約300回に上ります。

講師を務める小木曽健さんは「インターネットで失敗する人をゼロにしたい」という思いから、真剣な表情で語りかけます。

(小木曽健さん)
「“いいね”も“リツイート”も自分の情報発信です。後で誰がどう思うのかなっていうのをあらかじめ想像するんです。ネットに必要なのは想像力です。これがないと絶対に失敗します」

その“いいね”や“リツイート”、ちょっとだけ考えてからにしませんか?

最新記事

  • 今、高齢者の体の急速な衰えが問題になっています。家にこもりがちになることで起きる「コロナフレイル」です。コロナ禍がいつおさまるのか見通せないなか、どうやって防いでいけばいいのでしょうか。

  • いま、新型コロナウイルスの影響で、子どもたちの「学び」が危機に。 親の収入が減ったことで、進学に悩んだり学ぶことをあきらたりする子どもが増えているのです。

  • 新型コロナウイルスの感染拡大で、大きく変わってしまった私たちの生活は、子どもたちの学びの機会にも影響を及ぼしています。 この1年、学校が休校になって学びの機会を失ってしまったり、親の収入が減ったために進学することを悩んだりする子どもも増えています。

  • あれから10年。いま、震災の記憶や教訓を伝え続ける難しさに直面しています。 いずれ起きるかもしれない災害にどう備え、命を守るために何ができるのか。 みずから考え、行動するための"スイッチ"を紹介します。