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「隠語」庶民の粋な対抗策

木の葉が色づき、実りの季節を迎える秋。もうひとつ秋といえば、食欲の秋!今回は、先人の知恵を感じる食に関する問題です。

問題に挑戦!

問題

鎌倉時代から江戸時代のあいだに、人びとは、動物の肉に別名をつけて食べるようになりました。なぜでしょうか。

【いのしし…ぼたん 鹿…もみじ 馬…さくら】

(麻布中学校 2021年 改題)

例えば、いのししは『ぼたん』。鹿は『もみじ』。馬は『さくら』と呼ばれることもありますよね。

正解は「仏教で肉食が禁じられていたため、植物名をつけることで流通させやすくしたから」です。

つまり、「ぼたん」や「もみじ」や「さくら」は、わかる人にだけ通じる「隠語」だったんですね。

では、なぜ、こうした「隠語」が生まれたのか。
そこには、庶民の知恵やしたたかさが隠されていました。

肉の「隠語」が生まれた理由

中世から現代の日本文化に詳しい、江戸川大学名誉教授の斗鬼正一さんに聞きました。
隠語は、肉食を禁じていた仏教や、時の為政者に対する対抗策として、庶民が生んだものだと言います。

斗鬼さん
「日本人は『肉を食べてはいけない』と上から言われていた。特に江戸時代は封建社会だから、規制が非常に厳しい。でも、そこからすり抜ける方法を必ず考えるんですね、庶民は」

こちらは、江戸時代の終わりごろの絵。
確かに、真ん中には肉鍋が描かれていますね。

斗鬼さん
「あまり世間体はよくないんだけど、肉を食べるようになった。その時に『薬食いだ』と。つまり『薬の効果があるんだ』という“へ理屈”で食べた。だけど、やはり『本当にこれ、いのししです』と言うと具合が悪い。そこで、別の名前をつけた。そして世間の目をはばかったわけです」

隠語の由来は? さまざまな説あり

ここからは、入試問題にあった「ぼたん」、「もみじ」、そして「さくら」という隠語の由来です。

まずは、いのししの肉・「ぼたん」から。

いのしし肉
斗鬼さん
「これは、切って並べると見た目がぼたんに似ているという説。もうひとつが、ぼたんというと『唐獅子牡丹(からじしぼたん)』。獅子とぼたん、これは実は、中国でも日本でも、びょうぶ絵などで取り合わせて描かれた。獅子は、もともとはライオンのことですが、日本にはいないので、いのししに変わってしまったんですけれど。いい組み合わせということで、『いのしし=ぼたん』、という説があります」

鹿の肉・「もみじ」の由来はどうでしょうか?

斗鬼さん
「ひとつは百人一首。この中に『奥山に紅葉ふみ分けなく鹿の聲(こえ)きく時ぞ秋は悲しき』という有名な歌があります。これで『鹿といえばもみじ』というわけ。さらにそれが、絵に描かれます。特に庶民にも有名なのが、花札。10点の札が『もみじに鹿』。庶民にとっては昔から身近な遊びですから、『鹿といえばもみじ』が、ますます定着しました」

そして、馬の肉・「さくら」。
「煮込むとさくら色になるから」というほかにも、こんな説があるそうです。

斗鬼さん
「元禄時代から有名な民謡に『山家鳥虫歌』という歌があるんです。その中に『咲いた桜になぜ駒繋ぐ駒が勇めば花が散る』という歌詞があります。満開の桜に、気の利かない馬子が馬をつないでしまう。すると、馬が暴れて、桜が散ってしまう。なんと風流を解さない、という歌ですが、この歌で『馬といえばさくら』とついた、という説もあります。とても日本人らしいですね」

「いか」から「たこ」に“進化”した隠語も

たとえ禁止されていても、「名前が違うから」と理屈をこねて、楽しむ。
庶民のしたたかさは、食べ物以外にも現れていました。

斗鬼さん
「特に有名なのが『たこ』。空に揚げる『たこ』です。中国発祥で、平安時代には日本に伝わってきた。ただし、そのころは、鳥の形をしていた。それが、室町時代になると『足』がついた。そうすると、どうも『いか』の形に似てきた。それで『いかのぼり』と言うようになったんです。江戸時代は、大人たちも大いに楽しんだんですね。熱狂したんです。ところが、いろいろな問題が起きてしまったんです」

熱中するあまり、「いかのぼり」での事故が多発。
なんと、大名行列に落ちてしまったこともあったそうです。
江戸幕府は1646年、「いかのぼり禁止令」を出したそうですが…

斗鬼さん
「庶民はみんな、遊びたい。隠れてやるんですよ。でも、捕まるとまずいですね。どうしたか?これは『いか』ではない、『たこ』だ、と言いだす人がいたんです。それでだんだん、もともと『いか』だったものが『たこ』になってきた。まさに『上に政策あれば下に対策あり』。ただ単にことばを変えただけじゃないかと言うけれど、庶民の知恵。しかもその背景には、短歌、仏教、民謡など日本のずっと古くからつながっている文化が使われて隠語を作ってきた。これが、とてもおもしろい。日本人の工夫だと思いますね」

なぜ、肉が禁止されていない現代でも、「ぼたん」や「さくら」などの隠語が、使われているのか。

斗鬼さんによりますと、単純な別名ではなく、日本の伝統文化と結びついているからこそで、そこには、今の人が聞いてもみやびだな、しゃれているなと感じる「ひねり」があるんですね。

隠語も、深みがあればこそ時代をこえて生き残るんでしょうね。

「週刊まるわかりニュース」(土曜日午前9時放送)の「ミガケ、好奇心!」では、毎週、入学試験で出された時事問題などを題材にニュースを掘り下げます。
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ミガケちゃん
なるほど