この記事へのコメント

その日、職場に向かっていた私はエスカレーターの前で、人の流れがとぎれるのを待っていました。すると、

「大丈夫ですか?」

とランドセルの女の子が声をかけてくれたんです。
今もそのときのことが忘れられません。

体験を話してくれたのは、会社員の白岩さん。脊髄腫瘍の手術の後遺症で、胸から下にマヒがあります。

特に右足のマヒが重いため、エスカレーターではいつも右側の手すりにつかまって乗りたいと考えています。

歩行には杖を使う白岩さん。下は過去に白岩さんに取材した記事です

でも午前8時ごろの通勤時間帯には、いつもエスカレーターの右側は先を急ぐ人たちが歩いていきます。

その日も白岩さんはエスカレーターの手前で、人の流れが落ち着くのを待っていました。

「大丈夫ですか?」

突然声をかけてきたのは、ランドセルを背負った女の子でした。
白岩さんは、自分は
体にマヒがあるので右側の手すりにつかまりたいという事情を説明して、今は人がたくさんいるから、人の流れが途切れるのを待ってるんだよ」と話しました。

白岩さんが、空いてきたタイミングを見計らってエスカレーターの右側の手すりにつかまり、ゆっくり段差に足を乗せて、ふと後ろを振り返ると…

2つほど段を下がったところで、先ほどのランドセルの女の子が、同じ右側のレーンに乗っていたのです。

白岩さん 
「正直驚きました。見知らぬ人に対して、大丈夫?ってひとことをかけるのも勇気がいると思うのに。優しい子だなって。短い時間だったと思いますが、後ろから守ってもらっている安心感とうれしさで、いま思い出しても胸が熱くなるものがあります

「止まって乗りたい人がいる」が教材に

エスカレーターには、いろいろな人が乗っています。

リハビリや外出をサポートしてきた「東京都理学療法士協会」では、去年から教員や障害のある当事者たちでチームを作って、エスカレーターについての議論を重ねてきました。

そして小学校の特別授業などで活用できる、子ども向けの教材を作りました。

関東地方ではエスカレーターの右側を歩くことが習慣となっていますが、白岩さんのように障害を理由に止まって乗りたい人がいることを、子どもたちにも考えてもらいたい。

大事にしたのは、子どもたちの想像力や共感力を育くむことです。

単にエスカレーターに止まったほうがよいという答えを示すのではなく、どうしたら特徴の違う他者同士が気持ちよく社会の中で暮らせる

エスカレーターを歩きたいと考える人の気持ちを一方的に排除するのではなく互いが納得できる考え方や着地点を、子どものうちから考えるプロセスを大切にしようと話し合ってきました。

マンガ教材には、さまざまな"気づき"が描かれています

子どもたちが興味を持ちやすいように、メインの教材には漫画を用いました。さまざまな利用者がいるエスカレーターで、小学生たちが見たことをもとに考えを深めていくストーリーです。

チームは、特設サイトも作りました(NHKのサイトを離れます)。

エスカレーターマナーアップマンガ 特設サイトから

メインとなる漫画の教材はもちろん、教員が授業で取り上げるときの助けになるように指導用教材も作って、誰でもダウンロードできるようにしています。

ほかにもエスカレーターに止まって乗りたい人たちはふだんどんな気持ちで乗っているのか、どんなときに怖いと感じるのか、ということについてのインタビュー動画も紹介しています(NHKのサイトを離れます)。

次は声をかけてみよう…の言葉に

白岩さんも教材づくりに協力しました。
これから学ぶ子どもたちの想像力や感性に、大きな期待を寄せているからです。
というのも、冒頭で紹介した女の子のような体験は一度ではなく、こどもの持つ想像力には驚かされてきたのだといいます。

例えば雨上がりのある日、リハビリにいくため会社から駅に向かっていたとき。
ぬいだレインコートを杖にかけて、バランスを保とうといつも以上にゆっくりと歩いていたところ、小学生の女の子が「荷物持ちます!」と声をかけてくれました。

白岩さん
何で声をかけてくれたの?

白岩さんが聞いたところ、女の子はいろいろ話してくれました。

以前、学校の総合学習で困っている人がいたら声をかけてみようと習ったこと。
以前、杖をついている人に声をかけようと思ったけどかけられなかった、だから次は声をかけてみようと思った、ということ。

白岩さん
「どんな授業だったのかはわからないですけど、その子なりに授業からメッセージを受け取ってくれたんだろうなって想像するとうれしくて。いろんな場面で、いろんな人がいることを想像して行動してくれたら、助かる人はたくさんいると思う」

心のバリア なくすために

白岩さんのリハビリに寄り添ってきた、東京都理学療法士協会の齋藤弘さんも、2015年から「エスカレーターに止まって乗りたい」という声を届ける活動をしてきました。

白岩さんのように、エスカレーターで困ってきた人たちが少なくないことを知ったからです。

子どもたちにも伝えたいと今回、仲間の理学療法士や教員らのチームに参加して教材を作りました。教材をひとつのきっかけにしていきたいと、教材にメッセージを寄せています。

東京都理学療法士協会 齋藤弘さん
「心の中にある、目に見えないバリアをなくすためには、▽自分とは違ういろいろな事情を持った人たちと協力して仲良く暮らしていく力、▽誰かの困っていることや、つらさを想像してよりそう力、▽みんなが気持ちよく暮らせるようにいろいろな意見をまとめて実行していく力など、心のバリアフリーに必要な力を私たちが身につけていく必要があります。
それには大人も子どもも関係ありません。今日、マンガを読んで感じたことを、ぜひ家族やお友達と話してみてください。その小さな行動が、社会全体を変える力になることを覚えていてくださいね。私たちはこの活動を一緒に取り組んでくれるお友達を探しています」

エスカレーターの乗り方についての議論を通して、いろいろな立場への理解を深めていく。

みなさんのご意見、引き続きお待ちしています。

2人の子どもを育児中です。外出先のエスカレーターでは、子どもと手をつないで並んで乗れるよう試行錯誤してます。2008年に入局して首都圏放送センターを経験した後、いまはネットワーク報道部で勤務しています。

みなさんの声

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