一瞬を切り取り続けて 妹が描いたアニメーション

小さいころからアニメが大好きでした。

通学路の駅のホームで待っているとき。お店の行列に並んでいるとき。すきまの時間を見つけては、絵を描く練習を重ねてきました。

人一倍の努力を重ね、アニメーターになった妹。妹のアニメを見た人の心に何かが残り続けてほしいと姉は考えています。
(京都放送局 記者 海老塚恵)

2019年7月18日、京都市伏見区にある京都アニメーションのスタジオが放火され、社員36人が亡くなり、32人が重軽傷を負いました。事件から4年。殺人や放火などの罪で起訴された被告の裁判員裁判はことし9月から始まる見通しです。

重要なシーンを任せたい

鈴木沙奈さん(事件当時30歳)は、幼いころからアニメを見たり物語を読んだりするのが大好きだったといいます。

2011年に京都アニメーションに入社。アニメの元になる1コマ1コマの絵である「原画」を任され、▽人気アニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」や▽高校の水泳部を舞台にしたテレビアニメ「Free!」、▽耳が聞こえない少女と、少女をいじめていた少年の心のふれあいを描いた映画「聲の形」(こえのかたち)など、数々の人気作品を担当してきました。

アニメ監督から求められるレベルのさらに一段上の原画を描き、その仕事ぶりは社内で一目置かれていたといいます。3歳年上の姉は、沙奈さんの描写力は、努力してこだわりを突きつめる姿勢のたまものだと話します。

沙奈さんの姉
「京都アニメーションの社員の方と沙奈のことを話したとき、『任せた仕事が思いもよらない形になって返ってきて、最後にはそれが一番ふに落ちた形になるので、重要なシーンは沙奈さんに頼んでいました』と聞きました。仕事に真摯(しんし)に打ち込む人で、机に向かい描いている時の背中は、もう絵しか見えていないという様子でした。誰かの期待に応えたいというより、自分がその期待を超えたい、という欲求もあったと思います。他の人がいいと言っても、自分が納得する形でなくてはいけないと考えていたのかもしれません」

一瞬を切り取り続けて

アニメ好きの少女だった沙奈さんが、アニメーターになりたいと本格的に勉強を始めたのは大学生のころでした。好きなアニメが多かったことから京都アニメーションを目指しました。描写力を磨くため、デッサンの練習は欠かさなかったといいます。

デッサン用のノートをどこにでも持ち歩き、電車を待つホームでも、お店で列に並んでいるときにも、目に入るあらゆるものを題材にしました。走り寄ってくる女性の髪の動き、物思いにふける人の顔の傾き。街なかの一瞬の動きが切り取られ、ページいっぱいに描かれたノートが大量に残されています。

入社後は、一瞬の動きだけではなく、キャラクターの思いやそのシーンのメッセージをそしゃくし、絵の構成や動きに練り込むことにこだわっていたといいます。

その思いを読み解くヒントが、メモ帳に残されていました。

「国語力が必要な仕事」「伝えたいことはなにか」「セリフがなくても作画の表情だけで伝わる」

シーンの意味を問い、見る人に何を感じとってもらうのか、決して妥協せずに常に追求し続け、表現の幅を広げていきました。

こみ上げた「ありがとうの気持ち」

沙奈さんの姉は、そうして生み出されたキャラクターに、いま励まされているといいます。

テレビアニメ「ツルネ」。弓道を志すものの、大会での失敗をきっかけにスランプに陥ってしまった高校生の主人公が、友だちの支えで失敗への恐怖を克服する方法を探し、仲間とともに大会で優勝を目指す物語です。

物語の中で、壁にぶつかり自信を失ってしまった友だちを、自分が恩返しをする番だと主人公が支えるシーンがあります。沙奈さんの姉は、このシーンを沙奈さんが担当していたと聞きました。

沙奈さんの姉
「顔のうつむき加減や揺れる瞳の動き、表情のこまやかさは、沙奈でなければ描けないと思いました」

「今度は俺が待つから」。待っていてくれた友だちに主人公がかけた言葉です。それを聞き、友だちはまた立ち上がる決心をします。沙奈さんの姉はこのシーンを自分に重ね合わせています。

沙奈さんの姉
「私はこれまで事件のことや、家族の死に気持ちが追いつかず、前に進めずにいましたが、そんな自分を沙奈がずっと待ってくれていたとすごく思ったんです。ありがとうという気持ちが、このシーンを見てこみ上げてきました」

妹のこだわり 伝わってほしい

幼いころの沙奈さん

幼いころからの夢だったアニメーターとして活躍していた沙奈さん。その一瞬に心の機微まで表現しようと努力を続けてきました。沙奈さんの姉は、そのこだわりが、これからも作品を通じてより多くの人に伝わってほしいと願っています。

沙奈さんの姉
「沙奈は、自分の手から生み出されるシーンが見た人の心を動かし、記憶に残るものであってほしいと強く願っていました。いいものをつくりたい、爪痕を残したいと話していたその思いは、確かに会社に受け継がれているだろうと思います。そして沙奈が願ったように、作品を見た人の心にも何かが残れば幸せだなと思います」