お別れできなかった息子へ 母の手紙
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「あなたは突然いなくなった 私の前から消えてしまった」
「顔を見て、触れて、最後のお別れができなかった それが寂しい、悔しい」
この手紙を書いたのは、武本千惠子さん。
京都アニメーション放火事件で、アニメーターだった息子の康弘さん(当時47歳)を亡くしました。
最期の面会もかなわず、突然の死を受け入れられないまま1年半ほどがたったころ、康弘さんに宛てて手紙を書きました。
気持ちを整理して自分の心を納得させるためだったといいます。
手紙につづった思いは、事件から3年となる今も変わりません。
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康弘さんの母親 武本千惠子さん
「頭ではもう亡くなったって分かっているんだけど、顔を見ていないから、お別れができていないと思って。それが悲しいんだけど。これが本当にあの子なのかなっていうのがずっとあって、気持ちに区切りをつけたくて、これを書いて泣いたんだけど。やっぱりこれを見ると、何年たっても気持ちは一緒です。康弘くんを忘れないために、その気持ちをそのままずっと持っておきたいと思って」
生き生きと仕事をしていた息子の姿
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小さいころから絵を描くのが大好きだったという康弘さん。
アニメに携わりたいという思いから、念願の京都アニメーションに入社しました。
30代の若さで監督に抜擢されると、「らき☆すた」や「氷菓」といった人気作品の監督も務め、アニメ制作の中心を担っていました。
手がけた作品は、優しさとユーモアにあふれ、ファンに愛されています。
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千惠子さんと保夫さんの夫婦は、会社や同僚から、職場で撮った康弘さんの写真や仕事中の様子が写るDVDなどを、遺品として贈られました。
それまで知らなかった、職場で生き生きと仕事をする息子の姿を知ることができました。
事件のあと、両親のもとを訪れた人のなかには、「武本監督がいたから京アニに入社した」と話す職場の後輩もいたといいます。
千惠子さんは、手紙の中で、仕事に打ち込む康弘さんへの思いもつづりました。
「これから仕事もバリバリできたでしょうに」
「もういないんだ、もういないんだと言い聞かせる」
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武本千惠子さん
「そんなに尊敬されていたんだって思って。画面と声と、コンマ何秒の世界だなと。いいかげんにせりふを言っているんじゃないんだと思って。まさか子どもを先に送るなんて。親にとっては一番むごいこと」
武本保夫さん
「仕事の内容までよく分からなかったからね。こういうビデオを見て初めてね。声優さんのこの画面に合わせて口の感情の入れ方とかね。もっとアニメは簡単なものかと思っていたけど、なかなかこうしてみると大変なんだなと思いました。代われるものなら代わってあげたい。3年たったからと言って、月日が癒やしてくれるってことはない。かえって康弘くんを前以上に思うようになりましたね。生きていてくれたらと」
息子の思い出 孫娘と今も語れずに
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千惠子さんと保夫さんには3年たってもなお、思い悩んでいることがあるといいます。
小学生の娘の父親でもあった康弘さん。
忙しい仕事のなか、妻と娘との家族の時間も大切にしていました。
独身時代は、「休みなんてない」と言っていましたが、娘が生まれてからは、祇園祭や遊園地などあちこちへ連れて行きました。
毎年の誕生日には、大きな色紙に「誕生日おめでとう」と書いて、自分の絵を描いたり。
子ぼんのうな父親の姿を見せていたといいます。
娘をかわいがり、成長を見守っていた康弘さんは、家族のアルバムを作り、両親によく写真を送ってくれました。
娘は、今も、毎朝、仏壇へのあいさつを欠かさず、部屋には、康弘さんの写真をたくさん飾っているといいます。
しかし、千惠子さんと保夫さんは、その孫娘に、康弘さんの思い出をどう話したらいいのか、今も分からずにいます。
武本千惠子さん
「怖くて言えない。あの子(孫娘)がどういう反応するかわかんないし、こっちもどう言ったらいいのか分からないから」
武本保夫さん
「(孫娘は)亡くなったことは理解しているから、やっぱりさみしい思いをしているだろうけどね。でも口には出さないからね。その分余計かわいそうだなと思う」
問い続ける両親 現実は変わらない
息子たちとの日々がなぜ、突然奪われてしまったのか。
被告の裁判がいまだに始まらないなかで、両親は問い続けています。
武本千惠子さん
「どう判決が出ようと息子は帰ってこないけれど、無罪にだけはなってほしくないと思う。どれだけ自分がひどいことしたかということを自覚して、罪を償ってほしい」
武本保夫さん
「いまだに裁判にかかっていないから、被告がどういう気持ちなのかなと、それをちょっと知りたい。でも、たとえ死刑になったからって、有罪になったからって、現実は変わらない。康弘くんは帰ってこない。この事件では20代などの若い人たちもたくさん亡くなった。京アニに、すぐれたアニメーターがいたということは知ってもらいたいね」