“小物”から登場人物の性格を表現 ~高橋博行さん~

事件後に京アニが完成させた初めての新作映画「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」。この映画で作品に登場する小物の設定を担当したのが、アニメーターの高橋博行さんです。楽器やメカなどの複雑な構造を細やかに描く技術で、長年にわたって京アニ作品の世界観を支えてきました。こだわり抜かれた緻密な作画はどのように生み出されたのでしょうか。
(科学文化部 記者 加川直央 大阪局 ディレクター 田中雄一)

“京アニクオリティー”に欠かせない存在

小物設定はアニメのキャラクターが使う道具や乗り物などを描く仕事です。高橋さんは人気作「けいおん!」や「響け!ユーフォニアム」の楽器の作画などを担当して、その才能を一気に開花させ、ファンの間では“京アニクオリティー”に欠かせない存在として知られるようになりました。

昭和46年に神戸市で生まれた高橋さん。父親の喬造さんによると、子どものころはプラモデルやレーシングカーなどの乗り物が好きだったといいます。

そんな高橋さんが高校時代、家族には内緒で練習を続けていたのが絵を描く技術です。高橋さんの机の引き出しに残された歴史の授業のノートやスケッチブックには、武将の挿絵や近所の風景画などが描かれていました。卒業を前にした高校3年生の夏休みのあと、喬造さんに初めてアニメーションの専門学校に進学したいと伝えてきたといいます。

父 高橋喬造さん

父・喬造さん
「子どものころからテレビアニメをよく見ていて、1つやり出すとそれに1直線で一生懸命にやるタイプの子でした。ただアニメを描く特別な才能を持っているわけでもなかったので、本人なりにものすごく努力していたのではないかと思います」

車体への映り込みまで正確に表現

元同僚 上宇都辰夫さん

専門学校を卒業した後、京都アニメーションに入社しましたが、当時の会社は一部の制作行程を請け負う業務が中心だったこともあり、高橋さんの才能がすぐに開花することはありませんでした。下積みを続ける中で、高橋さんが描く練習をしていたのが子どもの頃から好きだったレーシングカー。元同僚のアニメーターの上宇都辰夫さんは、仕事の空き時間に熱心に描き続ける姿を見ていました。F1の車体に映り込む光やスポンサーのロゴの書体まで正確に再現していて、絵の完成度に驚いたといいます。
メカや乗り物などを描くため、陰で続けた努力は、京アニがオリジナル作品を手がけるようになって実を結んでいきました。

これは高橋さんが手がけたテレビシリーズの「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」に登場するバイクの絵です。エンジンの内部の構造まで、細かい線で描かれていることがわかります。
さらにアニメーションでは、バイクをどう動かすかまで作り込むことが求められます。高橋さんはこのバイクを描くためにさまざまな資料を参照し、エンジンのかけ方から煙の排気量まで、さまざまな指示を書き込んでいました。

こちらは「響け!ユーフォニアム」のキャラクターが持っている管楽器。光の反射や、使い込まれた表面の凹みまで立体的に再現しました。
公式ファンブックで高橋さんは「形状が分からないパーツが出てくると、それが理解できるまで随分と苦しんだ記憶があります。夢にも出てきたぐらいです」と振り返っています。

作品のキャラクターが持っているハンカチでは、どんな動物の刺しゅうを入れるかまで入念に考えて、監督と議論を重ねました。上宇都さんは高橋さんが小物を通じて、登場人物1人1人の性格まで丁寧に表現しようとしていたと話します。

上宇都辰夫さん
「(楽器の凹みやハンカチの刺繍など)ディテールをあえて描くことによって、存在感を出す。アニメーションの語源には“命を与える”という意味がありますが、小物ひとつひとつにリアリティを持たせることによって話に深みを出すことができた。彼の存在はすごく大きかったと思います」

映画の中に残る“息子が生きた証”

父 高橋喬造さん

この1年、父親の喬造さんは息子の携わった作品を探し、生きた証をたどる日々を送ってきました。
喬造さんがあの日から1日も欠かすことなく続けていることがあります。息子のことを思いながら、鶴を折り続けることです。

父・喬造さん
「生きているうちに仕事の話をもっと聞いてやればよかった。私の命がある限り、鶴は毎日折り続けると思います。博行をしのんで思い出してやろうと思ってね。博行に対する勤めみたいなものです」

事件後に京アニが初めて完成させた新作映画「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」。高橋さんをはじめ亡くなった多くのアニメーターが制作に携わっていました。9月18日の公開翌日。小物設定として関わった息子の痕跡を見つけたいと、父親の喬造さんは地元の映画館に向かいました。

鞄の中には折ったばかりの折り鶴と京アニに入社したころに4人で撮影した家族写真が入っていました。上映中はこの写真を胸の前に抱えて、家族4人で映画を鑑賞したといいます。

父・喬造さん
「物語に人を思う気持ちや愛があふれていて、胸がいっぱいになりました。あんなに素晴らしい映画を作れる仲間と一緒に28年間ずっと仕事をしてきたということが本人は1番幸せだったんじゃないかと感じています。才能のある人たちに刺激を受けて、本人もコツコツと努力をしてきた。自分の息子でよかったなと思います」

喬造さんの心には作品のエンドロールがいまもしっかりと刻まれています。

小物設定 高橋博行