ファンが伝える “聖地の魅力”

作品の舞台となった場所を実際に訪れる「聖地巡礼」。そのブームの先駆けの一つになったのは、京都アニメーションの人気アニメ『らき☆すた』でした。いま、ファンの中には聖地巡礼を通して、その地域の持つ文化や歴史などの魅力に気づき、今度は自らが発信者となって地域をPRする人も現れています。京都アニメーションの作品が生み出した、ファンと地域の新たな絆を取材しました。
(竹野耕生 ディレクター)

聖地巡礼 きっかけは“背景の美しさ”

アニメのファンで、全国各地を聖地巡礼してきた京都市在住の千葉郁太郎さん。ブログを開設し、聖地を写真つきで紹介しています。千葉さんが聖地巡礼の虜となったきっかけは、京都アニメーションの作品『AIR』でした。

千葉郁太郎さん
「背景がとてもきれいで、ワンカット見るだけでもこの場所を実際に見てみたいという気持ちが高まりました。キャラクターが生活している場所に行ってみたくなるんです。そして実際に行ってみると、漁村や砂浜、海岸線が見える岬からの景色がすごくきれいで。聖地巡礼にのめり込んでいくきっかけの一つになりました。」

『響け!ユーフォニアム』オフィシャルファンブック

聖地の写真を撮るようになって、千葉さんが気づかされたことがあります。同じ場所で、同じような時間帯に撮影しても、決して作品で描かれている「風景」にはならないということです。千葉さんが『響け!ユーフォニアム』の舞台、宇治市を訪れたときのこと。作品で描かれていた夜景を撮影しようと、山の展望台に登りました。しかし、様々な撮影技術を駆使しても、思うようには表現できませんでした。

千葉郁太郎さん
「同じカットを再現しようと三脚やタイマー機能を駆使して撮りました。それから色温度なども修正したんですけど、なかなかこういうきれいな風景にならないんですよね。作品では、キャラクターが街の風景を見て“宝石みたい”って言うんですけど、本当にそれを感じさせるような美しい絵だと思います。」

千葉さん撮影

舞台となった地域に惹かれ…

主人公が駆け抜けた宇治橋や、座って楽器の練習をした宇治川沿いのベンチ。千葉さんは作品に出てくるカットを写真に収めようと、様々な場所をまわりました。繰り返し宇治を訪ねるうち、作品への思いとは別に、自然と宇治という地域に対する愛着が湧いてくるようになったと言います。宇治の持つ歴史の奥深さにも気づきました。

千葉郁太郎さん
「ここからが大吉山に登るところなんです。作品の中で少しだけ描かれている岩、実際にあるんです。何かというと、『源氏物語 宇治十帖』の古跡なんです。」

源氏物語ゆかりの石碑

作品にも登場する石碑は、『源氏物語』にゆかりがあるものでした。それから千葉さんは、宇治の歴史について調べ始めました。

千葉郁太郎さん
「作品に縁のある場所でもところどころおもしろい石碑とかが出てくるんです。カットに映っていた場所にはこういういわれがあるんですっていう、土地自体の楽しみが増えていきました。最初の頃は本当に、作品に出てきたところだけをまわり、誰よりも早くカットと同じ写真を上げるのが目的でした。それが、宇治という土地そのものに興味を持ってきて、好きになってきました。」

これからは自分が伝えていく

千葉さんが制作した同人誌

この4年間、祭りや伝統行事が行われるときを中心に、千葉さんが宇治を訪れた回数は100回を超えました。そして去年、千葉さんはアニメファン向けに、宇治の歴史・文化を紹介する同人誌を作りました。アニメに描かれたものだけではない、地域の魅力に関心を持ってもらいたいと考えたからです。千葉さんは、『響け!ユーフォニアム』の聖地と、『源氏物語』の聖地をそれぞれ特集で紹介。宇治という一つの舞台で繰り広げられた古典とアニメ、2つの物語を橋渡ししたいという思いを込めました。

千葉郁太郎さん
「『源氏物語 宇治十帖』という巨大コンテンツが宇治にあって奥深いし、“『宇治十帖』にゆかりのあるものが『響け!ユーフォニアム』の舞台と同じようなところにあるんだよ”と。アニメの舞台になった街の文化とか郷土史とかを、そういったものを知らないファンに伝えることができたらなと思っています。」

ファンとして立ち止まらない

好評を博した同人誌。千葉さんは2冊目の制作に取りかかり、宇治周辺の吹奏楽団の活動や宇治茶などを取材し、編集を進めていました。しかし、完成間近だった7月18日。京都アニメーションのスタジオが放火される事件が起きたのです。大きなショックを受けた千葉さん。一度は制作を自粛することも考えましたが、事件によってファンとしての活動を止めるべきではないと思い直しました。同人誌では事件には触れませんでしたが、ツイッターで広がったハッシュタグ「#PrayForKyoani」を巻頭に記して哀悼の意を表しました。

千葉郁太郎さん
「京都アニメーションさんには、悲惨な事件はあったけれどもなんとかがんばって会社を再建してもらいたいと思ったので、まずはこの本を完成させて京都アニメーションさんに対する尊敬の気持ちを表そうと。もしかしたら京都アニメーションさんの関係者が私の本を、ファン活動を見て何か勇気づけられるものがあるかもしれないと。だから自粛するのが一番よくないのかなと思ったんですね。今までやってきた通り、ファン活動を続けようと、同人誌は作り続けようと。」

千葉さんは今も宇治に通い続けています。これから作る予定の3冊目では、作品でも登場する宇治の祭りを特集したいと考えています。こうした活動を通して、宇治はもう一つの故郷になったと言います。これからも宇治の奥深さを自らも楽しみつつ、多くの人に魅力を伝えていくつもりです。

千葉郁太郎さん
「最初の頃は作品のカット通りに写真を撮るのが楽しいとか、背景がすごいきれいだなぁとか、それだけだったんですけど、今は『響け!ユーフォニアム』の題材である吹奏楽と舞台である宇治にまつわるいろんな文化とか伝承とかも楽しんでいます。そういう宇治を知るきっかけを与えてくれたっていう意味ではすごく感謝しています。」