見るときだけは 事件を忘れて

事件が起きたあの日から、私たちが京都アニメーションの作品を見る目は少し変わってしまったのかもしれません。「アニメを見るときだけは、事件のことを忘れて、作品自体のメッセージをちゃんと受け取りたい」ーそう語る1人のファンの言葉に、はっとさせられました。再建に向けて歩みを進める京都アニメーションに、どう向き合うべきか。そのヒントをもらったような気がします。
(加川直央 記者)

アニメ見本市で追悼

「京まふ」の愛称で親しまれている「京都国際マンガ・アニメフェア」は、西日本最大規模のマンガ・アニメの見本市です。出展ブースを巡って新作の情報を集めたり、お気に入りのキャラクターのグッズを探したり、声優や制作スタッフのトークショーを楽しんだり。毎年、全国から4万人以上のファンが訪れ、会場はにぎわいを見せます。

8回目となることしは、厳粛な雰囲気で幕を開けました。オープニングセレモニーの冒頭、京都アニメーションの事件の犠牲者を悼んで黙とうがささげられました。

「痛ましい事件があったが、私たちは負けずに頑張っていきたい」。そう語るアニメ会社の社長のあいさつに、業界全体で事件を乗り越えようとする強い意志を感じました。

“負けるな京アニ!”

会場の一角に設けられたのは、京アニへの応援メッセージを投稿するコーナーです。「京アニが大好きです」「負けるな京アニ!」「また作品が見られる日を待っています」「力になりたい」。励ましの声が書かれた500を超えるふせんが壁を埋め尽くしました。

寄せ書き用のノートにも、多くの応援メッセージが並びました。思いを込めたイラストも少なくありません。

小学生のとき京アニのファンになった大学生の男性は、特に好きな作品だという「響け!ユーフォニアム」のキャラクターのイラストを寄せました。涙を流しながらも、口元に笑みを浮かべてまっすぐ前を見つめる、決意に満ちた表情が印象的です。男性は、「これから前を向いていかないといけないので、しっかり見開いた目で先を見て、それでも事件の悲しさで涙を流しているという絵を描きました」と、声を詰まらせながら話してくれました。

事件のあと初めて公開された京アニの新作映画、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝」の主人公のイラストを寄せたのは、京アニ作品に心を揺さぶられてアニメーターを志すようになったという女子大学生です。彼女は、作品を見るとき心に決めていることがあると教えてくれました。「事件があったから悲しい気持ちになったとか、感動したとかじゃなくて、アニメを見るときだけは事件のことを忘れて、作品自体のメッセージをちゃんと受け取りたい」。その言葉に、はっとさせられました。

ファンだからこそ できること

私は取材を通じて、事件を伝えるニュースで初めて京アニの存在を知り、作品を見てファンになったという人たちにも出会いました。

ただ、事件はあくまできっかけにすぎず、もともと京アニの作品が持っていた魅力が、多くの人に伝わった結果だと考えています。もし、事件によって制作者たちが作品に込めた思いやメッセージが純粋な形で伝わらないとしたら、それは京アニの制作者たちにとっても、作品にとっても、最も不幸なことではないでしょうか。私は記者として、この事件が風化しないように、今後も取材を続けていきたいと思っています。でも、「作品を見るときだけは、事件を忘れて」。1人のファンの言葉が、これから京アニとどう向き合っていくべきなのかを、教えてくれたような気がします。