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5万円あれば… 夢をあきらめさせない

もし5万円があれば。あなたの生活は変わりますか?
ある高校生にとって、それは人生すら変えるチャンスを与えてくれるものでした。
大げさな表現ではありません。
彼女はそのお金を「大事にとっておきたい」と話してくれました。大切な夢に挑む、その日まで。
(ネットワーク報道部記者 大窪奈緒子 映像センターカメラマン 宮田峻伍)

真剣なまなざし

取材のきっかけは、コロナ禍で働きながら子育てをしているひとり親世帯への影響を調べていたことでした。

あるNPOが収入の少ない家庭の高校生たちの進学を支援しようと学習会を開いていると聞き、都内の会場を訪ねました。

会場ではボランティアのスタッフが子どもたち一人一人に勉強を教えていて、和やかな雰囲気の中にもピリリとした緊張感がありました。

それもそのはず。真剣なまなざしで机に向かっている3人の高校生などは、全員、受験を来年に控えています。机の上をのぞくと、隙間なくびっしりと文字が埋まったノートに、何度もめくった跡のある参考書が。

「近代史は学校でどこまで進んだ?」
「苦手と話していたこの分野は振り返りできた?」

コロナで学校の勉強が遅れた分も取り返そうと必死です。学習会を主催するNPO法人キッズドアによると、参加しているのは、いずれも経済的な事情で学習塾や予備校などに通うのが難しい高校生や浪人生。

指導する学習スタッフは多くがボランティアで、大学生や退職した研究者、元教師など多彩なメンバーが学びの場を支えています。

将来の夢は…

穏やかな笑顔が印象的なAさんは、都内の高校に通う17歳の高校3年生。私たちが話しかけると、ときおりことばを探しながら、目をまっすぐ見て真摯(しんし)に質問に答えてくれました。

父親は飲食関係の仕事で、新型コロナの影響で仕事が減ってしまいました。母親の仕事もシフト勤務の回数が減ってしまい、家計が苦しくなっていると心配の種が尽きないそうです。

お金の面だけではありません。子どもの数が多いため、学校の休校が続いたことで、母親の家事や育児の負担が増しているのです。

彼女は、こう話してくれました。

Aさん
「母親がなんとかやりくりしてくれて、1日1食とか、そんなことはなく生活できていてありがたいです。けど、母親ももともと体も強くない中、料理もたくさん作らなきゃで収入も減って大変そうで、見ていて“大丈夫かな?”と不安な気持ちになりました」

休校で自粛生活が続いたときには家庭の雰囲気が少しギスギスしていると感じたこともありましたが、NPOの学習会は、少し家族から離れて勉強に集中できる場でもありました。

彼女が勉強を頑張るのは、実現したいことがあるからです。大学に進学して心理学を学び、資格を取って児童相談所で働くという夢。

きっかけは、小学生のころ、仲のよかった友達がつらそうにしている姿を目にしていたことです。その友人は、小学生なのに家事や兄弟の世話などを一手に担っていました。

Aさん
「いちばん夢を見られる時期なのに、そういう環境に陥ってしまう、身を置くことになってしまった姿を見て。じゃあ、自分が将来大人になったら、そういう子たちに少しでも寄り添える大人になりたいと思った。子どもの違和感を見逃さない人になりたい」

“できるだけ自分で”でも…

Aさんは、自宅から通える大学を志望しています。進学できたら、奨学金を受けながらアルバイトで交通費や授業料をまかなおうと思っています。

ただ、私立大学の受験料は1回数万円で、何校も受けることはできません。私たちは、Aさんのお母さんにも話を聞かせてもらいました。

Aさんの母親
「できるだけ夢を応援したいと思って準備していますが、受験料や入学金などは大きなお金が必要で、兄弟が多いこともあり『何も心配いらないよ』と声をかけてあげられないのが申し訳ない」

コロナの影響は高校生たちを

「このままでは大学進学を希望する高校生たちが、進学を諦めてしまう事態になりかねない」

そう話すのは、私たちが取材した学習会で現場責任者を務めていた西田航さん(25)です。自身が大学生の時からボランティアを始め、このNPOに就職。多くの高校生の学習指導や進路相談にあたってきました。

西田さんによると、学習会に通う子どもたちの保護者は、多くが新型コロナの感染拡大で収入が減る、雇用が不安定になるなどの影響を受け、生活が困窮してきています。

特に、ひとり親世帯は、その影響が深刻です。そんな保護者の姿を見て、子どもたちは、敏感に自分の家庭の経済状況を感じ取っているといいます。

西田航さん

西田航さん
「子どもたちって、家庭の状況にすごく敏感です。なんとなく、『厳しいんだろうな』というのはみんな自覚はしている。そういう時に大学受験のために必要な参考書や模試を受けるために『お金を出してほしい』と伝えるのが私たちが思っている以上にハードルが高かったりするのです」

これまで学習会に参加してきた子どもたちの多くは、アルバイトで教材や修学旅行の積立金、部活動の費用、小遣いなどを稼ぎ、さらに進学費用も貯金していました。

ところが、新型コロナはアルバイトにも影響を与えています。ことし3月、キッズドアが、学習会に通う高校生やホームページにアクセスしてきた全国の高校生や高専の学生74人を対象にアンケート形式で生活の様子を尋ねたところ、およそ4割にあたる29人が何らかのアルバイトをしていると回答。そのうち、半数近い14人が「アルバイトのシフトが減ったのでバイト代が減る」と答えました。さらに、29人のうち4人は「アルバイトをやめた(クビになった)のでバイト代が無くなる」と回答していました。

西田さん
「今まで頑張ってきた多くの高校生が、大学進学という夢を諦める瀬戸際にいます」

クラウドで寄付を

NPOでは先月、受験勉強を支えるための奨学金を支給しようと、ネット上で広く寄付を募るクラウドファンディングを始めました。全国の高校3年生300人に1人5万円、2年生200人に1人3万円の奨学金の支給を目指しています。

学習会で話を聞かせてくれたAさんに、「もし、5万円を奨学金として支給されたらどう使いたい?」と尋ねました。彼女はすぐに、「取っておきたい」と答えました。

Aさん
「なるべく取っておきたい。受験料が高いので…。受験料が高くて、何万円もします。たくさん受ける子だと7校とか8校とか大学を受けるらしいのですが、そんな余裕はないので。そこで使えたらいいなと思います。1校でも多く受けるチャンスにつなげられたらうれしいです」
「両親には、お金関係であまり迷惑をかけたくないというのが大きいです。娘の自分が言うのもすごく生意気ですが、金銭的に余裕がないので、私が1校でも受験を減らせばそのぶんの余ったお金が生活費にまわるので、できれば受験料の負担を少なく、なんとかしたい」

せめて“機会”は平等に

学習会を主催する西田さんは、学ぶ機会は平等であってほしいと考えています。

西田さん
「子どもは自分からなかなか言い出せなかったりどうせダメだろうと思って、志望校を1校削ったり、模試受けなかったり、地方に受験に行くのを諦めてしまうことがあります。5万円があれば、そういったハードルをクリアできるのではないか」
「受験の世界はシビアなので、受けられる学校が1校あるとないとでは結果が違う。6校受けている子が7校受けても大きくは変わらないのですが、2校しか受けられない子が3校受けられるのは大きな違いになります。大きくなった時に、5万円を恩返しできるような社会に、恩返しできる人になってほしい」

私たちが取材を始めたのは、NPOが支給を目指す5万円、何かとお金のかかる今の世の中で、その額にどんな意味があるのかを探ることがスタートでした。

取材を終えた今、感じているのは、その5万円が子どもたち一人一人の夢の実現につながる可能性を秘めているということです。

新型コロナという不測の事態が起きたとしても、彼女に、そしてほかの子どもたちに夢を諦めさせるような社会ではいけない。そう強く感じました。

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