1. トップ
  2. 笑顔でも…“ママやめたい人が7割”の衝撃

笑顔でも…“ママやめたい人が7割”の衝撃

「ママをやめたい」と心の中で叫んでいる母親がいる。

何も珍しいことではない。あるネット上の調査では7割に達したという。幸せそのものにしか見えなくても心の中でそう思っている人がいるということだ。

「何を身勝手な」と感じる人もいるかもしれない。もちろん本当にやめたいわけではなく、そこまで追い詰められているということなのだと思う。

今、母親たちの身に何が起きているのか。その一端を知ってもらいたいと取材した。
(ネットワーク報道部記者 有吉桃子)

「ママをやめてもいいですか!?」

取材のきっかけになったのは※今月29日から公開予定のドキュメンタリー映画「ママをやめてもいいですか!?」だ。

インパクトのあるタイトルだが映画の制作陣がインターネットを通じて400人を対象に行ったアンケートでは、実に77%が「ママをやめてもいいですか!?」と思ったことがあると回答した。

私自身は「そうだよね、そんな気持ちになることもあるよね」と共感するような気持ちにもなったが、男性上司(45)はこの話にかなりの衝撃を受けたようだ。

(※29日からの劇場公開は予定どおり。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、動画配信サイトでも同日から公開予定)

映画の試写会に行くと、子育て中の「あるある」が満載だった。

赤ちゃんの夜泣きで何度も夜中に起こされる母親。
赤ちゃんが泣いても起きない夫。

ろくに眠れないまま朝を迎えた母親は子どもを着替えさせたり、ごはんを食べさせたり、子どもにごはんや飲み物をこぼされて拭いたり。少し目を離すと子どもがトイレに手を突っ込んでいたり‥。

一日中慌ただしく過ごし、そしてまた夜が来る。こんな状況を出演者の1人はワンオペのコンビニエンスストアに例えた。

「お客さんがわーっと来ます。『お弁当温めてください』『これしかないんですか』『箸が入っていません』。補充もしないといけないし、レジも打たないといけない。ちょっと遅かったら、お客さんにすごいクレーム言われて。何で誰も手伝ってくれないの。子どもと一緒にいても孤独なんです」

出演者の多くはこうしたワンオペ育児で孤独を感じ、産後うつなどを経験した母親たちだ。

「いいママになりたい」のに「ママをやめたい」なんで?

そのうちの1人「お母さんになるのが夢だった」というサトミさん(仮名)を取材した。

サトミさんは夫のケイさん(仮名)とともに2人の子どもを育てている。

夫は家事や育児に協力的。待ちに待った赤ちゃんは無事に産まれてきてくれた。それでも赤ちゃんとの生活は想像以上に過酷なものだった。

サトミさん
「つらかったのは夜も昼も眠れない、休めないことでした。泣いていたら具合が悪いのかなと思ってしまうし、つらくなってくるので、泣かせないように必死に途切れることない赤ちゃんからの要求に応えようとして、そうすると自分のごはんは作れないし食べられない。トイレも行けない、お化粧もなかなかできない。よく寝ていても息してるかな、暑すぎないかな、寒くないかな、かぜ気味じゃないかなって心配になるし、赤ちゃんが寝ている間じゃないとごはんも食べられないし、家事もできない。家の中だけの私と子どもの世界で、ドアの外の世界はすごく遠く感じて、体も心もつらくなりました」

頑張れば、頑張るほど…

そんな状況の中でも子どもの成長や赤ちゃんのかわいさを味わいながら、サトミさんは育児に必死に向き合った。

「もっといいママになりたい」「子どもに元気でいてほしい」「旦那さんに安心して仕事に行ってほしい」と思っていた。

しかし、そう思えば思うほど、頑張れば頑張るほど、サトミさんの心と体は疲れていった。

サトミさん
「体が動かなかったり、感じたことがないぐらいの強いイライラが押さえられなくて、物を投げる、壊す、子どものおもちゃや絵本も投げちゃったり、それでもどうしていいか分からないぐらいの怒りがありました。子どもを理不尽に怒ってしまったこともあります。記憶力もなくなって、予定を立てられないし、どこかに行く時にも忘れ物を絶対にする。お買い物に行っても買い忘れをしたりしていました」

そして人づきあいもしづらくなって、さらに孤独を深めていったという。

サトミさん
「子育て支援センターにママどうしで待ち合わせてお弁当を持って行くとき、体力がなくて行けない。買い物に行って材料をそろえ、時間までに弁当を作るということができない。ようやく行ってもみんなが帰るような時間になっている。自分の準備とお弁当はできても子どもを着替えさせる余力がなく、子どもをパジャマのまま連れて行く。何か私ほかのママみたいにできないなって」

急に息苦しさを覚えて倒れそうに

子育て中は多かれ少なかれほかのママが立派に見えるものだが、サトミさんの状況は一般的なそれとは異なっていたようだ。赤ちゃんの世話や家事、それに出産前になんの苦労もなくできていたことすべてが思うようにできない。人一倍真面目なサトミさんは自分のせいだと責めてしまっていた。それがストレスとなり、子どもと一緒にいるときなどに、急に息苦しさを覚え、倒れそうになる“発作”をたびたび起こすようになっていった。

夫の仕事が忙しくなった12月。サトミさんの心身の疲労がピークに達した。

夜中に心臓が苦しくなり、サトミさんは夫に助けを求めた。

サトミさん
「呼吸も苦しいし胸も苦しいし、下の階にいる旦那さんに助けを求めたいけどなかなか動けずに、ちょっとずつ動いて助けを求めて救急車を呼んでもらうところまでいきました」

病院では過労と心理的なものからくる“不安発作”などと言われた。

夫も精いっぱいだった

ここまで聞くとパートナーである父親はいったいどうしていたんだろうと疑問に思うが、夫のケイさんも家事や育児に一生懸命だったのだ。

サトミさんがイライラしていることや心身の変調には気付いていたが、どうすることもできない自分に焦りを感じていたという。

ケイさん
「こんなに家事や育児をやっているのに、と思ったことも正直、ありました。でも、家族のためにやっていることなのでその気持ちを彼女に言うのは違うと思って自分の中で処理していました。今思うと家事や育児を『やらなきゃやらなきゃ』といっぱいいっぱいになっていて、隣にいる大事な人を置いてきぼりにしていたと感じています」

一方のサトミさんはこう振り返る。

サトミさん
「私が家事や育児をちゃんとできていないからだという罪悪感や悲しい気持ちでいっぱいでした。一方でお皿を洗ってくれてもお鍋の焦げが残っていて洗い直さなきゃいけなかったり、洋服のたたみ方一つ取ってもこうやったら喜ぶかなとか取りやすいかなとか考えているのをみて分かってくれていると思ったら何も伝わってなくて自分の好きなようにやっていたりして、イライラして不満だらけでした」

2人を癒やしたのは

お互いが一生懸命に真面目に家事や育児に取り組んでいるのに生じてしまうすれ違い。ほかの家庭にもありそうだ。

2人がお互いへの理解を深めていったのは映画に出演したことがきっかけだった。

撮影でインタビューを受けているうちにサトミさんは夫など周りの人にうまく頼れずに我慢していることがつらかったのだということに、ケイさんはサトミさんを楽にしてあげようと家事や育児に一生懸命になりすぎて、サトミさんが何を求めているのかしっかり聞く時間を作っていなかったことに気付いた。

サトミさん
「夫も子どもも私に我慢しろって言っていたわけではないんですけど、ついつい自分のことが二の次になっていました。仕事をしたいと思っても本当に自分がいちばんやりたいことではなくてお母さんとして、奥さんとしてできる範囲から選ぼうとしていて、とてもストレスでした。それが吹き出した時に夫も『今までごめんね』と言ってくれて、私と同じだけの責任を背負ってくれるようになったのがすごくうれしかったんです」

ケイさん
「僕は彼女のお手伝いじゃないし2人でちゃんとやっているというのが足りなかったと思います。まさか自分の妻が心身ともに疲弊している状態にはなっていないだろう、日がたてば解決するだろうと思っていました。今だったら仕事を休んだっていいって心の底から思えるんですけど、当時は休んだら迷惑がかかるし収益にもかかわるとかいろいろ考えちゃっていました。2人で話すためにちゃんと休みを取って、子どもをこう預けてというプランを立てれば彼女も安心できたと思っています」

「夫婦が同じだけの責任を」

「僕は彼女のお手伝いじゃないし、2人でちゃんとやる」「夫婦が同じだけの責任を負う」ということばは、ほかの家庭の円満な運営にも欠かせないキーワードだと感じる。

困難を乗り越えた今の2人は本当の意味で協力し、理解し合っていてとてもすてきな夫婦だ。

2人は今子育てに悩んでいる夫婦にママが息抜きをできる時間を作ること、あるべきママ像パパ像から自由になってその人らしくいること、パートナーとゆっくり何回も話すことをアドバイスしてくれた。

ママをやめたい母親はほかにも

「ママをやめたい」という母親たちの気持ちは何も映画の中だけの話ではない。

子育て情報サイトを運営する「コズレ」がおととしウェブ上で200人を対象に行ったアンケートでも、「ママをやめたいと思うことがある」という回答が72%に上った。

その多くは睡眠や休息が取れなかったり、夫などの協力が得られず1人で子育てをしていたりする時に「やめたい」と感じるという答えだった。

「イクメン」期待するほどサポート得られず

このアンケート結果を記事にまとめた「コズレ」編集部の山内彩子さんに話を聞いた。

山内さん
「仕事をし、子育ても家事もしなければならないなど、昔に比べるとママ1人で何でもやらないといけない状況がある。一方で『イクメン』ということばの認知度が上がってパートナーの育児参加への期待が高まっているのに期待するほどサポートが受けられていないママが多いのが実態だ。SNSや子育て情報サイトの普及でみんなつらい気持ちを抱えたことがあると知り、自分もつらい気持ちを表現していいと思えるようになったことで、結果としてママをやめたい母親の存在が目に見えてきたのではないか」

日本の子育てをなんとかしたい

映画の監督の豪田トモさんは、こんな日本の子育てをなんとかしたいとこの映画を作った。

映画は全体を通じて明るくポップな作りだが、孤独な育児などの結果、産後うつで自殺を選んだ母親の遺族や、母親が失踪したり自殺したりした経験を抱え、時に苦しみながら育児に向き合う女性たちも登場する。

ママ取り巻く状況は社会全体に影響

幼い頃の豪田監督と母親

こうした人たちを取り上げたのは、豪田さん自身が親から愛情をもらえていないと感じ、ふさぎ込んだり生きづらさを長く感じ続けた経験があるからだ。

豪田さんはママたちを取り巻く状況が変わらなければ子どもたちが幸せに育たず、社会全体に影響が出ると警鐘を鳴らす。

豪田監督
「ママの現状をなんとかしないと子どもにあまりよくない影響があるんじゃないんだろうか。孤独な育児が子どもを追い詰めることもあるかもしれないし、大人になってからも苦しむかもしれない。本当にやめるかどうかは別の問題として『ママをやめたい』と思うこと自体には何の罪もないわけで問題なのはそこまで追い詰めている、サポートや理解が足りないパートナーや家族、国や自治体など社会全体なのではないでしょうか」

そして、自身の子育てについてこうも語ってくれた。

私も母親として、そして仕事をする女性として大きくうなずいてしまった。

子育ては2人でやってちょうどいい
豪田監督
「僕自身も娘を1人、妻と育てていますが、1つの命を20年育てるというのは壮大なストーリーで、母親1人で背負うのは正しいことではない。2人でやってちょうどいいぐらいです。映画を作っていても、子育てほど学び、気付き、刺激が多くて癒やしがあってクリエイティブな作業はないと感じます。ことばが通じない赤ちゃんの面倒をみる経験は相手にどう満足してもらうかという感性を養ってくれるので、お客さんや同僚が自分に何を求めているのか分かるようになり、仕事力もアップして出世すると思いますよ!」

取材を終えて

子育ては大変だ。豪田さんは「壮大なストーリー」と表現した。

3人を育てた私の実母も「子育てほど重要な仕事はない」と言っていた。もちろんほかにも重要な仕事はいくらでもあるが「子どもに何かあったら」「もし子育てに失敗したら」と、多くの母親は子どもを体に宿してから大人になっても、その人生への“製造者責任”を一身に負っていると感じてしまうのだ。

昔の母親は弱音を吐かずに1人で頑張っていたのかもしれない。
でもその我慢の結果、大事な命が失われたり、心に傷を負ったりする子どもたちが増えてしまったら?「ママをやめてもいいですか!?」と時に悩みながら子育てに奮闘するママやパパ、それにほかの多く人と一緒に、何より子どもたちのために、よりよい子育て環境を作っていかなければと思う。

トップページに戻る