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“独り”にさせないで それは産後うつかも

「つらいさみしい」
「母性本能がないのかも」

ネット上には、きょうも子育てを担う母親たちの悲鳴があふれています。1人じゃないのに“独り”だと感じてしまう。子どもに愛情を感じられない時がある。それはもしかしたら、産後うつの症状かもしれません。でもそれは、決して珍しいことではありません。

取材を進めると、誰もがなりうる、そして支えがあれば乗り越えられるものだとわかってきました。
“独り”にさせないで。そして、“独り”にならないでーー。

(ネットワーク報道部 ディレクター 野口沙織 記者 大窪奈緒子)

あふれる悲鳴

「産後うつ なりかけてるかもしれん。母性本能がないのかもしれん。深夜授乳が苦痛でしかない。つらい」

「産後うつの手前でしたが…仕事が残業続きで深夜に帰宅した時、泣き止まない赤ちゃんをだっこしながら、妻も泣いている日があった」

「『里帰りしないの?!』と驚かれるが、私の両親は共働きで昼間不在。女性の社会進出と定年延長…実家に頼れない妊婦は増加する。なので、夫の育休は不可欠。産後うつになりやすい1か月間だけでもいい」

今、ネット上には、育児のつらさや産後うつになる怖さを訴える声があふれています。共通しているのは、体調や環境の急激な変化への戸惑い、そして、24時間、子どもを見守らなければならない責任の重さです。

友人に伝えた「死にたい」

横浜市で8か月の子どもを育てる30代のAさんは、出産後すぐ“産後うつ”と診断されました。現在も定期的に病院に通っていて、薬がないと不安で眠れないこともあるといいます。

出産前は、大手化粧品メーカーの総合職として働いていました。忙しくも充実した日々だったといいます。結婚後ほどなくして妊娠。ところが実は、妊娠中から、うつの傾向が現れていました。

定期検査で訪れた病院で、早産の危険があるとして妊娠8か月で緊急入院。残した仕事への責任感と体調の変化に気持ちがついていかず、不安が増していったといいます。

「周りに迷惑をかけないように産休を迎えたかったのですが。これから産んで大変なのに、どうして今もこんなにつらい思いをしなきゃいけないのか。どうして自分だけ…と思っていました」(Aさん)

2か月後、無事に長男を出産しましたが、入院と出産で体が疲れ切っている中、夜泣きもひどく、眠れない日々が続きました。

「子どもは容赦なく泣き続けますし、1時間2時間おきに泣くので、当時は全くかわいく思えなくて。(夫に)『この子いらないからどこかに預けよう』と言ったことさえあります」

さらに彼女を追い詰めたのが「母乳が出ない」ことでした。

「母親イコール母乳が出るものと思い込んでいたので、自分は母親にそぐわないのかもしれない。もう、子どもと一緒にいることは無理なのかもしれない、もう無理だって…」

慣れない育児に戸惑い、心身ともに追い詰められていきました。子育てへの自信を、すべて失っていたといいます。この当時、仲のいい友人にこんな思いを伝えていました。

「死にたい」ーー。
その後は、心療内科への通院と家族のサポートのおかげで、徐々に体調が安定してきたといいます。

一方で、母親の中には、産後うつの症状が重くなり自殺をはかってしまう人もいます。去年、国立成育医療研究センターは、2年間で92人の母親が自殺していたというデータを公表しました。

専門家は、この多くに産後うつなどが関係しているとみています。

産後うつ その要因は?

精神科医 竹内崇さん

どのような場合に、産後うつを発症しやすくなるのでしょうか。病院の外来で産後うつの患者を数多く診ている、精神科医の竹内崇さんに聞きました。まず、発症しやすい母親の特徴として“完全主義”をあげます。

「完全主義だと『思うようにできていない。自分は、なんてだめな母親なんだ』と、“できていない自分”をより強く意識してしまう。それが大きなストレスになり、うつにつながる」(竹内医師)

そのほか、産後うつになる要因として、一般的に、

・きちょうめんで真面目・何らかの心的ストレスがあり、精神科の通院歴がある
・周囲のサポートが受けられない
・生活上のストレスがある
・意図しない妊娠である
・パートナーとの結び付きが弱い、などがあげられるとしています。

うつの症状が重くなると、その後の生活にも大きな影響が出ます。重症化させないためには、周囲の人たちが注意深く母親を見守る必要があるといいます。

「重症化してくると、病気という状態がよくない状態だという認識すらもできなくなってくる。早い段階できちんと医療につなげることが重要だ」(竹内医師)

産後うつは特別じゃない

産後うつは、決して特別なものではなく、誰もがなりうるものだといいます。

東邦大学看護学部長 福島富士子さん

国の子育て支援のガイドライン作りなどにも関わった東邦大学看護学部長の福島富士子さんにその理由を聞きました。

平成29年度に厚生労働省が全国16の市で出産後の健診を受けた女性を対象に行ったメンタルヘルスの調査では、産後2週未満の時期に、「体のトラブルがあった」「疲れが出た」「十分な睡眠がとれない」といった項目に該当すると答えた女性は、それぞれ全体の半数を超えていたということで、この時期は産後うつになりやすい状況にあると言えるそうです。

また、35歳以上で初産の女性は産後うつになる傾向が高いと言われていますが、近年、35歳以上で第1子を授かる人は増加する傾向にあるということです。

福島さんは「母親たちを支えるためにも、まずは、誰もが産後うつになりうるということを、母親自身も周囲もしっかり知っておくことが大切です」と話していました。

“独り”じゃない 夫婦で乗り越えたうつ

取材を進めると、産後うつになったものの、乗り越えることができた女性に話を聞くことができました。

4人の子どもがいる吉田紫磨子さんです。1人目の子を出産して半年たったとき、紫磨子さんは産後うつになりました。当時を振り返ると。

「体がしんどいし寝不足だから、不機嫌オーラをバンバン出して。殺伐とした空気を作り出していました」

夫の良雄さんは。

「なんでこんなに不機嫌なんだろうと。僕は仕事を頑張っていて、それなりに楽しくやっているのに。子どもはかわいいんだし、もっと幸せに感じてよ。というぐらいな気持ち」

良雄さんは、子どもが産まれたことで、これまで以上に仕事に力を入れていたため、深夜まで残業する日が続いていました。

一方、紫磨子さんは、仕事を辞めて育児に追われる毎日。夫婦はすれ違っていました。限界に達したある日。紫磨子さんは、思い切って夫に育児の大変さを伝えました。

「察してほしい」という思いを捨てて、「これだけ大変な思いをしている」ということを、ことばで伝えたのです。

紫磨子さんの不安や悩みをことばで受け止めた良雄さんは、積極的に家事をするようになりました。
さらに、仕事は極力、定時で切り上げて、もく浴や寝かしつけを進んでやるようになりました。

家事育児を分担することで、良雄さんは、思いどおりにならない育児の大変さを痛感するようになりました。そのころから、紫磨子さんには気持ちにゆとりが生まれ、育児を楽しめるようになったと言います。

「家事育児はもちろん助かるんですけど、それよりも、早く帰って来てくれることが何より。一緒にいると『今ちょっとこれできないから、こっちやっておくね』とか言い合えるのが、私にとっては1番うれしかった」(紫磨子さん)

さらに、地域のファミリーサポートなどに子どもを預けて、月に1度は夫婦水入らずの2人の時間を作ってリフレッシュすることに。そうすることでお互いのストレスを発散でき、さらに夫婦間のコミュニケーションも密に取れるようになりました。

良雄さんは「『家族の幸せって何なのか』ということを見つめ直しました。実は今まで、自分の幸せしか考えていなかったんじゃないかということに気付いて。今まで以上に、妻のことを、子どもたちのことを考えるようになったことが、僕にとって、いちばん変わったところです。そうなれてよかったなと思います」と話していました。

知ってほしい 産後うつを乗り越えた経験

吉田さん夫婦は、産後うつを乗り越えた経験を多くの人たちに知ってもらうための活動を行っています。ある日、東京で行われた親子教室。産前産後の夫婦に、出産を通じて起きる女性の心の変化や対処法を伝えました。「妊娠出産にまつわることすべて女性が1人で抱え込みがちですが、育児は本当に、1人でできるものではないので。夫婦2人で足並みをそろえていってほしいなと思います」(紫磨子さん)

まずは相談を

妊娠期から子どもが小学校に上がるまで、子育てを地域社会で支えていくための仕組み作りも各地で始まっています。
例えば、地区の保健センターに行けば、助産師や保健師に子育ての相談をすることができます。
そして子育てサークルや教室を紹介してもらえば、地域の子育て家族とつながることができます。

同じような相談は、母子手帳をもらった場所や「子育て世代包括支援センター」でも可能です。もし近くに相談できる人がいないときは、日本助産師会のホームページ(www.midwife.or.jp)を通じて相談することもできます。

また、東邦大学の福島さんが勧めているのが「エコマップ」作りです。福島さんの言う「エコマップ」とは、自分が誰とつながっているか、誰にどんなヘルプを頼めるかを考え、相関図のようにまとめたものです。
介護の現場でも使われていて、マップの真ん中に自分たちを置き、その周囲に、助けを求められそうな人や施設などの名前と連絡先を書いていきます。

パートナーと一緒に話し合いながら書いてみることが、うつを防ぐための事前の対策として有効だということです。

見守り、支え合える社会に

取材を通じて、「産後うつ」は、誰もが陥る可能性があるということを、本人と周囲が理解することが大事だと感じました。妊娠している人がいたら、おせっかいにならない程度に、そっと見守り、支え合える社会になってほしい。そう強く感じました。

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