森林や草地などにいるマダニが媒介する感染症、SFTS=重症熱性血小板減少症候群。国内での死亡率は20%にのぼりますが、有効な治療法はありません。ことしは発症者の数が8月6日までに64人と、統計があるここ5年間で最も多くなるなど猛威をふるっています。さらに、ペットの犬や猫、動物園のチーターでも感染が確認されるなど、その影響は私たちの生活圏にまで広がりつつあるようです。SFTSウイルスを持ったマダニは、どこまでどのように広がっているのか、そして対策は。謎の多いSFTSウイルスとマダニの分布について最新の研究成果から迫ります。(ネットワーク報道部 高橋大地)
過去最高ペースの発症者数 致死率は20%
「体がしんどい。普通とは違う。ふわふわする感じ」
SFTS=「重症熱性血小板減少症候群」に感染した男性の声です。
すぐに入院しましたが38度の高熱が下がらず、食事も取れない衰弱した状態が続きました。緊急手術で一命は取りとめましたが、5週間で体重が10キロ落ちたと言います。
SFTSは、主に原因となるウイルスを持ったマダニにかまれることで感染します。数日から2週間ほどの潜伏期間のあと、発熱やせき、おう吐や下痢などの症状が現れ、重症の場合は、血液中の血小板が減少して出血が止まらなくなり死亡することもあります。有効な治療法はなく、国内で7月下旬までに亡くなったのは58人、死亡率は20%にのぼります。ことしの発症報告数は、8月6日までに64人と、この5年間で最も多くなっています。
マダニがペットの猫に
SFTSのウイルスを持ったマダニはもともと、山や森林、草地などにいます。しかし、最近、私たちの身近な生活圏にまで生息域を広げつつあることが懸念されています。
7月、野良猫に手をかまれた50代の女性がSFTSで死亡していたことが明らかになりました。野良猫はSFTSによく似た症状があり、ウイルスを持ったマダニにかまれていたと見られています。
もともと猫は、室内飼いが多いため、山にいるマダニとは接触する機会が少なく、かまれることはないと考えられてきました。
はたしてペットの猫にも危険なウイルスを持つマダニがつくのか。
NHKでは、全国の動物病院に情報提供を呼びかけました。
その結果、全国154の動物病院から回答があり、このうち111の病院は、猫にもマダニがつくことがあると回答。ペットの猫にマダニがつくことは、かなり頻繁に起きていました。
ダニに詳しい国立環境研究所の五箇公一さんは「山などに入る機会がないペットの猫にこれだけのマダニが付いているのは驚きだ。平野部など相当身近なところまでマダニが生息域を広げているのでは」と話しています。
なぜ山にいたマダニが市街地に?
森や山の中などに生息していたマダニがなぜ私たちの身近な所まで来ているのか。
その手がかりを探す取材の中で、研究者から驚くべき事実を知らされました。
「SFTSにかかったことのある野生動物の割合が半分近くにのぼる地域がある」。
その場所は、和歌山県中南部の田辺市を中心とした地域。何が起きているのか、現地に向かいました。中心市街地の近くには美しい海が目の前に広がる一方、車を10分ほど走らせると、うっそうとした森林や山々が続きます。
案内してくれたのは、長年にわたって地元で野生動物の調査をしてきた自然観察員の鈴木和男さんです。
取材に訪れた日も、住宅の裏や農地の脇などで3頭のアライグマがわなにかかっていました。
アライグマの耳の裏や首の周りには、吸血して大きくなったマダニがついているのがはっきりと確認できました。
この地域では、10年前まではSFTSにかかったことのあるアライグマは1頭もいませんでしたが、9年前に初めて確認されてから年々増加、3年前には20%を超え、去年はなんと半数近くにも増加しています。
さらに、これと時を同じくして人への感染も起きていました。
鈴木さんは「アライグマは森や川沿い、沼などをもともとのすみかとしているので、かなりの確率でマダニにかまれています。好奇心旺盛で、市街地や住宅の屋根裏などにも出没します。山などでマダニにかまれたアライグマが市街地にやってきて、人間の生活圏までマダニを運んでいる可能性があります」と話していました。
国立感染症研究所の森川茂獣医科学部長らが全国各地で調べたところ、このほかにも、シカやイノシシ、ハクビシン、猿、野ウサギなどに感染歴が確認されました。
このうち、シカは、アライグマと同じように、その感染歴が人間の感染者数との関係性が認められました。
全国的にみると、感染者が発生している自治体では、感染歴のあるシカは平均37%でしたが、人の感染者が出ていない自治体では、シカの感染歴は8%余りにとどまっていました。
森川部長は「多くの患者が発生している地域では、野生動物の感染率がとても高い、いわゆるホットスポットのようになっている場所もある。野生動物が人間の生活圏に入り込んで、SFTSウイルスをもつマダニを持ち込むことで、そこに新たな感染のサイクルが生まれると非常に危険だ」と話しています。
ウイルスはどこから?
平成25年に国内で初めて確認されたSFTSウイルス。世界では日本のほか中国と韓国で確認されています。日本のウイルスはもともと日本にいたのか。それともどこからかやってきたのか。ウイルスの遺伝子を調べることで、その謎の一端が見えてきます。
国立感染症研究所の研究グループが遺伝子の型を調べたところ、国内で確認されたほとんどのSFTSウイルスの遺伝子は、中国のものと異なって、独自の進化をしてきたと見られることがわかりました。
ところが、最近の調査で、中国型のウイルスも、数は少ないながら国内に存在していることがわかってきました。鹿児島県、島根県、和歌山県で見つかりました。
可能性があるのは、野鳥などがSFTSウイルスに感染したマダニを海を越えて運んでいるケースです。
山口大学共同獣医学部の前田健教授などの研究グループは、山科鳥類研究所と共同で渡り鳥などの野鳥について北海道、新潟県、鹿児島県で調査を進めています。すでに複数の種類のマダニが、アオジなどの渡り鳥についているのが確認されています。
前田教授は「ウイルスを持ったマダニが野鳥によって運ばれるということになれば、今後、まだ感染者が出ていない地域でも突然、患者が発生することは考えられる」と話しています。
治療法は?
国内で致死率が20%を超えるSFTSには、現時点では、有効な治療法はありません。
そうした中、期待されているのがワクチンの開発です。
国立感染症研究所などの研究グループは、現在、2種類の方法でワクチンの開発を進めています。
今後はマウスなどの動物を使い、免疫力が高まるか実験を行う予定で、動物での有効性が確認できれば、ヒトのワクチンの開発につなげたい考えです。
対策は?
では、いま私たちに出来ることは何でしょうか。
全国トップクラスだった感染者の数を一気に減少させることができた愛媛県の対策から学びます。
鍵は、地域と一体となった対策でした。保健所は、長ズボンの裾は長靴の中に入れる、首にはタオルを巻くなど、マダニから身を守る方法に関する講習会をのべ5000人に開催。流行地域の全ての病院の待合室にポスターを掲示。感染リスクの高い農家向けにはJAが啓発活動を行いました。さらに、高齢者には、ケアマネージャーが自宅を訪問する際に指導しました。
こうした活動の成果で、マダニにかまれたあと病院を受診する人が大幅に増えるなど、住民の意識は飛躍的に高まりました。
愛媛県立衛生環境研究所の四宮博人所長は「手を変え品を変え、1つの情報をいろいろなルートを通じて繰り返し送り、住民の意見もフィードバックしてとりいれて、さらに打ち返すという地道な活動をしていくことが大事だと思います」と話しています。
さらなる実態解明を
野生動物の人里への侵入ともに、私たちの身近な生活圏に入り込みつつある危険なウイルスを運ぶマダニ。さらなる実態解明と速やかな対策が求められています。
- ネットワーク報道部 記者
- 高橋大地