時系列でみる憲法改正の要否

憲法施行70年の今年、NHKは15年ぶりに面接方式で憲法に関する世論調査を実施しました。憲法改正については「必要がある」と答えた人が43%で「必要がない」の35%を上回りました。一方、これまでの調査をさかのぼって、長期的な推移を見てみると意外な傾向が浮かび上がってきました。
下の図はこれまでに同様の方法で調査した結果を時系列で示したグラフです。「憲法改正の必要がある」は、2000年代前半に増えて「必要がない」と倍以上の差がついていました。しかし、今回大きく減って2つの差が縮まっていました。
変化の背景には何があるのか。分野の異なる3人の専門家に話を聞きました。

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「戦争の“原体験”」と「現実的視点」 ~国際政治学者 五百旗頭真氏~

国際政治学者の五百旗頭真さん(熊本県立大学理事長)は、世論調査の結果を「戦争の“原体験”にもとづく平和主義」と「現状の対応で十分だという現実的な視点」という考え方で読み解くことができると指摘します。

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「意外な結果」の背景には「現実的な視点」も

Q 憲法改正が必要かどうかの調査結果を時系列で見ると、「必要」と「必要ない」の差が2002年に比べて今回大きく縮まっています。この変化をどう読み解きますか?

A 中国が尖閣諸島の領有権を主張し、北朝鮮が核とミサイルの開発を継続しているという意味で、脅威はよりリアルになっていると思います。そのため、「改正が必要」という意見が増えてもいいのではないかと思いましたが、逆の結果になったのは意外です。
理由の1つとして考えられるのが、危機がかなりリアルになってきた時には、対処しなければならないと考える人が増える一方、何とか平和・平穏を守りたい、平和の原点を忘れてはいけないという思いもまた強くなるという点です。近隣の脅威がリアルになってきただけに、戦争に巻き込まれたくない、争いを避けなくてはならないという考えが強くなったのではないでしょうか。
また、ほかの理由として考えられるのが、2015年に安全保障関連法が成立した点です。これにより日本は、自らの存立が脅かされる事態に限って集団的自衛権を行使できるようになりました。「ここまでやれば十分だろう」という認識が今回の調査結果に出ている可能性があると思います。
「憲法改正が必要」という意見が次第に増えていった1990年代当時、日本は世界の問題解決に貢献する意識が強かったと言えます。湾岸戦争が行われた1991年当時、日本はアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国でした。しかし、経済力は中国に抜かれ、今後人口も減少する。そうした中で世界の問題に身の丈を顧みず関与していくリソース(資源)はもうないのではないか、無理をすることなく身の丈相応やろうという気分になっているとも読み取れるのではないでしょうか。

Q 国際政治の変化は、今回の調査結果にどのような影響を与えていると思いますか?

A 国際的な環境の変化でいえば、そもそも去年(2016年)はアメリカとイギリスという世界秩序の中軸をなしてきた国が、トランプ大統領の選出やU離脱の決定によって揺れた激動の年でした。世界秩序を支えた「本体」がぐらぐらしている時に、日本が憲法を改正して世界で役割を果たす、つまり腕まくりをして飛び込んでいくべきかというと、それは聡明ではないという慎重な感覚が調査結果に出たように思います。日本の手に余る世界の紛争に関わるよりは、国内社会の安定を大事にしたほうが良いという心情があるとすればそれは理解できます。秩序構造を誰が担うのか見えにくくなってきている中だからこそ、今の平和憲法のもとで注意深く見ていったほうが良いということではないでしょうか。

見つめ直す戦争の“原体験”

Q 今回の調査では、日本が戦争に巻き込まれたり、侵略を受けたりする危険性について尋ねたところ、「非常に危険がある」「ある程度危険がある」という回答が合わせて87%に上りました。一方で、憲法9条が日本の平和と安全に役立っているか尋ねたところ、「非常に役に立っている」「ある程度役に立っている」という回答の合計は82%で、過去の調査と比べて多くなりました。これは、どのように分析しますか?

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A 私は、「日本だけが平和である」という状態は問題の半分しか解決していないと考えています。しかし、同時に、平和主義を大事にしたいという思いは日本の戦後の原点として非常
に大きいことも事実だと思っています。日本を取り巻く東アジアで脅威が高まっている時にこそ、平和の原点を忘れてはいけないという思いもまた強くなるというわけです。

Q それはなぜでしょうか?

A やはりそれだけ、第二次世界大戦であれほどの犠牲者を出して敗戦に終わったという経験は大きいということでしょう。日本は満州事変以降、戦争に次ぐ戦争を続けて、やがて世界を敵とする戦争となって敗れました。この時の教訓は、実際に戦争を体験した世代だけではなく、戦後生まれの世代にもいわば“原体験”として引き継がれているということではないでしょうか。できるだけ戦争を回避するという思想を持っていることは、聡明なことだと思います。
この“原体験”ゆえに、平和憲法というものが強い存続感や影響力を持ち続けている。87%もの人が危機を意識しながらも、なお82%の人が平和を求めるという結果は、このことを表しているとも考えられます。

Q ほかに気になるデータはありましたか?

A 「基本的な憲法観」について尋ねた質問の結果に注目しました。「平和主義を掲げた今の憲法を誇りに思う」という回答が82%に上った一方、憲法そのものは「時代の変化に応じて柔軟に変えるべきだ」との回答も73%でしたね。

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東西冷戦構造が崩壊した後は、米ロの両大国だけでなく、多くの国々が戦争を抑止するための努力をしなければならなくなりました。「私は戦争しません」と宣言するだけでは、平和を守ることは難しいという状況が生まれています。戦後の平和主義的な伝統に立ち、憲法9条が日本の安全に果たしてきた役割を評価する一方、実際的な対処というのは必要であり、「憲法自体」は柔軟に変えても良いと言っているのではないでしょうか。
憲法を作った時の思いだけで済むわけではない、冷戦後の変化に対応することは必要であり、時代の変化の中で実効的な対応を考えていかないといけないという考えが、結果に表れていると思います。

憲法とどう向き合うべきか

Q 憲法施行から70年がたち、国際情勢も大きく変化してきています。今後の憲法をめぐる議論についてどのように考えていますが?

A 私は、侵略戦争は決して行わない、自衛の手段はとる、国際的な平和・安全については聡明な考慮をもってできるだけ参画する、この3点については国民の幅広い合意が得られると思っています。この3つに沿って憲法を書き直すというのは、ある時期にやれば良いと思います。ただ、それをやることがいかに政治的コストが高いか、ということです。政治的に改憲を進めることが賢明かというとそうではなく、むしろ実用的な観点として、安全保障関連法が成立した環境のもとでやってみたら良いのではないかと考えています。
国際環境は千変万化です。激しく動いて起こってくる事態に対し、そのやり方が懸命なのか、とんでもない見落としをしていないか、実情に照らして大事なものは守り続ける、必要ならば改める、という考え方をするべきではないでしょうか。

「怖いから変えたくない」「新たな価値観の定着」 ~社会学者 小熊英二氏~

社会学者の小熊英二さん(慶應義塾大学教授)は、「怖いから変えたくない」と「新たな価値観の定着」という2つの考え方で読み解くことができると指摘します。

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怖いから変えたくない・・・増大する“リスク感”

Q 憲法改正が「必要」と「必要ない」の差が縮まっているのをどう見ますか?

A “リスク感”の増大という観点で説明できると思います。“リスク感”とは、安全保障などの具体的な脅威という意味ではなく「怖いから変えたくない」ともいえる感覚のことです。
2002年は「改革」が支持された時期でした。小泉政権の時代でもあり、民主党が「日本の姿を変える」と言って支持を得ていた時代でもあります。多くの人が「日本を変えることができる」「変えたほうがよくなる」と思い、そのことが「憲法も変えた方が日本はよくなるのではないか」という感覚につながっていたのではないでしょうか。
それを傍証するのが支持政党別の結果です。2002年は与党支持・野党支持・支持なしのいずれも6割前後が「憲法改正が必要」と答えています。

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Q 今回の調査で「改正必要」が半数を超えているのは与党支持層だけですね。この変化から何が考えられるのでしょうか?

2002年当時は今と違って与党的な立場の人だけでなく野党的な立場の人たちにも日本を変えたいという気持ちが強かった。それが憲法を変えるという展望にもつながっていたのでしょう。その意識はおそらく2009年の民主党による政権交代の頃がピークだったと思います。しかし現在は「変えてもよくなる見込みがない、だから憲法もこのままでいい」と考えている人が多いのではないかと分析できます。

若い世代に広がる「怖いから変えたくない」

Q 今回の調査では、特に若い世代で「改正必要」という人が減っています。
この結果はどう分析しますか?

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A “リスク感の増大”を若者の方がより強く意識しているのだと思います。“リスク感”が広がった背景にあるのは近代化です。働き方やライフスタイルが自由になった反面、雇用は不安定になり、決まった生き方は誰も教えてくれません。
20代から30代の若い世代で改憲が必要だという声が大きく減ったのは、現在の世界が雇用も不安定で未来も見えない、変えるともっとひどくなるのではないかということを若年層の方が強く感じているからでしょう。

新たな価値観の定着~脱“保守”“革新”~

Q 憲法改正に対する考え方など前回と比べて傾向が変化していることが今回の調査で明らかになりましたが、ほかに気になるデータはありましたか?

A 「さまざまな価値観」に関する結果に注目しました。過去の調査と比べると、夫婦が同じ名字を名乗ることを「必要」と考える人が20ポイント減り、いわゆる「同性婚」については半数以上の人が「認めるべき」だと答えています。ここから見えてくるのは、従来のいわゆる“改憲・護憲”もしくは“保守・革新”と呼ばれる考え方とはかなり異なる、新たな自由や人権の感覚が若い世代を中心に定着しているということです。

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従来の“護憲・改憲”、もしくは“保守・革新”と呼ばれている人たちは主に「日本は戦争をする国なのか、戦争しない国なのか」というナショナルアイデンティティをめぐって争ってきた側面がありました。そこには伝統的とされる家族の価値観を認めるかどうかという争いも含まれていたと思います。
ところが今回の結果で、憲法9条にさほど深い思い入れはないものの自分自身の自由やプライバシー、さらに人生を選択する権利、たとえば同性婚や夫婦別姓などを尊重するべきだという価値観を持つ層が増えてきていることがうかがえます。“リスク感”の増大が日本社会全体の感覚の変化だとすれば、この新たな価値観の定着は戦争を直接知る世代が少なくなったことによる世代間の変化を意味していると思います。これまで憲法論議を中心になって進めてきた“保守・革新”という考え方と社会全般の意識は相当ずれてきているのではないでしょうか。

施行70年 憲法とどう向き合う

Q 国会では憲法審査会が開かれ憲法の論議が進んでいます。2020年までに憲法改正を目指すという安倍総理大臣の発言もありました。憲法施行70年を迎えた今、私たちは憲法にどのように向き合えばいいのでしょうか?

まず政治には人々が何を期待しているかよく考えてほしいと思います。今回の調査結果から見えることは、現在の政権の支持率が高いのは、リスク感が増大し先が見えない不安の中で人々は政治に変化よりも安定を望んでいるということだと思います。現在の政権を支持しているということと、憲法改正が必要ないと考えることは矛盾するものではなく、
つまり、憲法を改正するような大きな変化を期待して今の政権を支持しているのではないのだと私は見ています。
また憲法に強い関心をもつ従来の保守や革新という人たちはごく一部の存在となり、福祉や雇用などの問題と違って憲法はかなり狭い層だけが関心を持つテーマになりつつあります。その状態を放置したままにすると、社会全体が望んでいることとはかなり違う要望が政治の世界にインプットされるおそれもあるでしょう。
私たちに必要なことは自分たちの基盤を築いている憲法というものが政治の世界でどのように議論されているのか普段から関心を払い、どこに向かおうとしているのかきちんと見ていくことだと思います。

「“現状維持”を重視する若者層」~ジャーナリスト 津田大介氏~

ジャーナリストの津田大介さんは「特に若い人が内向き、現状維持的になっている」と指摘します。

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若者層の“現状変化”への抵抗感

Q 憲法改正が「必要」と「必要ない」の差が縮まっているのをどう見ますか?


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A リスクをとりにくい社会になっていることが理由の1つに挙げられると思います。若い人たちが、保守的・内向きだったり現状維持的になったりする傾向があるのではないでしょうか。将来への不安から、変えたくないという意識が、調査結果に表れているのかもしれません。
若い人にとっては、いま何かを変えるということは将来の大きな変化につながる可能性があり、そのことによって自分たちの生活が何か大きく変わってしまうかもしれないという思いがあるのではないでしょうか。今の若い人の中には、上の世代が好き勝手やって成長の利益を享受し、その負担やツケは下の世代に回しているという受け止め方もあると思います。そうした中で、上の世代の勝手な思い込みで憲法も変えた結果、国の仕組みが変わり、結局、ワリを食うのは自分たちなのではないか、それは嫌だという考える人もいるように思います。
また、安全保障関連法が解釈改憲のような形で成立したことも影響を与えていると思います。若い人にとっては、何も憲法を変えるという大げさなことをしなくても、目の前に差し迫った危機に対処するには法律を変えていけばよい、別に憲法まで改正しなくてもできるよねと考えた人たちがいたことも、今回の結果に表れているのではないでしょうか。

ネットが憲法を考える“きっかけ”にも

Q 津田さんはインターネットを使ったソーシャルメディアに詳しいですが、新しいメディアが若年層の回答に影響を与えた可能性はあると思いますか?

A 2年前の戦後70年の際に、戦争を体験した人たちの証言を伝えるニュースが相当増え、改めて日本の戦後って何だろうと考える機会が多かったと思います。ネットでも広範囲に意見を言ったりとか記事が読めたりするようになったので、若い人にとっては初めてリアリティをもって「戦後」や「憲法」を考える、憲法改正ってどうなのだろうということを考えるきっかけになったのではないでしょうか。その点では、前提条件が徐々に変わってきていると思います。また、国会の議席も、衆参両院のいわゆる改憲勢力が3分の2を占めていますから、憲法改正の現実味が出てきていることもあります。
ただ、こうした変化はごく最近、ここ2~3年に起きたものです。選挙でも、投票日が近づくとどうしても経済対策ばかりに関心が集まり、改憲が強く打ち出されることはありませんでしたから、若い人が積極的に調べる段階までは至っていないと思います。

若者にとって憲法は遠い存在?

Q ほかに、津田さんが気になるデータはありましたか?

A 「基本的な憲法観」に関する結果に注目しました。「憲法が自分の生活と密接に関係しているか」について尋ねた質問で、積極的に「そう思う」と答えた人は、4人に1人しかいないですよね。

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多くの人にとって、憲法が自分たちの生活を守る基盤であるという意識は希薄なのだと思います。特に若い人にとっては、憲法に関心がないというよりも持てないというくらい、日々の生活に追われているというのが実情ではないでしょうか。
自分たちの未来はどうなるのだろうか、就職しても安定的に働いていけるだろうか、そういう将来の不安というのはすごく抱えている。トランプ大統領の誕生も、それによって世界の秩序や安全保障がどうなるのだろうということよりも、リーマンショックのようなことが起きて自分たちの就職がダメになったらどうしようということのほうが、現実的な課題になっていることがあると思います。それは彼らを責めても仕方がない、当たり前の感情だと思います。

国民に届く憲法論議を

Q 若い人たちが積極的に関わっていくためにも憲法の議論はどうあるべきでしょうか?

A 若い人だけでなく多くの一般国民にとって、これまでの憲法を巡る議論は一部の人たちが上のほうでドンパチやっているような印象があったと思います。ですから、メディアが憲法とはどういうものかということをもっと伝えていかないと、より国民から遠いものになっていくんじゃないかという危惧があります。
具体的な「憲法草案」が政党などから示されています。いろいろな改憲案についてメディアが論点整理をして、ここを変えるとこうなるとか、現行憲法の中でもちょっとここは不備だとか、日々のニュースを憲法と照らし合わせるなど、憲法を身近にしていく報道をしていく必要があると思います。
また、憲法を手の届くように取り戻していくための議論を改憲派も護憲派もやったほうがいい。憲法が若者にとってすごく遠いものになってきているっていうことの危機感は、改憲派・護憲派ともに持たないといけないのではないでしょうか。