世論調査 憲法学者は

今回の世論調査の結果について立場の異なる2人の憲法学者に聞きました。

“憲法改正に向けた議論を進めるべき”九州大学准教授 井上武史さん

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“文言を抱きしめておきたい感覚に近い”

Q 今回の調査結果をどう分析しますか?

憲法改正が「必要」が前回の調査と比べて15ポイントも減ったのは意外でした。憲法を変える必要がないという人が増えたのは、今の憲法で十分満足しているという考えと、今の憲法がなければ社会や政治がおかしくなっていくのではないかという警戒感の両方が入り交じっているのではないかと感じます。
また、安全保障関連法をめぐる議論で9条の平和主義が論点になり、法律が成立したことで「これ以上憲法を変えなくてもいい」という観念が広まった可能性もあると思います。
しかし、法律ができたから憲法改正は不要では、憲法の解釈次第で法律で何でもできてしまうことになります。今の憲法ができたときには自衛隊や日米安全保障条約もありませんでした。それが今では安全保障関連法などもでき、自衛隊は積極的に海外に派遣されています。それでも9条を変える必要がないという人が多いのは、9条が我々の心に深く根ざした基本的な価値であり、その文言を抱きしめておきたいという感覚に近いのではないでしょうか。

よりよい民主主義を目指す議論を

Q 井上さんは今の憲法が果たしてきた役割をどう感じていますか?

立憲主義に基づく憲法を70年間保ち続けてきたこと、そこで掲げられている民主主義や基本的人権といった普遍的な価値が日本社会の基本原理として定着したことは誇りに思っていいことだと思います。ただ、新たな権利など今の憲法では保障できないこともあるかもしれません。日本国憲法を作った時、当時の人たちは「戦前と決別してよりよい社会になる」という夢を描いていたと思います。70年たった今、我々はその思いを受け継ぎつつ、さらによくなるのではないかという希望を持って憲法をとらえればいいのではないでしょうか。「憲法を全部変えてしまう」という0か1のようなデジタルな思考から脱却し、議論を通じて社会や民主主義、立憲主義をよりよく充実させていくという観点を持つと、もう少し国民も憲法に関心を持つのではないかと思います。

民主主義は成熟したのか

Q 「憲法9条が日本の平和と安全に役立っている」という回答が今回初めて8割を超えました。憲法施行から70年たってこの結果が出たことをどう評価しますか?

この20年ほど日本をとりまく安全保障環境が厳しいと指摘され続け、有事法制が進められてきました。それにもかかわらず9条が役割を果たしたと肯定的に受け止められているのは、9条が最終的な歯止めになっているという意識が国民に根付いていると言えるでしょう。見方を変えれば民主主義に対する信頼がないことの表れでもあります。諸外国では、9条のような規定はなく正規軍を持っていても戦争はしていない国がたくさんあります。歯止めになっているのは選挙であり民主主義です。国民がきちんと情勢判断ができる代表者を選挙で選んで、誤った判断をしないように政治をみているということです。日本が憲法施行70年たってまだ「9条がなければ戦争してしまう」という感覚が根強いのだとすれば、それは民主主義国家として成熟しているといえるのか、という気がしています。

私たちが問われる憲法改正

Q 安倍総理大臣が2020年までに憲法改正を目指す考えを示しました。これについてどのように考えますか?

具体的なスケジュールと項目を示したのは従来と比べれば大きく踏み込んだと思います。国会の憲法審査会での議論がなかなか進まないことや安倍首相自身の任期という政治スケジュールを念頭に、停滞している議論を先に進める狙いがあるのでしょう。2020年までには少なくとも衆議院選挙と参議院選挙が1回ずつ予定されており、これらの選挙で憲法改正が争点になることは必須で、国民を巻き込んだ改憲論議は一気に加速するでしょう。
憲法は政治や統治のシステムを定めるものなので、きちんと機能しているかどうか不断に検証しなければなりません。憲法改正や国民投票は憲法自体が予定している民主主義の重要な手続きであり、日本が70年間1度も議論をしてこなかったことがむしろ異常だと考えています。
大事なのは改正が何のために行われ、日本の将来にとって良いものになるかどうかです。最終的には国民投票が必ずあります。改憲の目的は何で、どういう効果があるのか、主権者である私たち国民が真剣に考える必要があると思います

“今は憲法を変えるべきでない”東京大学教授 石川健治さん

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あえて平和ブランドを掲げる意味に関心

Q 今回の調査結果をどう分析しますか?

前回の調査が行われた2002年は、小泉総理の時代で、共有された時代の空気は「改革」でした。とにかく変えることはよいことだという気分が広がったことと、同時多発テロ事件に対する危機感が相乗効果になって、改正が必要だという回答が多くなったのだと思います。今回は、その点ではずいぶん落ち着いた判断をしてもらえたという印象です。立憲主義に対する理解が一定程度深まり、「憲法は時代にあわせて更新しなければならないものではない」という考えが広がったことが、この結果につながっているのではないでしょうか。
また、憲法9条を改正する必要がないという回答が前回よりも増えましたが、東アジア情勢の変化に加えて、イスラム原理主義を標榜するテロリズムの問題も絡んで状況が複雑になるなかで、日米同盟に傾倒せずにあえて9条の平和ブランドを掲げていることの安全保障上の意義に、関心を持つ人が増えるのは自然だと思います。目先の危機にあおられて憲法を改正するのは一番危険で、そうではなくて冷静に、じっくり考えたいという人が多かったのは、大事なことだと思います。

議論深まらない中での改正は危険

Q 国民の間で、憲法を変えるか変えないかという議論が「深まっていない」という回答が多かったことをどう見ますか?

もし本気で憲法改正を考えるのであれば、もっと前倒しで憲法論議を深めておかないと、あとあと非常に悔いを残す結果になります。憲法について理解が深まらない中で憲法改正を考えるのは極めて危険なことで、この状況で憲法改正を強行することはありえないと思います。まずは議論が深まることが大事だと思います。
日本国憲法に限らず、憲法は、簡単には変わらないシステムをあえて用意することに意味がありますので、「常に更新すべきものではない」という理解を前提に、議論する環境を作っていかなければなりません。

施行70年を迎えて憲法が定着した

Q 石川さんは今の憲法が果たしてきた役割をどう感じていますか?

憲法によって何が変わったのかということを、歴史の問題としてきちんと理解しておくことが大事だと思います。たとえば1930年代後半以降の当時の新聞と、現在の新聞を比較してみれば、今われわれがどれだけ風通しがよくて、息苦しくない社会を生きているのかということがわかります。つまり日本国憲法が制定されたことによって、明らかに、よい社会になったということは、否定のしようがありません。今回の調査結果からは、憲法に対する関心の深まりを読み取ることができ、施行70年を迎えて、憲法が定着したと感じます。

個人的な動機で憲法改正すべきでない

Q 安倍総理大臣が2020年までに憲法改正を目指す考えを示し、具体的な改正項目として9条に自衛隊の存在を明記することや高等教育の無償化などを例示しました。これについてどのように考えますか?

各種の世論調査を見る限り、憲法改正の機運は明らかに高まっておらず、議論も深まっていないので、拙速だと思います。自民党の総裁選での再度の勝利を前提に、自分の任期のうちに自分の手でやりたいという動機に基づくスケジュールを示していて、これまで隠されていた憲法改正の動機が、多分に個人的なものであることが明るみに出た発言ではないかと思います。憲法改正はそのような動機によって行うべきではありません。
憲法9条については、これまで自衛隊の正統性を剥奪してきたことが、過度の軍備拡張を防いできたという側面を考える必要があります。自衛隊が正式に正統性を与えられた組織になると、予算を大幅に組まなければいけないことになり、軍拡競争への道を開いてしまうおそれがあります。これまで成功してきた9条方式ともいうべき軍事力の統制方法に対する対案が出されていない中で、自衛隊を一方的に正当化するのは危険だと考えます。
また、高等教育の無償化については、憲法を改正しなくても十分にできることで、なぜ高等学校の教育を無償化する法律を作ろうとしないのでしょうか。憲法改正をとりあえず1回やるというためだけの、不純な動機に基づく提案だと思います。
時間が極めて限られているのに、今回示された論点はほとんど議論が深まっていないのが実情で、こういうスケジュールで手続きを進めると、大きな禍根を残すことになると思います。