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官僚の劣化? 相次ぐ法案ミス

今国会で相次いで明らかになった法案のミス。提出された法案などの3分1以上でミスが見つかった。

なぜミスが多発するのか。理由を探るため法案作りの実態を取材してみた。
(霞が関のリアル取材班:社会部記者 杉田沙智代)

国会議員から厳しい批判

きっかけは、3月9日の衆議院議院運営委員会の理事会。

デジタル庁の創設を柱としたデジタル改革関連法案の関係資料に、45か所ものミスが見つかったことだった。

衆議院議院運営委員会 理事会(3月9日)

総理大臣の指示で再点検が行われ、ほかの法案でも次々とミスが明らかに。野党だけでなく、与党からも批判が相次いだ。

立憲民主党・安住国会対策委員長

「これだけのミスは前代未聞。審議に値しない」

自民党・佐藤総務会長

「少したるんでいるのではないかと言わざるをえない」

公明党・山口代表

「極めてゆゆしきこと」

「官僚機構が劣化している」という厳しい声も聞かれた。

ほとんどが単純ミスだが…

再点検の結果、ミスが見つかったのは74の法案や条約のうち25の法案の条文など。その数は181か所と、過去に例がない多数に上った。いったいどんなミスなのか。

《防衛省設置法の改正法案 防衛省提出》

(誤)「カナダ内にある英国軍隊の施設」
(正)「カナダ内にあるカナダ軍隊の施設」

《産業競争力強化法の改正法案 経済産業省提出》

(誤)「主務大臣の承認を受けた金額w、…充てることができる」
(正)「主務大臣の承認を受けた金額を…充てることができる」

《デジタル庁関連法案 内閣官房提出》

(誤)「海上保安長長官」
(正)「海上保安庁長官」

なかには文章の一部が欠落するなどの大きなミスもあったが、ほとんどは、改行した文章の文字を下げる「インデント」をしていなかったといった単純ミス。

その場で修正すればいいのではという気もする一方、なんで見つけられなかったのか疑問が湧いた。「法案ってたくさんの人がかかわって作っているんじゃないの?」

ミスはコロナのせい?

腑に落ちないまま、当事者である官僚の取材を開始した。

Aさん

「むちゃくちゃな働き方だったんです」
そう訴えるのは、20代から30代の若手4人によるチームの一員として法案作りを任されたAさん。

「花形の仕事」を担うことになり、やる気と使命感に満ちあふれていたという。

通常は専従で取り組む法案作成の作業だが、今回は新型コロナウイルス対策と並行して行うことになった。

チームの発足は去年10月。法案提出の締め切りは2月初めだ。

「4か月もあれば時間は十分にあるのでは?」という私の疑問に、Aさんは、静かに首を振り、机の上に紙の束を差し出した。

Aさん

「これは初期の頃の法案の原稿です」

修正を加える赤線でページが埋め尽くされ、もはや何が書いてあるのかわからない。

一般に法案の原稿は、厳しいチェックを受けることになる。待ち受けるのは、内閣法制局。提出される法案が、既存の関係法令と矛盾していないかなどを審査する、いわば「法の番人」だ。

さらに省内の幹部や、政治家の意見で中身はたびたび変更を余儀なくされる。そうなったら、それまで積み上げてきた議論や作業はやり直しだ。

Aさんのチームでは、法案の中身が固まり、資料の作成に本格的に着手できたのは、12月下旬。締め切りまで1か月ほどしか残っていなかった。

そのころ、追い打ちをかけるように新型コロナウイルスの感染が拡大。年明けに2回目の緊急事態宣言が出される事態になる。

チームはみな対応に駆り出され、法案作りに集中する時間が取れなくなり、休日出勤して作業に当たったという。

そうした、ある1日のスケジュールを教えてもらった。

8:00 チーム集合 原稿などの資料を印刷
9:00 印刷した資料を審査のため内閣法制局に持って行く 別の原稿の「読み合わせ」 誤りがないか確認
13:00 内閣法制局から呼び出し 修正点などの指摘を聞き取る
13:30 内閣法制局の担当者と議論
16:00 庁舎に戻って内容を修正
22:00 内閣法制局に修正した原稿などを提出「読み合わせ」で誤りがないか確認 翌日の作業準備
2:00 帰宅

長時間の作業の実態は

休日に午前8時に出勤して、帰宅は翌日の午前2時。確かに「むちゃくちゃな働き方」だ。

まず気になったのは資料の印刷時間。
「1時間もかかっている」

Aさんによると、原稿などの資料は、急いで内閣法制局に届けなければならない。少しでも早く審査に入ってもらうためだ。

この日は600ページに及ぶ資料を印刷するのに1時間かかり、一番の若手が資料を抱えて走っていった。

法制局までの距離は約1キロ。体力のある若手が走って届けるのがお決まりになっているという。

次に気になったのは、原稿の「読み合わせ」の時間。
「4時間もかかるって?!」

読み合わせは、資料に誤字などのミスがないかチェックするため2人1組で行うという。

1人が原稿を読み上げ、もう1人がそれを聞いて、漢字や送りがな、改行などに誤りがないかを確認する。

たとえば、「A及びB(Cを除く。)」この文をどう読むのかというと…。

「カギ A キュウビ B カッコ C ヲ ジョク マル カッコトジ カギトジ」となる。

なんだか呪文みたいだが、聞く側が漢字の送りがななどを判別できるように、音読みの漢字は訓読みで、訓読みの漢字は音読みという「霞が関ルール」があるという。

素人から見るとかえって時間がかかるようにも思えるけど…昔からの慣習なのだそう。

一方、朝一番に届けた原稿。内閣法制局の審査が終わると呼び出される。この日、呼び出されたのは午後1時。届けてから約4時間がたっていた。

法制局に呼び出されると修正すべき点の指摘を受け、内容について担当者と議論する。これを何度も繰り返す。

1月1か月間の残業時間は、過労死ラインを大きく上回る200時間超え。元日にしか休むことができなかったという。

Aさん

「提出直前の数日は、ほぼ役所に泊まり込み。2日に1回、4時間くらい寝るという状況でした」

必死の思いで作り上げた法案。しかし、再点検の結果、細かなミスが見つかった。Aさんは唇をかみしめながら、悔しそうにこう語る。

Aさん

「言い訳にしかならないが、感染症への対応との兼務だとどうしても気が散ってしまい、法案作成に専念できなかったんです。法案に間違いはあってはならないので、専念できるよう人員を増やすことが必要だと思います」

でも、細かな単純ミスは、人の目で確認するよりコンピュータープログラムで自動的にチェックした方がいいのでは?

Aさん

「作業によっては機械の力に頼ることも検討したほうがいいかもしれない。職員の熱意だけに依存した運営は、見直さなければならない時が来ていると思います」

法案作りは無駄だらけ?

コロナ禍という特殊な状況もあったとはいえ、法案作りが大変だということはわかった。大事な仕事だから激務もやむをえないのか。

ところが、さらに取材を進めると、「法案作成にはそもそもむだが多すぎる」と訴える声が聞こえてきた。

若手官僚が河野行政改革相に提言(5月11日)

声を上げたのは、霞が関の働き方改革を求める若手の官僚たち。ことし5月、業務の改善を河野行政改革担当大臣に提言した。

要望の一つが"5点セット"と呼ばれる資料作成の見直しだ。"5点セット"とは、法案とセットで作成する資料一式のこと。

国会議員などへの説明のため作ることが慣例となっていて、2000ページに上ることもあるという。

1 案文=改正や追加された部分を文章化したもの
2 要綱=法案の趣旨を要約したもの
3 理由=法案の目的などを記したもの
4 新旧対照表=新旧の条文を並べ、改正や追加された部分を比較する表
5 参照条文=法案に関係するほかの法律の条文一覧

「若手改革チーム」の一員・野崎光寿さん(文部科学省 入省4年目)は「"5点セット"のうち本当に必要なのは4『新旧対照表』だけで、あとの必要性は低い」と話す。

若手改革チームの提言

1「案文」は、4「新旧対照表」を「改め文」と呼ばれる文章に書き直したものなので4で代用が可能。

5「参照条文」はほとんど利用されていない。

2「要綱」と3「理由」は一つにまとめてわかりやすい「ポンチ絵」にした方がいいというのが、改革チームの主張だ。

野崎さん

「"5点セット"の作成は、必要以上に負担となっている。われわれ官僚がもっと現場に出て要望を聞き、日本の未来に貢献できることに労力をさける環境にしていきたい」

若手が「必要ない」と訴える"5点セット"。なぜ長年作成されているのか。関係機関に問い合わせてみた。

衆議院事務局

「こちらからお願いしているわけではないが、慣行として"5点セット"の形式で提出されている」

参議院事務局

「"5点セット"はこちらで指定しているものではない」

内閣法制局

「“5点セット"という形式は我々では決めていない。内閣官房が定めているのではないか」

内閣官房総務官室

「"5点セット"の法的根拠はなく、慣例でやっている。利便性や見やすさなどの理由で続いているのではないか」

なんだか、あやふやだ。では、国会議員はどう思っているのか。

与党議員

「いつも、びっくりするくらい分厚い資料で、ぞっとする。見ないでゴミになるだけで、もったいないが、官僚が作って持ってくるので、いらないとは言いづらい」

野党議員

「要点を絞ってわかりやすくした『ポンチ絵』のほうが理解しやすい。国会質問する時には目を通すが、大半の議員は読んでいないと思う」

資料が役立つ場面もあるのだろうが、これでは何のために苦労して作っているのか。官僚たちもわからないだろう。

法案ミスを契機に改革を

法案のミスが相次いだことを受けて、政府は、府省庁横断のチームを作り、6月中に再発防止策をまとめる方針だ。

霞が関では、働き方改革の一環として、去年、行政手続き上の押印や、書類を「こより」でとじる慣例が廃止された。

しかし、削減された業務はわずかだという声も多く、より抜本的な改革が必要になってきていると感じる。

再発防止策が、現場の声を反映した建設的な内容になるのか注目し、取材を続けていきたい。

霞が関のリアル取材班 社会部記者 杉田沙智代
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