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コロナで激務に ~霞が関の官僚にいま何が~

午前4時47分 妻「帰っておくれ寿命が縮む」
午前4時59分 夫「タクシーなう」

ある若手官僚が帰宅中に妻と交わしたラインです。今、霞が関の官僚たちに何が起きているのでしょうか。
(おはよう日本記者 大山雄介/社会部記者 杉田沙智代 小林さやか)

追い詰められる官僚

ラインを見せてくれた官僚と妻です。
2人には小さな子どもがいますが、官僚の夫は1か月の残業が200時間を超えることもあるとしたうえで、こんな本音を漏らしました。

厚生労働省の男性官僚
「とても人がさばく量とは思えないような仕事量が人間の限界とは無関係にいくらでも降ってきます。頭が痛いとか気持ち悪いとかっていうのは毎日そういう状態で出勤していますし、死にたいと思ったことはないですけれどもすべてを終わらせれば楽になるだろうなと。その感覚がちょっと理解できるなと」

長時間労働とともに彼を追い詰めているのが、仕事に満足感を得られないことでした。

厚生労働省の男性官僚
「実際にはなかなか政策をちゃんと考える時間もない。雑多な業務に追われて、国会だけではなくて、それ以外の場で議員に呼び出されて詰問されることも多々あります。人間的な扱いをされていないのではないかというふうに感じることが多々あります。滅私的に働き続けるという覚悟は持っていましたけれども、これを続けていくのはかなり厳しいのではないかと」

午前0時17分 妻「子どもがパパと叫んだ。かわいそうや」
午前0時18分 妻「ほとんどあってないからな」

そんな夫を支える妻は私たちの前で、涙ながらにこう訴えました。

官僚の妻
「本人がどんどん衰弱していくというか。ほおも痩せこけていって。私ともたわいもない話をする余裕すらなくなっています。国民の生活を良くするために働いているはずなのに、自分たちの家庭がどんどん犠牲になっているっていうのが本当につらいですね」

若い夫婦の訴えに、胸が締めつけられる思いがしました。

官僚の“長い1日”

霞が関の働き方の実態はどうなっているのか。私たちは、新型コロナ対策の中心となっている厚生労働省の若手官僚に密着することにしました。

入省6年目の及川侑子さん(31)。
担当業務は、食品安全などに関わる政策の調整ですが、新型コロナの感染拡大を受けて、空港などでの水際対策を担当する班にも組み込まれています。

前日も午前1時すぎまで仕事をしていたという及川さん。「大変では?」と聞くと、こう答えてくれました。

及川さん
「まさに今、厚生労働省の頑張りどころです。『行政が今ここで頑張らなくてどうする』という時を迎えているという思いがあります」

“対面が基本”の国会対応

この日、最も時間を割いていたのが国会対応です。官僚にとって重要な業務の1つで、大臣の答弁を作成し実際に答弁する場にも同席します。

そして、質の高い答弁の作成に欠かせないとされているのが『問取り』(もんとり)。国会で質問を予定している国会議員から直接、質問の内容を聞き取る霞が関ならではの手法です。

こうした議員とのやりとりは、電話やオンラインではなく、原則対面で行われます。この日も、及川さんは地下鉄を使って、厚生労働省と永田町にある議員会館との間を2回往復し、移動だけで1時間以上かかっていました。

残る紙文化

もう一つ、霞が関の“名物”だと感じたのが「紙文化」です。以前よりだいぶペーパーレス化が進んでいるものの、省内の会議や国会議員への説明に使う資料はやはり紙が基本です。

及川さん
「ペーパーレス化を進めようと言っておいてなんだって感じですけど…。どうしても紙で刷りだして鉛筆でチェックをする。みんなで紙で行ったり戻ったり書き込んだり、まだどうしてもちょっと残っているかな」

メールは1日500通

昼食も食べずに仕事に没頭していた及川さん。午後10時すぎ、ようやく口にしたのが地下のコンビニで買ったパスタでした。食事中も手を休めることなく、届いたメールの確認をしていきます。1日の受信数は500にものぼるそうです。

仕事は大変 でも「国民のために」

この日、及川さんが庁舎を後にしたのは午前2時半。
部屋には、まだ国会対応などをしている上司や同僚が数人残っていました。

及川さん
「子どもや孫の世代になった時に、もっと日本をよくしたいし、できるだけ多くの人の幸せのために働きたいという気持ちを持って官僚になりました。国のため、国民のために働けるのがやりがいです。ただ、新型コロナへの対応で、ふだんでは考えられないような業務量なので、夜遅い日が続くと、体がしんどいなという時はあります。自分にもう少し余裕や体力があったら、もっと現場に足を運んで良い政策を考えられるのではないかと、もどかしさも感じています」

この日、終業時間(午後6時15分)を過ぎてからの及川さんのスケジュールは、打ち合わせや資料のチェック、印刷作業などで深夜までびっしりと埋まっていました。

タクシーに乗り込む及川さんを見送りつつ、体調が心配にもなりました。

国家公務員は労働基準法の適用外

「そもそも、こんなに残業させていいのか?」

そんな風に思った方も多いと思いますが、実は、官僚などの国家公務員には労働基準法が適用されません。代わりに人事院規則というルールがありますが、違反しても罰則などはありません。

新型コロナの流行が続く中、多くの官僚が長時間労働を余儀なくされ、月に100時間以上の残業(「過労死ライン」=月80時間)をした官僚が4割近くにのぼっているという民間の調査もあります。

7人に1人が「辞めたい」

一方で、若手の「官僚離れ」は深刻化しています。

内閣人事局などによると、昨年度、自己都合で退職した20代官僚は87人。6年間で4倍以上に急増しました。また、20代の官僚の14.4%、実に7人に1人が「数年以内に辞めたい」とも答えています。

官僚のなり手も減っています。
今年度、国家公務員の採用試験(総合職)に申し込んだのは1万6730人と、5年前に比べて23%も減少しました。

官僚トップに聞いた

厚生労働省の樽見英樹事務次官

こうした実態を幹部はどのように受け止めているのでしょうか。
厚生労働省の樽見英樹事務次官を取材しました。

すると「私自身も若い頃、子どもの顔も見られない生活を経験したことがあります」と言いながら「長時間労働で若い職員の生活に支障が出ている状況を続けていくことは、もう許されないと感じています」と率直な思いを打ち明けました。

さらに、こうした働き方が新型コロナへの対応にも影響していると危機感をあらわにしています。

樽見次官
「長時間労働が続くと、十分な分析がされないまま政策が立案されていくのではないかということが心配です。今回の新型コロナへの対応を見ても、どういう方針で対応するかが十分にまとめきれず、結果的にほとんど綱渡りになってしまったこともあったと思います。今、厚生労働省が大変な局面にある中で、業務を重点化し、優先順位を見定められるよう管理職のマネジメントを強化しないといけません。若い人の声を聞いて組織の改革に取り組みたいと思います」

始まった働き方改革

国会議員の間でも、官僚の負担を軽減しようと、官僚からの説明をできるだけオンラインで受けることなどが検討され始めています。

また、厚生労働省も独自に専門のチームを立ち上げ、働き方改革に取り組み始めました。改善を検討しているのは、議事録の作成の自動化や、国会とを結ぶマイクロバスの定期運行、紙の答弁資料に代わるタブレット端末の活用など106項目。全職員にアンケートを実施して、優先的に改善する項目を年明けをめどに洗い出そうとしています。

しかし、コロナ禍での難しさもあるようです。

総括調整室 中野課長補佐

改革チームの実務担当 大臣官房 総括調整室 中野淳太郎 課長補佐
「新型コロナ対応は日々状況が変わりますので、なるべく迅速に早く情報を伝達するという意味では、対面のほうが早かったり柔軟なコミュニケーションが取れたりするという面もあります。それでも、なるべくテレワークやペーパーレスにして、最大限、効率化していくことが大事なのかなと思います。また、国会の対応などは自分たちだけで調整できる業務ではありませんので、われわれができる効率化はしっかりとしつつ、ぜひ国会のご協力も頂きたいと思っています」

『国民の生活を良くするために働いているはずなのに、自分たちの家庭がどんどん犠牲になっているのが本当につらい…』
冒頭の官僚夫婦は、そう訴えました。

コロナ禍で官僚たちが国民のために集中して働けるよう、霞が関の働き方を根本から見直す必要があると感じます。

おはよう日本記者 大山雄介
社会部記者 小林さやか
社会部記者 杉田沙智代
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