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改革は“外目線” 霞が関を飛び出す若手官僚たち

中央省庁で働く官僚たちの素顔に迫る「霞が関のリアル」。これまで過酷な長時間勤務や旧態依然とした組織の姿を伝えてきましたが、取材していると高い問題意識と改革の意欲を持った多くの人たちに出会います。今回は3人の若手官僚に注目し、霞が関改革のヒントを探ります。キーワードは「外から見る」です。(「霞が関のリアル」取材班記者 三浦佑一)

「第3の居場所」を作る

東京・大手町のオフィス街の一角。ここで2週に1度、早朝に「霞ヶ関ばたけ」という勉強会が開かれています。官僚の姿もありますが、会社員、NPO、料理人、そして農家と、参加者の職種は多種多様です。毎回数十人が集まり、農業や食の分野で先駆的な取り組みをするゲストたちの発表を聞いて、意見を交わします。

この会を主宰するのは松尾真奈さん(30)。農林水産省の現役官僚です。

「近くの人とグループを作ってください」
「全員の前で自己紹介していただけますか?」

松尾さんがそう呼びかけると、初めて来た人も次第に打ち解け、会話が弾みます。リラックスした雰囲気を作り出して、人と人をつなげる達人、といったところです。

この日は、プラスチックごみ削減のために間伐材で作った木製ストローを実用化させた女性をゲストに招きました。

「耐久性は?」「コストは?」「材は何が使える?」

参加者のやり取りは相次ぎ、あっという間に1時間半が経過。会が終わっても、それぞれ出勤ギリギリの時間まで名刺交換や議論を続けていました。

松尾さんに声をかけました。

「食と農に関心があれば誰でも参加OK。ただ毎回参加者には『組織や肩書きは横に置いて参加してください』とお願いしています。私も個人の課外活動として取り組んでいます。組織として開こうとすると、上司・部下の関係で自由な意見を言えなかったり、ゲストを選ぶ理由など逐一決裁が必要で、とても今のようにはできません(笑)」

学生時代の松尾さん

松尾さんは学生時代に京都府京丹後市で農家の手伝いをした経験をきっかけに、平成25年に農水省に入りました。

1年目から法改正を担当し、深夜帰宅を続ける日々が続きました。

そしてある日突然、体が動かず仕事に行けなくなります。

精神科を受診し、そのまま1年間休職しました。

「どんなに時間をかけても終わりの見えない机の上の業務が続く苦しさもありましたが、それが何のため、誰のためなのかもよく分からなくなっていたのがつらかったです。休んでいる間も、自分が生きている意味があるのかと思い詰めてましたね」

その後、職場復帰し、木材の利用拡大を担当していた時に長男を出産。去年『霞ヶ関ばたけ』の運営を先輩から引き継ぎ、代表になりました。仕事と子育てをしながらの運営は決して楽ではないものの、忙しさに苦痛を感じることはないといいます。

「霞が関ばたけは、家庭と職場以外の、私の作りたい空気観を表現する『サードプレイス=第3の居場所』ですね。来てくれる人の笑顔を見るたびに、私ももっと仕事を頑張ろうと思えます」

高知県の棚田を視察

本業も充実しているという松尾さん。今の名刺の肩書きは「農林水産省農林水産技術会議事務局研究推進課先端技術実装班係長」(30文字!)いかめしい役職名ですが、「スマート農業」というロボットやAIを導入した農業の普及に取り組んでいます。

今の手応えをこう語りました。

「全国の農業の現場に行ける、私のやりたかった仕事です。昔の私には、農家がどのぐらい設備投資をしているのか、1アールの田んぼからどれだけのお米が取れていくらで売れるのかも分かっていなかった。なのにいきなり法律を作る部署に入って、言われるとおりの仕事しかできず、やりがいを見いだせなかった。それがいまは、仕事をしながら農家さんの顔が浮かぶようになって、経営の課題も少しずつ分かる。思い描いていた官僚像に近づいている気がします」

厚生労働のすべてがここに!

次に紹介するのは、厚生労働省入省4年目の渡部宏樹さん(26)です。ことし4月、東京・三鷹市役所に出向し、生活保護を担当する「ケースワーカー」として勤めています。

生活保護費を支給するだけでなく、家庭を訪問して就労を支援したり、生活の相談に乗ったりしている渡部さん。

制度設計をする霞が関から福祉の最前線に移って何を学んでいるか、聞いてみました。

「出向を命じられた時、生活保護受給者について具体的なイメージを持ち合わせていませんでした。正直に言うと、私は、お金でものすごく苦労したという経験はありません。生活に困っている方に深くかかわったこともなく、自分に勤まるのか不安でした」

渡部さんは着任後、すぐに約100世帯の担当を任されました。

「気付いたのが、貧困は見た目では分からないということです。多くの方は身だしなみも整っていて、生活に困っている雰囲気は感じない。でもよく聞くと、障害で働けなかったり、国民年金では生活が成り立たなかったり、それぞれ事情がある。そうした人が担当地域のあちらこちらにいる。貧困ってこれまで私の周りに無かったのではなく、私が気付かなかっただけじゃないかと痛感しました」

「つくづく思うのは仕事の幅広さです。ケースワーカーは、厚生労働省11局の仕事すべてを担当しているようなものです。どうすれば働けるか一緒に考えるし、職探しのサポートもします。体調が悪ければ医療機関につなぐ。年金や子育ての相談にも乗る。介護サービスをケアマネジャーや主治医などと考える会議にも出席します。私は3月まで厚労省の介護保険の部署にいましたが、要介護の判定がでて、サービスの利用方法が決まり、ヘルパーが生活を支えていくというプロセスを目の当たりにしたのはこちらに来てからです。ほかにも必要があれば不動産や電気ガス水道、葬儀のことまで、人生に関わるすべてのことに橋渡しをします。こんなに密度の濃い経験は現場でないとできません」

熱を込めて話す渡部さん。現場で直面し、考えるようになったのが「国の制度のあり方」だといいます。

「国がすべて事細かに決めすぎなくていいと思いました。例えば住んでいるアパートの部屋で自営の仕事を始める人に、家賃を経費として認めるのか。病気の人のために、ケースワーカーが病院を探したり、通院の介助をしたりしていいのか。こんなことは国の指針には書いていませんが、それでいいと思います。事情に応じて、自治体の裁量で決められるようになっていないと、自立を支えるための血の通った支援が果たせなくなるおそれがあります。国はやたら規制するのではなく、現場がよりよい支援を行えるよう応援する立場であることが大切だと思います。短い期間ですが精いっぱい役割を果たし、現場でしか得られない知見を国に持ち帰りたいと思います」

ちょっとコワモテ(失礼!)な風貌の渡部さん。まだ出向して3か月足らずですが、人の暮らしに向き合いながら、国の役割をしっかり考えていました。

コミュニケーション改革を!

最後に紹介したい官僚は、ベンチャー企業に学んだ女性です。

経済産業省秘書課の課長補佐、八木春香さん(32)。職場改革と職員採用を担当しています。八木さんはことし3月までの8か月間、フリマアプリの『メルカリ』に出向していました。ベンチャー企業の仕事の進め方を学ぶ経産省の研修制度の第1号でした。

「メルカリではキャッシュレス決済サービスの立ち上げに関わりました。新規事業を進めるスピード感とダイナミックさに圧倒されましたが、最大のカルチャーショックは、コミュニケーションのハードルを徹底的に下げる工夫です」

「メルカリでは社内の連絡でメールを使いません。『slack』というチャットシステムを活用しています。これは社員どうしの連絡をすべて見られることが特徴です。社員一人ひとりのLINEのトーク画面を、全社員が見られると言ったら分かりやすいでしょうか。誰も情報過疎にならないし、縦割り組織にありがちな『隣は何をする人ぞ』という状態が起こらない。使ってみると、メールは情報の遮断が多いツールだったと気づかされます」

メルカリのオフィス(中央が小泉文明社長)

「物理的にもオープンです。オフィスでは、社長もヒラ社員も分け隔て無く机を並べています。局長室がある省庁とは対照的です。やはり物理的な壁は心理的な壁にもなりますよね。社長も職場の雰囲気が見えて会話が耳に入ってくる場所にいるほうが社内を把握しやすいのでしょう」

さらに、最大の収穫は「1on1」(ワン・オン・ワン)という部下と上司の会話の時間だったといいます。アメリカ・シリコンバレーから世界的に広まりつつある制度です。

1on1のイメージ

「全社員が毎週、直属の上司と30分程度の面談の時間を持つんです。業務上の話は少なく、昔なら飲み会でやっていたような近況や趣味の話をする時間を制度化し、意思疎通を深めるイメージです。『ふだんから何かあったら話せばいい』と思われるかも知れませんが、スケジュールに組み込んで『この日はあなたのために30分割く』と決まっていることが重要です。ふだん部下が相談ごとを持ってきたり、上司が進捗(しんちょく)を確認したりするのは、実は表面的なコミュニケーションでしかない。1on1は、何を言ってもいいという心理的な安全性を確保した状態で話します。すると、『うまく説明できないけどなんとなくヤバそうです』という問題の兆しや、体調面で必要な配慮も分かる。危機管理がしっかりするし、仕事の手戻りも少なくなります。先端のIT企業でとてもアナログな方法に思えますよね。もちろんITツールは限界まで使うけれども、やっぱり最後は人間関係。デジタルがすべてで誰とも話さない職場なんて成り立たないんです」

八木さんは経済産業省に戻ってすぐ、この「1on1」を職場に取り入れたそうです。霞が関に新しい風を吹き込むべく頑張って下さい!

今回、私が取材した若手官僚たちは、勉強会、地方自治体、ベンチャー企業と、それぞれ別の世界から霞が関を見つめ直し、新しい官僚像を模索していました。皆さんの周りにも霞が関改革のヒント、ありませんか?こちらまで情報をお寄せください。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/kasumigaseki/

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