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官僚は構想力だ “レジェンド”は語った

皆さんは、内閣官房副長官という役職をご存じですか?内閣総理大臣を側近として支えるすべての官僚たちの頂点に立つポストです。今回は、この内閣官房副長官として、村山富市氏から小泉純一郎氏まで5人の総理大臣を支えた、霞が関のいわばレジェンドのような男性に今の霞が関をどう見ているのか、聞いてみました。(「霞が関のリアル」取材班記者 中村雄一郎)

古川貞二郎さんって、どういう人?

その人は、古川貞二郎さん、84歳です。

4月下旬と5月上旬に東京都内のオフィスを訪ねた時、少し緊張気味だった私を柔和な表情で出迎えてくれました。

手元には取材のためそろえてくれた資料やメモが。うわさどおり、実直な人柄がうかがえました。

5人の総理を支えた男

霞が関のいわばレジェンドのような古川さん。まずその略歴を紹介します。出身は佐賀県。九州大学を卒業後、最初に勤めたのは霞が関ではなく長崎県庁でした。

しかし、すでに60歳を超えていた両親が働く姿を見て、老後に幸せに暮らせる社会を実現したいと考えた古川さん、一念発起して国家公務員試験に挑戦し合格。旧厚生省に入省し、厚生事務次官まで務めた後、官僚トップの官房副長官になりました。

支えた総理大臣は、社会党の村山富市氏、自民党の橋本龍太郎氏、小渕恵三氏、森喜朗氏、そして小泉純一郎氏の合わせて5人。

在任期間は歴代最長の8年7か月に及びました。

思い出に残る総理大臣は?と聞くと、さすがは元官房副長官、公平に5人の話をしてくれました。

しかし、やはりこの人のエピソードが一番印象的でした。

「橋本さんが、普天間基地の返還合意を発表した時のことです。実は、私たちは難しいと考えて反対していました。しかし、橋本さんは、事故で人命が脅かされることを第1に考え、クリントン大統領にじか談判したのです。合意発表後、橋本さんに『これが政治だというものを見せていただきました』と言うと、橋本さんは『それはお世辞(政治?)だ』と(笑)心温まった出来事でしたね」

どうした!霞が関の官僚

少し座も暖まったところで、きょうの本題、ずばり今の霞が関をどう思うか尋ねました。すると、温和な表情とは真逆のこんな厳しい言葉が返ってきました。

「ちょっと信じられないことが起きていますよね。最近だと統計不正の問題、また森友学園のように公正中立が疑われるような問題、さらに財務省の幹部によるセクハラなどもあった。昔も不祥事はありましたが、質が変わってきたように感じます」

まさに、それが何なのか知りたくて、お邪魔しました!すると、古川さんは「原因はいくつかあると思うんです」と語り出しました。

原因1 時代とともに変化した官僚の役割

まず古川さんが挙げたのは、昭和から平成にかけて、官僚主導から政治主導へと時代が移行するなかで起きた官僚の役割の変化でした。古川さんはこう指摘しました。

「昭和は右肩上がりの成長の時代でした。そうした時代には、毎年、必ず果実が生まれます。その果実を適正に配分することについて、官僚組織というのは最もふさわしかったんです。しかし、成長の時代が終わり国民に新たなニーズが出てくると、既存の資源や財源を付け替えないといけません。これには、法や制度の改正が必要で、やっぱり政治が行うことです。僕は政治主導は時代の必然だったと思うんです」

「政治主導への変化は必然だった」

この言葉をちょっと意外に思いました。

しかし、古川さんが続けた次の言葉を聞いて合点がいきました。

「政治主導の中で、政と官の役割分担のあり方が非常にあいまいになってきたのではないでしょうか。行政はそこに戸惑っているように感じます。かつて、官邸の仕事は政策を作ることでした。だから『Aさんが申請している案件はどうなっているか』などといったように、個別具体の案件の執行に官邸が口を入れてくることは基本的にありませんでした。行政は公正中立でなければならない、同じ法律のもとでは公平でなければならないからです。もちろん、個々の政治家が選挙区の方に頼まれて、どうなっているとか問い合わせて来ることはたまにありましたがね」

一方で、官僚自体がめまぐるしい時代や社会の変化についていけていないとも苦言を呈しました。

「いまは人口減少や、超少子高齢化、災害の多発、働き手不足など課題が山積しているうえに、判断のスピードも求められています。さらに今後、人工知能などの新しい技術で、社会が一変するかもしれない。第4次産業革命とも言われる時代にどうすればいいか、官僚が本来持っていた特長にかげりが出て、少し、すくんでいるんじゃないかとも思うんですね。もっと自分をエンカレッジして自己研さんする。なんで官僚の道を選んだのかということを自分に問い直す必要もあると思いますね」

原因2 制度変更で薄れた?官僚の矜持

次に古川さんが取り上げたのが2001年に廃止された政府委員制度でした。この制度がなくなり、官僚の矜持が薄れてしまったというのです。

国会のニュースでよく目にする議員の質問に対する答弁。いまは大臣が行っていますが、以前は担当する官僚が政府委員として答弁することが認められていました。

しかし、小渕内閣の時、この政府委員制度の廃止が決まり官僚は政府参考人として招致された時しか答弁することがなくなりました。

古川さん自身、厚生官僚時代にこの答弁でずいぶん鍛えられたと振り返りました。

「旧厚生省の保険局長とか児童家庭局長として答弁した時は、何日も前からすごい緊張感があるんです。総理大臣をはじめとする各大臣の前、それにテレビを通じて全国民の前で答弁するわけですから。自分が担当する政策を徹底的に精査した結果、足りない部分も見えてきて、後につながるケースもありましたね。政策全体をどうするかなどについては大臣が答弁するのが当然だと思います。しかし、膨大な内容すべてを大臣が把握することは難しいです。特に、行政の執行上の責任については担当の局長がしっかり話したり頭を下げたりすべきではないでしょうか。また、細かい条項の説明も事務方がすべきだと思います。こうしたことが、実際上、官僚の士気を著しく低下させたのは事実だと思います」

原因3 政治家とメディアにも問題が…

さらに、古川さんは政治家にも問題があると言及しました。

たしかに、ここ数年、さまざまな問題が起きるたびに形式的な謝罪を繰り返す大臣の姿をよく見てきた気が。

古川さんは、「本音では俺がやったことじゃないと思っているんでしょうかね」と少しあきれたようにつぶやいたあと、興味深いことを口にしました。

それは、『今の政治は検証をしない』という言葉です。

その真意を問うとこんな答えが返ってきました。

「今はひとつの政策の結果が出る前に、それが難しくなったら新たな政策を立ち上げますね。私は参事官時代も含めると官邸に15年勤めてきましたが、ある年までに、どのくらい達成するという数字を出すことに、歴代の内閣は臆病なくらい非常に慎重でした。それが達成できないと当然ながら非難されますよ。ところが今は平気で数字や達成年度まで示しますよね。だったらその数字は必ず検証しないといけない」

たしかに今の政権もいろんな数値目標を掲げていますが、いったいどれだけ実現しているのか、もしくは実現していないのか…。古川さんにもくぎを刺されました。「これをしっかりと監視して、追及することもメディアの重要な役目だと思いますね」

しっかりと、胸に刻みたいと思った次第です。

息抜きも必要!!

ここまでインタビューして、ふっと疑問がわきました。

古川さんの現役時代、自分の時間はなかったのではと。

今も現役官僚は異常なまでの働き方をしていますが、昔はもっとすごかった(というかひどかった)と耳にします。

古川さん自身、官房副長官の時にがんの手術を受けながら、数日で復帰したほどの人物です。

「実際のところ、どうだったのでしょうか?」

おそるおそる聞くと、意外にも欠かさず続けてきた息抜きがあると教えていただきました。

それは『農業』です。

実家は佐賀県の農家だった古川さん。故郷によく似た畑を千葉県内に見つけて購入し、そこに通っては、ジャガイモやゴボウなどを育ててきたといいます。

モットーは“のんびり主義”。自宅から畑までは地下鉄やJRの各駅停車、そしてバスを乗り継いで2時間かけて通うといいます。

古川さんは、「故郷を思いながら土を耕す時間は自分を取り戻す時間」と笑顔で語りました。こうした切り替えのうまさも官僚人生を全うできた秘けつなのかなと感じます。

令和の官僚は構想力で勝負を!

最後に古川さんに、迎えたばかりの令和の時代、官僚はどんな道を歩むべきか、聞いてみました。

そこで、印象に残ったキーワードは「構想力」でした。

「霞が関の良さはその構想力にあります。目標を据えたときに、自分たちの知恵を働かせて、よりよい社会の姿を描いていく。政治家は決して専門家ではありません。政治主導の中でも、官僚は専門家集団として、情報を的確に把握したり、知見を駆使したりして、政治に選択肢を示すのが重要な責務だと思います。それが官僚の使命感であり、責任感、そして気概ではないでしょうか」

今も、官僚を目指す学生や若手官僚と交流しているという古川さん。最近は、志をもって働くことのできる環境づくりも必要だと感じているといいます。その行く末を案じるがゆえに、率直な指摘や提言をしてくれました。そして、その言葉は私たちにとっても、示唆に富んだものだと思います。

皆さんはどう感じましたか?こちらのアドレスの投稿欄に意見をお寄せください。これまで同様、具体的な霞が関の問題や解決の取り組みの情報もお待ちしています。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/kasumigaseki/

社会部記者 中村雄一郎
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