親族の女性が信仰を始めたのは、私が大学3年生のときでした。
「何年かすれば脱会するだろう」
当初はそう考えていましたが、気付いたときには女性の夫も入信していました。
「一族のために頑張っている」と強い信仰心を持ち、献金のために借金もしたという女性。
私は会社を辞め、弁護士を目指すことを決めました。
全国霊感商法対策弁護士連絡会の1人、吉田正穂弁護士が自身の経験を語りました。
2023年3月20日社会
親族の女性が信仰を始めたのは、私が大学3年生のときでした。
「何年かすれば脱会するだろう」
当初はそう考えていましたが、気付いたときには女性の夫も入信していました。
「一族のために頑張っている」と強い信仰心を持ち、献金のために借金もしたという女性。
私は会社を辞め、弁護士を目指すことを決めました。
全国霊感商法対策弁護士連絡会の1人、吉田正穂弁護士が自身の経験を語りました。
30年余り前。
吉田さんの親族の女性が統一教会に入信したのは、自宅に信者が勧誘に訪れたことがきっかけでした。
ちょうど家庭内の問題に悩んでいたときで、信者が親身になって話を聞いてくれたということです。
その後、印鑑やつぼを購入して関連施設に通うようになり、信仰が始まりました。
当時、大学生だった吉田さん。
最初に知ったときは驚きましたが、何年かすればほかのことに夢中になって教団から離れるだろうと思っていたといいます。
ところが吉田さんが社会人になっても状況は変わりませんでした。
5年後には女性の夫も入信し、深刻になったと感じました。
親族の女性は献金のために借金もしていたということです。
吉田さんは統一教会に関する書籍を読み、信仰を続けることが本人のためにいいことなのか話し合いを始めました。
そのときには本人たちの信仰心を尊重して、頭ごなしに否定しないよう注意したそうです。
それでも吉田さんが反対するような意見を伝えると、親族の女性はそれまで見せたことのない形相で「一族のために、家族のために自分が苦しい思いをして頑張っているのに」と訴えたといいます。
吉田弁護士
「入信して6、7年たった頃に面と向かって言われて大きなショックを受けました。教団からは『先祖が地獄で苦しんでいるのを救わないと今の家族も救えない。その事実を無視するのはとても罪深いことだ』などと繰り返し言われていたそうです。その状態が続くことがいいことなのか不安に思いました」
親族であっても対話を進めることは容易ではない。
そう実感した吉田さんは元信者から話を聞いたり、被害回復の活動をしていた弁護士などに相談したりすることにしました。
しかし今回は難しいケースで相当の時間を要する可能性があるとか、自分の生活にも影響するかもしれないと言われたことで、いったんは頓挫します。
それでも女性の夫が病気で亡くなって1人暮らしになってしまったこともあり、吉田さんは会社を休み、一緒に生活しながら丁寧に話し合いを重ねたといいます。
そして入信してから8年後、本人の意思で脱会に至ったということです。
吉田弁護士
「過去に脱会した元信者の家族から話を聞く場を持ったり、専門家の意見を聞いたりしました。時間はかかりましたが、そういった場に本人がみずから足を運んで自身の判断で信仰を離れました」
吉田さんが感じたのは、宗教に関わる問題は相談先がほとんどないということでした。
同時に親身になって寄り添ってくれた人たちへの感謝の気持ちを忘れたくないという思いが芽生えたといいます。
吉田弁護士
「印象に残っているのは、自分の家族が脱会したあともほかの家族のために体験談を話すなど、お金ではなく共通の気持ちだけで支え合っている人たちの姿です。自分も支援に携わりたいと強く思いました」
そして勤務していた大手企業を退職し、弁護士を目指すことを決めました。
そう決意した背景には、普遍性があると感じたことがあります。
「自分が企業で働くなかで、当時の日本社会がカルトの問題と親和性があると感じました。若い人は睡眠時間を削って働いて、思考が十分にできない状態になることもありましたし、人間関係は学生時代よりも会社の人間関係が主になって会社の中にどっぷりと浸かる。当時は組織のために身を粉にして働く傾向が強いと実感していたので、こうした問題は誰にでも起こりうると思ったんです」
2004年に37歳で司法試験に合格した吉田さんは、横浜市で弁護士として活動を始めます。
旧統一教会に関連する相談のほか、新興宗教や開運商法に絡む問題にも対応してきました。
去年7月に安倍元総理大臣が銃撃された事件のあとは相談が増え、吉田さんの過去の経験を知って依頼に来る人も少なくありませんでした。
「ご親族も私と同じような境遇にいたと知り、この弁護士さんなら気持ちをわかってくれると思って依頼しました」
去年11月に吉田さんの事務所を訪れたのは、30代の元信者の女性とその夫。
女性は19歳のときに都内の駅で「アンケート調査に回答してほしい」と声をかけられ、統一教会とは知らずに入信したといいます。
幼いころに母親を亡くした女性は信者から勧誘を受けた際、母親の死について言及されたそうです。
そして連れられて行った展示会などで「先祖の供養になる」といった趣旨の話をされ、宝石などを購入したということです。
吉田さんが相談を受けるなかで、元信者の女性と夫は相談に踏み切るまでに夫婦の間で葛藤があったとも打ち明けました。
女性は2017年に脱会して結婚しましたが、入信していたことを夫から責められることもあったからです。
しかし去年の銃撃事件以降、夫はそれまで詳しく知らなかったことや同じような被害を訴えている人が多くいることを知り、女性の気持ちに寄り添えるようになったということです。
元信者の女性
「勧誘されて購入したものについては諦めるしかないと思っていましたが、夫が理解してくれて背中を押してくれたことで相談する勇気を持てました」
そして2月に始まった全国統一教会被害対策弁護団が献金の返金などを求める「集団交渉」にも参加することになりました。
吉田さんが弁護士になってから旧統一教会をめぐる被害回復の相談を受けたのは30件以上にのぼるということです。
今回、吉田さんが親族が入信していたことについて初めて名前を出して取材に応じたのは、こうした問題を知らない人に少しでも関心を持ってほしいという思いがあったからです。
事件を受けていわゆる2世などの支援のあり方にも課題を感じているという吉田さんは、「本当に必要な人に支援が届いていなかったのかもしれない。弁護士はどこまで役に立てるのだろうか」と今後に向けた課題を口にしました。
吉田弁護士
「『霊能師』をかたって勧誘してくるケースなど、私たちが『ミニカルト』と呼ぶような被害相談は多くあります。人の善意につけ込んで悪用したり、コントロールして支配したりする手口を社会からなくせるよう今後も取り組んでいきたいと考えています」
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