証言 当事者たちの声青信号を渡っていたのに ~絶たれた“マン画家”の夢

2022年12月9日社会 事故

ウインクしながらピースサインをつくる音織(ねおり)さん。

ピンク色のメガネがお気に入りでした。

3年前、小学校への登校途中に起きた交通事故。

命を奪ったのは信号無視の車です。

納得できない苦しみを抱きながら、母親は天国にいる娘にしてあげられることを続けてきました。

母親が振り返る事故当日のこと、そして娘への思いです。

(富山放送局記者 杉山加奈)

元気よく小学校に向かった娘

2019年4月23日。
あの日はいつもと変わらない朝でした。

夫は早く出勤したため、中学生の長女と小学3年生だった次女の音織が食卓につきました。

後片付けを済ませたあと、音織の髪を結んでお気に入りのハーフアップに。

ランドセルを背負うといつもねじれてしまう肩ひもを直してあげて。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」

元気よく自宅を出て、小学校に向かいました。

音織さん

およそ30分後。
小学校の先生から連絡が入ります。

「交通事故がありました。すぐに来てください」

現場の横断歩道

現場に急いで駆けつけると、救急車のそばにランドセルが置かれていました。

音織のもので、よく見ると血がついています。

救急車には一緒に登校していた仲よしの友だちが乗せられていました。

「娘はどこですか?」
「娘さんはすでに病院に搬送されました」

救急隊員に聞いても詳しい容体を教えてくれなかったので、とにかく病院に向かうことにしました。

今にも目を覚ましそう

病院には車で向かいました。

ふだんなら15分ほどで着くのに、渋滞が起きていてなかなか着きません。

焦る気持ちを落ち着かせ、病院に到着したのは午前8時25分ごろ。

すぐに夫も駆けつけました。

待合室で1時間ほど待っていると、青い手術着を着たスタッフが状況を伝えに来ました。

救急隊が到着したとき心肺停止だったこと。
そして懸命に救命処置していることを説明されました。

それから1時間後。
病室に呼ばれました。

看護師がカーテンをひくと、ストレッチャーのようなベッドに音織が横たわっています。

声をかけようとしたそのとき、ベッドサイドのモニター画面が目に入りました。

画面に動きはなく、数字の「0」が表示されています。

数人いた看護師はみな無言でした。

音織の頭は帽子のようなもので覆われ、左右のほおには赤くすりむいたような傷が。

うっすらと開いているように見えた瞳は、今にも目を覚ましそうでした。

音織の手を両手で包むように握りましたが、握り返してはくれません。

あのときの柔らかいのにひんやりとした感触が今も忘れられません。

将来の夢は“マン画家”

1歳の誕生日のころ

音織は2011年3月30日に2570グラムで生まれました。

-音を織りなす-
音楽が好きな子に育ってほしい。

そんな思いを込めて夫が名付けました。

少し心配なこともありました。

3歳のときに遠視と診断されたのです。

そのため大きめの矯正用のメガネをかけることに。

嫌がるかなと思いましたが、メガネをかけた姿が気に入ったようで自分の顔を描くときには必ずメガネを描き入れて、音織のチャームポイントになりました。

幼稚園のとき

音織はおしゃべりが好きで、初対面の人にも人見知りしない明るい子でした。

幼稚園に入ると音楽よりも絵を描くことに夢中に。

お気に入りのキャラクターを描いては見せてくれ、小学校で起きた出来事などをよく漫画にしていました。

事故の少し前、3年生になって書いた自己紹介カードにも、将来の夢を「マン画家」と記していました。

でも、その夢が叶うことはもうありません。

3年生になったときに書いた自己紹介カード

事故原因は信号無視

千葉県木更津市で突然、最愛の娘を失った日のことを語ってくれた母親の安藤正恵さん。

事故の詳細を知れば知るほど、受け入れることはできなかったと振り返ります。

母親の正恵さん

現場は片側2車線の県道で、見通しのよい交差点です。

事故を起こした車は赤信号を無視して交差点に入り、横断歩道を渡っていた音織さんと友だちの女の子をはねました。

車のスピードはおよそ60キロ、ブレーキを踏んだ形跡はありませんでした。

音織さんは30メートルほど飛ばされ、一緒にいた友だちは今も意識不明のままです。

友だちの両親は深夜も欠かさず3時間おきに、たんの吸引や体の向きを変える介護をずっと続けているそうです。

歩行者用の信号は青だった

横断歩道には歩行者用の信号が設置されていて、音織さんたちは青信号を渡っていました。

49歳のドライバーは「ぼーっとしていて信号を見ていなかった」と供述。
過失運転致死傷の罪で起訴されました。

裁判の判決などによるとドライバーは過去に複数回、交通違反や人身事故を起こしていて、事故の5年前には免許の取り消し処分を受けています。

妻から運転適性がないと運転を止められていたにもかかわらず、1年後には再び免許を取って運転を続けていました。

裁判で信号無視の理由を問われた際には、「いつも青信号だったので、あの日も青信号だと思った」と繰り返し話したということで、正恵さんは怒りがこみ上げたといいます。

「どうしてブレーキをかけてくれなかったんだろうって。普通に目を開けて運転していたのならブレーキを踏めたはずだと思うんです」

判決で、裁判長は次のように指摘しました。

「被告は事故現場までの数百メートルにわたり、信号などに一切注意を払わずに漫然と運転していた」

「亡くなった女の子は無限の可能性に満ちた将来を奪われ、大けがをした女の子は一度も意識が回復せず延命治療が続けられていて、取り返しのつかない結果が生じた」

そして言い渡された禁錮3年6か月

同じような事案の量刑傾向を踏まえた判決でしたが、正恵さんにとってはあまりにも“軽い”と感じざるを得ませんでした。

消えない後悔

「私が付き添っていれば事故に巻き込まれずに済んだかもしれない」

正恵さんは事故のあと、自分を責め続けたといいます。

信号無視のドライバーが起こした一方的な事故と頭ではわかっていても、心の整理がつかないのです。

音織さんが描いた絵

あの日のことだけではありません。

日曜日の夜、少しだけぜいたくをするのが家族の楽しみで、近所のスーパーに揃って買い物に出かけ、献立を考えてきました。

音織さんの大好物はマグロです。

ただ正恵さんはちょうどいいマグロがなかったので、サーモンにしました。

「どうしてマグロを選ばなかったんだろう」

「楽しみにしていたカラオケにも連れて行ってあげられなかった」

そんな些細なことを思い起こしては悔やんでしまうのです。

「宿題頑張ったね」

一方で、音織さんにしてあげられたこともありました。

音織さんがかけていたピンク色のメガネは事故の衝撃でバラバラに壊れてしまいました。

「天国で困っているかもしれない」と考え、新しく買い直しました。

新品のメガネは仏壇に供えている

四十九日が過ぎたころには、警察から音織さんが当日背負っていたランドセルが戻ってきました。

中には教科書とノートがそのまま残っています。

そういえば宿題をやっていたなとノートを見ていると、手が止まりました。

あの日、学校で提出するはずだった漢字の宿題です。

正恵さんは「宿題、頑張ったね」と語りかけて、赤鉛筆で大きな丸をつけてあげました。

音織さんの漢字ノート 正恵さんが赤丸をつけた

娘の死をむだにしたくない

ことし6月、正恵さんは交通事故の被害者遺族として初めて講演を行いました。

警察署で講演(2022年6月)

「悲しみが癒えることはないけど、悲しんでばかりでは天国にいる音織が心配してしまう」

正恵さんは事故から3年以上たった今も臨床心理士などによるカウンセリングを受けています。

これまで新聞やテレビの取材も応じていませんでした。

それでも音織さんの死をむだにしないためにも何か行動したいという思いが芽生えたといいます。

今回の事故のあとも千葉県八街市で児童の列に車が突っ込み、5人が死傷するなど事故は相次いでいます。

正恵さん
「どんなに気をつけていても避けられない事故はあるかもしれませんが、自分の経験を伝えることでほかの人たちが犠牲にならないように、少しでも何かのきっかけになればいいなと思っています」

取材後記

私(記者)が正恵さんと初めてお会いしたのはことし4月でした。

手紙やメールで数回やりとりしたあと、自宅を訪ねました。

病室で対面したときのことなど話しづらい質問にも「お役に立てるなら」と快く応じてくれましたが、うつむきながら苦しい胸の内をとつとつと話す姿に、質問を重ねることはできませんでした。

正恵さんは今後、被害者の心をケアする支援にも協力したいと考えているそうです。

「同じ悲しみを持つ当事者だからこそ寄り添い、支えることができるかもしれない」

音織さんのために前を向こうとする姿が強く印象に残りました。

  • 富山放送局記者 杉山加奈 2018年入局 
    前任の千葉放送局で発生時に現場に駆けつける。継続してこの事故を取材。

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