「やめてくださいと言おうと思いました。でも恐怖心が強くなり、抵抗できませんでした」
アロママッサージ店の経営者に、わいせつな行為をされたと被害を訴えた女性。
しかし経営者は、当初、罪に問われませんでした。
同意があると思い込んでいたと主張された場合、その主張を覆すことが難しいと検察から説明されたのです。
女性は怖くて声が出せなかっただけなのに。
(京都放送局記者 中村りお)
※5月1日更新
※※7月13日更新
※※※8月30日更新
2023年2月3日社会 事件
「やめてくださいと言おうと思いました。でも恐怖心が強くなり、抵抗できませんでした」
アロママッサージ店の経営者に、わいせつな行為をされたと被害を訴えた女性。
しかし経営者は、当初、罪に問われませんでした。
同意があると思い込んでいたと主張された場合、その主張を覆すことが難しいと検察から説明されたのです。
女性は怖くて声が出せなかっただけなのに。
(京都放送局記者 中村りお)
※5月1日更新
※※7月13日更新
※※※8月30日更新
この記事では性被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細について触れています。フラッシュバックなど症状のある方はご留意ください。
京都市に住む女性です。初めて訪れた店で性被害を受けたと訴え続けてきました。
女性の証言をもとに事件の経緯を振り返ります。
2018年1月、女性は美容関係の人気アプリで、さまざまな資格を取得しているという記載があり、口コミの評価も高かったアロママッサージ店を見つけて予約しました。
店を訪れたのは夜。複数のスタッフがいると思って入店したところ、店内にいたのは経営者1人だけだったといいます。
密室で2人きりという状況に不安を感じましたが、いきなり帰ることもできず、マッサージを受けることにしました。
違和感を覚えたのは、マッサージの終盤。徐々に手が下着の中に入ってきて、胸を触られているように感じました。
「自分の勘違いかもしれない」
当初はそう思いましたが、無言のまま行為はエスカレートしていき、女性は恐怖と混乱で声が出せなくなったといいます。
体はこわばり、できたのは耐え続けることだけだったと振り返ります。
女性
「最初はやめてくださいと言おうと思いましたが、部屋は密室でほかに誰もいない状態でした。大声を出して、首を絞められたらどうしよう、殺されたらどうしようと恐怖心が強くなり、抵抗できませんでした」
女性は店を出たあとすぐに友人に相談し、翌日、警察に被害届を出しました。
警察は女性に事情を聴くなどし、2019年6月、この店の53歳(逮捕時点)の経営者を準強制わいせつの疑いで逮捕しました。調べに対し当時、「女性に拒絶されなかったから続けた」と供述したということです。
その後、女性は検察からの聴き取りで、想像もしていなかったことを告げられます。
経営者は行為の一部始終を盗撮していて、警察は動画を押収していました。その動画を見た検察官は、動画の中の女性には性的快感を覚えたと受け取られかねないような反応が見られるというのです。
検察官は、女性が目立って抵抗をしておらず、相手が行為に同意していると思い込んでいたと主張すれば、無罪になる可能性があると説明したということです。
2019年9月、検察は経営者を嫌疑不十分で不起訴にしました。
不起訴
・検察官が刑事裁判を開くことを求めず、捜査を終えること。女性
「抵抗して、例えば殴られたり傷つけられたりすれば、やっと性犯罪だと認めてもらえるのだろうかと思いました。私は被害者ではないのかと、怒りと絶望でいっぱいになりました」
女性はその後、不起訴処分を不服として検察審査会に申し立てました。
検察審査会は、知らない男性と密室にいる状況で、すべての女性が抵抗や拒否ができるはずはなく、女性が同意していないことは明らかだとして不起訴は不当だと議決。これを受けて検察は再捜査し、2021年6月、一転して経営者を準強制わいせつの罪で起訴しました。
女性が警察に被害の相談をしてから3年半近くがたっていました。
検察審査会
・検察審査会は検察官が事件を刑事裁判にかけなかったこと(不起訴処分)のよしあしを審査するようやく開かれた裁判の初公判。
被告側は胸を触るなどの性的な行為については認めました。一方で「女性には受け入れていたとみられる態度がみられ、同意があったと考える」として、無罪を主張しました。
被告人質問では、同様の行為をほかの女性客にも繰り返していたと発言。その数はのべおよそ100人で、嫌がっていたかどうかについて、考えたことはなかったと主張しました。
嫌がられたことはありませんでしたか?
明確にはありませんでした。みな満足して帰っていきました。
拒否を言い出せない可能性や本当は嫌かもしれないと考えたことはありますか?
ありません
検察は「女性が同意したことはなく、抵抗しないと見るや性的部位を触った卑劣な行為だ」と述べ、懲役3年を求刑。
一方、被告は審理の最後に「抵抗できるはずなのに抵抗していないのは、望んでいたという明らかな証拠です。女性は一夜限りの恋を楽しんでいた事実を隠し、うその被害届を提出した」と話し、改めて無罪を主張しました。
2022年9月の判決。
京都地方裁判所は被告に懲役2年の実刑を言い渡しました。
川上宏 裁判長
「女性が性的快感を覚えたような反応を示したとしても、刺激で生理的な反応として生じてしまうことも十分考えられる。女性は他人には話しづらい性被害を知人や警察に申告をしていることなどから、同意していたとは認められない。性的サービスの提供を何らうかがわせていない店舗を初めて訪れ、初対面の被告と2人きりの状況でわいせつな行為を受け、困惑や恐怖心などによって抵抗が困難な状態になった。そうなったことを被告が認識していたことは明らかだ」
判決を受けて被告はその日のうちに控訴しました。
(※追記 2023年3月28日、2審の大阪高等裁判所は1審に続き、懲役2年の実刑判決を言い渡しました。その後、最高裁判所に上告されています)
(※※※追記 2023年8月、最高裁は上告を退ける決定をし、懲役2年の実刑判決が確定しました)
一方、女性は涙を流しながら判決までの4年半を振り返りました。
「すごく長くて大変でした。4年半の間、事件のことを忘れることができませんでしたが、今回の判決で気持ちも落ち着き、一区切りできたと思います。不起訴のままだったら、この事件がなかったことにされて明るみにならず、まだまだ被害者が増えていたかもしれません。訴えてきたことは無駄ではなかったと感じています」
実刑判決が言い渡された事件が、なぜ当初は不起訴という“なかったこと”にされたのか。
刑法が専門で、性犯罪に詳しい立命館大学法学部の嘉門優教授は、背景に刑法の条文の解釈の難しさがあると指摘します。
嘉門教授が特にその難しさを指摘するのが、「抗拒不能」という言葉です。
「抗拒不能」は被害者の抵抗が著しく困難な状態という意味です。
準強制性交や準強制わいせつは、抗拒不能か心神喪失でなければ罪は成立しないと解釈されています。
しかし、嘉門教授によると被害者がどのような心理状態に陥った場合に抗拒不能と認められるのか、その判断は非常に難しく、明確な基準もないということです。
各地の裁判でもこの解釈をめぐって判断が分かれ、無罪判決が出た例もあります。
このため法務省の法制審議会の部会では、あいまいだった解釈をより明確にしようと、専門家の意見をもとに、法律の改正に向けた議論が進められています。
これまでに公表された試案では▽強制性交▽準強制性交▽強制わいせつ▽準強制わいせつの4つの罪を構成する要件について、具体的に次の8つの行為が示されました。
心神喪失
・精神の障害やアルコールの影響などで、物事の是非や善悪を判断し、これに従って行動する能力が全くない状態。(1)「暴行や脅迫を用いること」
(2)「心身に障害を生じさせること」
(3)「アルコールや薬物を摂取させること」
(4)「睡眠、そのほか意識が明瞭でない状態にすること」
(5)「拒絶するいとまを与えないこと」
(6)「予想と異なる事態に直面させ、恐怖させたり驚がくさせたりすること」
(7)「虐待に起因する心理的反応を生じさせること」
(8)「経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること」
この8つの要件に照らせば、今回の京都の事件は(6)「予想と異なる事態に直面させ、恐怖させたり驚がくさせたりすること」に該当する可能性があります。
立命館大学法学部 嘉門優教授
「要件が列挙されることで、こういった状態での行為は性犯罪なのだという認識が広がり、処罰に値する事件に対して正しい対応がなされると期待しています。現状では、被害者が事情聴取で『なぜ抵抗しなかったのか』『抵抗できなかったのか』と問い詰められるという問題があると指摘されています。条文が変わればそのような事態はなくなり、列挙された状態に追い込まれた被害者は性行為には同意していたわけはないとされ、門前払いといった事態は避けられるようになると思います」
一方で、えん罪事件を防ぐ観点などから「処罰対象が広がるのではないか」「処罰に値しないものが含まれる可能性がある」といった指摘も部会の一部の委員から出ています。
国はこうした議論をもとに、法改正に向けた検討を進めることにしています。
性被害を訴え、判決まで4年半かかった女性。この法改正の動きに期待を寄せています。
女性
「最初に不起訴とされたとき、検察官から『今の法律では』という言葉がたくさん出ました。ほかにも私のように門前払いされ、泣き寝入りしてる人がいるのではないかと思います。加害者側が処罰されなければ性犯罪は繰り返されます。早く法律を変えて声を上げられない被害者を救ってほしいです」
私(記者)は性被害は絶対にあってはならないという思いで、これまで事件の取材を続けてきました。女性は「絶対に泣き寝入りはしたくない」と強い意志で何度も取材に応じてくれましたが、裁判の終盤にさしかかったころ、疲れた顔で「泣き寝入りする人の気持ちが分かります」と口にしました。
女性はこの4年半、警察署や検察、そして裁判所に足を運び、何度も被害の内容を詳しく語り、盗撮された動画も多くの人に見られました。その悔しさや悲しみ、憤りは計り知れません。今回の取材を通じて、これまでどれだけ多くの被害者が泣き寝入りしてきたのかを想像すると、一刻も早く被害の実態に即した対応をとる必要があると思いました。
(※※追記 2023年7月13日、「強制性交罪」「準強制性交罪」の罪名を「不同意性交罪」に、「強制わいせつ罪」「準強制わいせつ罪」を「不同意わいせつ罪」に変え、同意がない性行為は犯罪になり得ることを明確にした改正刑法が施行されました)
京都放送局記者
中村りお 2020年入局
障害者福祉や性犯罪の問題を中心に取材
26年前、逆恨みした男に妻の命を奪われた弁護士。老いや病と向き合いながらも力を振り絞り、犯罪被害者のために声を上げ続けている。絶望から立ち上がり、日本の司法を変えた闘いの軌跡
2023年7月28日
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2023年5月29日
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