証言 当事者たちの声夫はなぜ命を奪われたのか~「真相」に迫れない制度の壁

2022年11月11日裁判 事件

私の夫です。

3年前、児童養護施設で勤務中に包丁で刺されて亡くなりました。

親代わりとなって成長を見守ってきた施設の卒業生に刺されたのです。

なぜ命を奪われたのか。

理由をどうしても知りたくて、捜査にもできる限り協力しました。

しかし届いたのは、起訴になったことを知らせる2行の通知。

そこには夫の名前すらありませんでした。

(社会部記者 間野まりえ 守屋裕樹/社会番組部ディレクター 大藪謙介)

児童養護施設で同僚だった夫

私が夫と出会ったのは勤めていた児童養護施設でした。

夫は施設の子どもたちの誕生日が来るたび、ひとりひとりにギターの弾き語りをして、お祝いをすることもありました。

休みの日でも「きょうじゃないとだめだから」と施設に駆けていく夫の姿を昨日のことのように覚えています。

施設での大森信也さん

16歳を迎えた子どもにはこんな自作の歌をプレゼントしていました。

「誕生日おめでとう もしもきみが20歳になって私と飲みに行くなら ここにいた日々を思い出して 朝まで飲み明かしましょう」

大森さん手書きの楽譜

お誕生日をちゃんとお祝いすることで、『生まれてきてよかったんだよ』と伝えたかったんだと思います。

小さい子どもたちはとても喜んでいたみたいですし、斜に構えた年代の子どもたちも多い中で、言葉よりも音楽の方が思いが伝わると思ったのかもしれません。

リクエストされたヒット曲を歌うことも(中央が大森さん) 

夫は施設の子どもたちを「うちの子」と呼んで、実の親のように温かく見守り、子どもたちが施設を退所したあとも、しっかり自立できるようにと支援を続けていました。

生前、夫は施設の子どもたちとの関係についてこのように語っていました。

生前の大森信也さん(2014年)

そんな夫を、最初は職場の先輩として、結婚して退職してからは家族として、20年以上見守ってきました。

2人の子どもを授かり、夫婦で子どもたちの成長も楽しみにしていました。

これからもずっと一緒に生きていくと思っていたのに、これから起こるすべてのことで隣に夫はいないんだなということを思い知らされます。

亡くなってしまって心に穴があいたような、そんな気持ちです。

刺された理由はいまもわからないまま

大森真理子さん

取材に応じてくれた大森真理子さんです。

夫の信也さん(46歳)は、東京都内の児童養護施設で施設長を務めていた2019年2月25日、包丁で刺されて亡くなりました。

警視庁によりますと、刺したのは施設でかつて暮らしていた当時22歳の卒業生で、倒れている信也さんのそばに立っているところを職員が見つけて通報。駆けつけた警察官にその場で逮捕されました。

傷は10か所以上にのぼったといいます。

卒業生は、事前に100円ショップで包丁を買って施設に来たということで、逮捕直後、「施設の関係者なら誰でもよかった」などと供述したということです。

退所後も自立を支援 そのさなかに起きた事件

虐待などで親元を離れ、施設で暮らす子どもたちは、「児童福祉法」のもと、原則18歳で退所し自立することが求められています。しかし相談先や頼れる人が見つからず、大学に進学できなかったり就職しても長続きしなかったりするケースは少なくありません。

信也さんを刺した卒業生は、15歳から3年間を施設で過ごしました。高校卒業後、就職して施設を退所しましたが、数か月で辞めていました。その後は警備会社や物流会社など、派遣の仕事も含めて数十の職場を転々としていたといいます。

信也さんは、そんな彼のことを気にかけ、施設にいる子どもたちのケアに忙しくしながらも、関係者によると仕事や住まいの確保をサポートし、アパートの連帯保証人まで引き受け、親代わりとなって接していました。

また、この卒業生は「壁に盗聴器が仕掛けられている」などと言って、アパートの壁をハンマーで壊してしまうトラブルを起こしましたが、信也さんは施設の費用でアパートの修繕費100万円ほどを肩代わりし、自治体に相談して新たな住み込みの仕事につなげるなどサポートを続けたということです。

しかし働き始めて3か月がたったある日、突然姿を消し、信也さんたち施設の職員も連絡がとれなくなってしまいました。

信也さんが刺されたのはその2か月後。警視庁によりますと、直前はインターネットカフェを転々としていたといいます。逮捕されたときの所持金は数百円だったということです。

大森真理子さん
「ショックでした。何が起こったんだろうと。夫は『自立というのは全部自分でやるということじゃなくて、上手に人を頼って生きていくこと』だと子どもたちに伝えようとしていました。そのサポートをしていた相手に命を奪われたということは、『なぜ』という思いと、とにかく『悲しい』という思いでしかなかったです」

検察から届いたたった2行の文書

大森さんは、全容を解明してほしいという一心で警察の捜査に協力しました。

しかし3か月後、東京地検から届いたのは、この卒業生が「起訴」となったことを知らせるたった2行の文書でした。

専門家による精神鑑定を行った結果、当時は心神喪失の状態だった可能性が高いというのが理由でした。

大森さんの「裁判で何があったのかを明らかにしたい」という願いはかないませんでした。

次に望みをかけたのは、事件の証拠や関係者の供述をまとめた捜査記録です。起訴でも殺人事件の遺族であれば閲覧することができます。

しかし、開示された記録は、現場の写真など当時の状況がわかる資料を除いてほとんどが黒く塗りつぶされていました。
事件に至るまでの経緯や詳しい供述について知ることはできませんでした。

大森真理子さん
起訴を知らせる書類に書かれていたのは、相手の名前と殺人事件だということだけで、たったの2行だったんです。夫の名前もありませんでした。
まぎれもなく、ひと1人が亡くなっているのにそのことがなかったかのようにされている、夫の存在もなかったようにされていると感じ、とてもつらかったです」

医療観察法の壁

起訴になった卒業生は、その後、検察の申し立てによって、医療観察法に基づく「審判」を受けることになりました。

医療観察法
心神喪失心神耗弱の状態で殺人や放火などの重大事件を起こした人物に、適切な医療を提供して社会復帰を促すことを目的とした法律。

起訴処分になるか無罪などが確定した場合、この法律に基づいて裁判官や精神医療に詳しい医師による「審判」が行われる。その結果に応じて国指定の医療機関で専門的な医療が提供されるなど、病状の改善や再発防止が図られる。

審判を傍聴すれば、何が起きたのかがわかるかもしれない。そう望みをかけた大森さんは、ここでも壁に直面しました。

審判での質問は社会復帰後の生活や仕事などについてが中心だったということです。
さらに、審判には刑事裁判のような「被害者参加制度」も設けられていません。

大森さんは、「法律の規定によって傍聴した内容は明らかにできないんです。でも、私が納得できる事件の真相は最後までわからないままでした」と話していました。

被害者参加制度
被害者や遺族が、刑事裁判に参加する制度。
殺人や傷害、危険運転致死傷のように故意に命が奪われたり人が傷つけられたりした事件などで適用される。
「被害者参加人」として法廷で検察官の隣などに座り、被告や証人に直接質問したり、刑の重さについて意見を述べたりできる。
2008年に導入されるまでは、傍聴席で傍聴するか証人として検察官などの質問に答える形でしか意見を言えなかった。

目の前に卒業生がいるのに、大森さん自身が当時の状況やいまの心境を問いかけることはできませんでした。

医療観察法に基づく審判に被害者参加制度を設けていない理由について、法務省は次のように回答しています。

法務省の担当者
「刑事裁判は刑の重さを決めるもので被害者の処罰感情などは量刑に影響する。一方、医療観察法の審判は社会復帰のあり方やどのような治療が適切かを決めるためのもので、被害者の心情を直接反映させることは適切ではないと考えられていると理解している

大森さんは、審判が真相を知るためのものではないことに愕然としたといいます。そして、もしかなうなら、直接卒業生に語りかけたいことがあると話しました。

大森真理子さん
「夫がもしも生きていたなら、おそらくきっと『なぜ』という部分、彼が何をそんなに抱えていて事件を起こしたのか、知りたいのではないかと思うんです。それを問いかけてみたいなと思います。私も、彼に対しては、突然大事な人がいなくなるということがどれだけ大変かということを伝えたい。難しいということはわかっているんですけど…。でもどの人にもそういう人とのつながりがあって、だからこそ本当に命を大事にしてほしいなと思います」

前に進むために­ 大森さんの決断

大森さんは、審判が終わったあともあきらめきれず、保護観察所に何度も通って情報提供を求めました。しかし教えてもらえたのは、期待していた内容とはほど遠いものでした。

このままでは夫の死がむだにされてしまう。その危機感から、社会へ訴えることを決めました。

同じような事件の遺族にも出会い、弁護士とともに 「医療観察法と被害者の会」(通称:がじゅもりの会)を設立。去年7月、法務省に対して、心神喪失起訴となった事件の遺族や被害者にも、意見陳述の機会の確保や事件記録の閲覧範囲の拡大などさまざまな権利を認めてほしいと要望しました。

要望書を提出した大森さん(右)

そしてことし6月には都内でシンポジウムを開催。それまで匿名で活動してきた大森さんは、初めて実名を明かしたうえで、加害者が今後の人生を生きていくうえでも制度を変えて欲しいと訴えました。

大森真理子さん
「加害者の円滑な社会復帰を望むなら被害者の存在抜きでは考えられないと思います。
放置された被害者、そこに突然、(加害者から)謝罪をしたいと連絡が来たとします。本来喜ばしいことなのかもしれませんが、それまでの経緯で何も知らされていなければ心に折り合いをつけることもできず、いままで一体何をしていたのかと、むしろ怒りの感情がわくことでしょう。知らない、わからないでは不安、おそれを生むと思います。そしていつか憎悪に変わるのではないでしょうか。私はこの負の連鎖を断ち切りたいと思います」

この日、講師として招かれた法務省の担当者は「制度のあり方について検討を行っていく必要がある」と述べました。

被害者が尊重され、誠意をもって情報が開示される社会。その実現を目指して、大森さんは訴え続けていきたいとしています。

大森真理子さん
「当然知ることができると思っていたことを知ることができず、何度も落胆して、あきらめるような気持ちになったのも事実です。ただ、ほかにも声を上げている人がいると聞いて、何かできることがあるのではないかと思って少し動きだしたという感じです。
被害者が置き去りにされていて、知りたいことを知ることができないという現状があることをまず知っていただきたい。一般の刑事事件との差がこれだけあるんだということを理解してもらい、一緒に考えていただきたいと思います」

取材後記

ことし6月、子どもたちへの自立支援をめぐって大きな動きがありました。

児童養護施設を退所した子どもへの継続した支援を求める声が高まり、改正児童福祉法が成立。原則18歳までとなっていた年齢制限が撤廃され、2024年度からは本人の意向があれば施設での生活を継続できることになったのです。

さらに、福祉制度を利用してもらうための調整などを行う拠点を都道府県ごとに設置し、住まいの確保や就労などの相談に応じることも自治体に義務づけられることになりました。

大森さんは「夫も一緒に喜んでいるだろうと思います。今後もこの流れを続けて、二度とこのような悲しい事件が繰り返されないようにしてほしい」とする一方で、「こうした支援が、事件が起きる前の段階であったら…」とも話していました。

信也さんは、頼れる家族のいない子どもたちの自立をサポートしたいと、懸命に子どもたちと向き合ってきました。
その日々が断ち切られ、遺族の「真相を知りたい」という願いも、起訴になったことや医療観察法という制度の壁によって、行き場のない苦しみに変わっていきました。

信也さんはいま何を思っているのだろうか。

大森さんが私たちに寄せてくれた手記には、こうつづられていました。

大森真理子さんの手記
「各地で懸命に生きている施設を巣立ったかつての子どもたち。いま現在暮らしている子どもたち。そこで支援している職員の方たちをどうか温かく静かに見守ってほしい。そして、この世が、実直に生きている人が報われる社会であってほしい。それを作っていくために皆で考え、行動してほしいと願っているのではないかと思います」

その願いに社会は応えることができるのか。これからも取材を続けていきたいと思います。

  • 社会部記者 間野まりえ 平成23年入局
    京都局・甲府局を経て社会部

  • 社会部記者 守屋裕樹 平成24年入局
    仙台局、気仙沼支局を経て社会部厚労省担当

  • 社会番組部ディレクター 大藪 謙介 平成20年入局
    名古屋局、政治番組部を経て社会番組部

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