証言 当事者たちの声“夢まであと一歩だった” 息子の遺志を継ぐカフェ

2023年1月6日事故

「コーヒーで人と人とをつなぎたい」

若者には、婚約者と一緒にカフェを開く夢がありました。
温めてきた夢がかなえられようとしたその直前、交通事故で帰らぬ人となりました。

一度は絶たれた夢。
いま、彼のふるさとで、その遺志が受け継がれています。

(熊本放送局 山本未来)

コーヒーに魅せられて

深迫忍さん、29歳。
熊本市出身で、大学進学とともに上京し、東京で生活していました。

コーヒーとの出会いは、大学時代でした。

立ち寄った喫茶店で飲んだコーヒーの味にその奥深さを感じ、一流のバリスタを目指すことを決めました。

バリスタの世界チャンピオンが展開する都内の店でアルバイトをしたいと、この店に通い詰めたといいます。

忍さんの熱意に押され、大学生のアルバイトは採用していなかったこの店で働くことができたということです。

就職活動はせずに、コーヒー店で働き続け、豆のばい煎も任されました。

休日には都内の有名店をまわり続ける、まさに「コーヒー漬け」の日々を送っていたといいます。

温めてきた夢

一流のバリスタを目指して10年がたとうとする中、ひそかに温めていたのが「30歳になったら、ふるさとでカフェを開く」という夢でした。

翌年には、同じバリスタだった婚約者とともに地元・熊本に戻り、「癒やされる場所をつくりたい」と思い描いていたといいます。

夢の実現に向けて、すでに設計会社とも相談を始めていたということです。

友人
「彼をひと言で表すと『人情』。人とのつながりをとても大切にする人でした。どんなに忙しくても絶対に直接人と会うことを大事にしていました」

常連客
「彼には『人を巻き込む力』がありました。忍さんに会うために店を訪れていた人も多くいました」

夢まであと一歩だった

バリスタを始めて10年近く。忍さんは“エアロプレス”と呼ばれる器具を扱うコーヒーのプロたちが抽出する技を競う国内大会に、店を代表して出場することが決まりました。

仲間たちと喜びをわかち合う様子が撮影された動画が残っていました。

大会出場が決まり仲間と喜ぶ忍さん(音声が流れます)

夢の実現に近づいた。
その13時間後、事故に遭ったのです。

事故が起きたのは、勤務先の駐車場でした。

この店には2日に1回、コーヒーの豆をトラックが配達していました。

2019年7月9日の午後1時20分ごろ。

この日もトラックが到着し、忍さんは豆を降ろすためにばい煎所から駐車場に出た直後、バックしてきたトラックにはねられたのです。

運転手は裁判の中で「アクセルとブレーキを踏み間違えた」と話していたということで、過失運転致死の罪で、執行猶予のついた有罪判決を受けました。

遺志を受け継ぐ決意

父親の祐一さんと母親の祥子さん

熊本市に住む父親の深迫祐一さん(62)と母親の祥子さん(54)です。

「ふるさとでカフェを開く」

忍さんは亡くなる前、祥子さんにそう打ち明けていました。
事故の後、悲しみに暮れる日々だった両親は、忍さんの四十九日にある決意をしました。

祥子さん
「忍の夢を、私は聞いていました。息子はこんな自分の姿を望んではいない、私がやらないとと思ったんです」

未知の世界に飛び込む

2人は、コーヒーに関する知識はありませんでした。

祐一さんは、喫茶店で働く若者たちから話を聞いたり、専門書を読んだりするなどして、専門的な知識が求められるばい煎機やコーヒー豆への理解を深め、自分なりの“おいしい”コーヒーのいれかたを磨いてきました。

祥子さんは、できるだけたくさんのコーヒー店をめぐることで、癒やされる店の雰囲気作りを学び、理想の店の姿を描いていったといいます。

2人は自宅の車庫を改築し、数か月間かけて開店への準備を進めました。

祥子さん
「コーヒーや店の運営について何の知識もありませんでしたが『必ず店を開く』という思いで取り組みました。来た人が、実家に帰ってきたみたいな感じで、みんなが癒やされるお店を目指し準備を進めました」

そして、忍さんが30歳を迎えるはずだった2020年5月7日、熊本市の郊外に店はオープンしました。

店内は、カウンター2席に2人掛けのテーブル3卓と、お客さん1人1人に目が配れるようなつくりになっています。

店の名前は「Calmest Coffee Shop(カーメスト・コーヒー・ショップ)」。
ロゴは、忍さんの常連客の1人がデザインしました。

「Calmest」は「最も穏やかな」という意味の英単語で、「癒やされる場にしたい」という忍さんや両親の願いが込められています。

命の大切さを伝え続ける

「生前の忍を知る人たちに感謝の思いを伝えたい」
去年10月、祥子さんたちは東京で開かれたコーヒーのイベントに出店しました。

忍さんのかつての同僚たちと話す祥子さん

会場には、忍さんのかつての同僚や常連客など大勢の人たちが客として訪れました。
そのコーヒーにかける熱意に触れ、今まで知らなかった忍さんの一面を知る機会にもなったということです。

祥子さん
「忍がコーヒーでつながったたくさんの仲間たちと会えて、本当にうれしかったです。同窓会みたいで、本人も喜んでいると思います」

講演する祐一さんと祥子さん

そして、2人が取り組んでいるのが、命の大切さを伝える講演活動です。事故後のおととし4月から始めました。

祥子さん
「生きたくても生きられない人もいます。どうか命を大切にしてほしいです。息子のいれたコーヒーをいつでも飲める、いつでも会える。そう思っていました。しかし、もう二度と飲めなくなってしまった。人生一度だから、自分のために、自分を大切に思ってくれている人のために生きてほしいです」

祐一さん
「加害者になることは避けることができます。周りに注意を払い、緊張感を持って生活することです。ほんの一瞬の不注意がこれからの息子の人生を消し去ってしまいました。私たち家族や彼の友人の人生も大きく変えてしまいました。加害者となれば過失であっても許されず、一生償い続けなければいけないと肝に銘じてほしいです」

熊本県の高校で開かれた2人の講演。中には、涙を浮かべたり胸に手を当てたりしながら聴く生徒もいました。

男子生徒
「最近、自転車で事故を起こしてしまいました。そのときは自分のことしか考えられませんでしたが、今回の話を聞いて、もしあのとき自分に何かあったら親はどんな気持ちになっただろうと考えさせられました。自分自身、被害者にも加害者にもなり得るので、交通ルールをしっかり守って生活したいと思います」

女子生徒
「これが当事者の本当の気持ちなんだと思いました。家族が突然いなくなるのは考えられません」

2人は、学生や警察官などに1年半あまりで20回近く講演を重ねてきました。

「忍のところに行くまでは、命の大切さを伝え続ける」

祐一さんと祥子さんの決意です。

亡き息子の思いを紡ぐ

店のオープンから、およそ2年半。

店には、交通事故の遺族や様々な悩みを抱える人が多く訪れています。

祥子さんは「天国で、忍に『本当に頑張ったんだからね』と伝えて、褒めてもらいたい」と笑顔で話していました。

熊本市の郊外にある1軒のコーヒー店。
「コーヒーで人と人とをつなぎたい」という、亡き息子の遺志を両親が紡いでいます。

取材後記

ご夫婦は、営業している店の収益の一部を、事故や犯罪の遺族や被害者を支援する「コーヒーエイド」という活動にあてています。ことしは、チャリティーイベントを東京で行うことも予定しているということです。

私は入局してまもなく1年となります。事件や事故の取材を担当し、初めて”人の死”に触れる取材を経験しました。
忍さんの両親のお話を聴いて、大切な人と過ごす日常は決して当たり前のものではないと改めて強く感じました。
こうした思いを忘れず、日々の取材にあたっていきたいと思います。

  • 熊本放送局 記者 山本未来 2022年入局
    熊本県出身
    事件・事故の取材を担当
    “癒やし”を求め、私もたびたび通っています

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