証言 当事者たちの声プールの授業が奪った少年の未来 「僕は壊れてしまった」

2021年11月19日事故

「プールに飛び込んだのに、冷たいという感覚がほとんどなかったんです」

彼は、ベッドの上で当時のことを淡々と話してくれました。

高校3年生のとき、水泳の授業で教諭の指示どおりプールに飛び込み、頭を強打。

首から下が自由に動かせなくなりました。

あれから5年。

車いすに乗った彼は、自分に大けがを負わせたとして罪に問われている教諭と、法廷で向き合い、こう訴えました。

「1人の人を壊しちゃったんです。それくらいの気持ちでいてほしい」

日々の生活も、描いていた未来も、授業中の事故ですべてが変わってしまった青年が判決を前に思いを語りました。

(社会部記者 伊沢浩志)

判決後の取材をもとにした記事もあわせてご覧ください ↓
プールの授業が奪った未来 判決後に届いた1行のメッセージ

”何もできないことがつらい”

事故当時、高校3年生だった内川起龍さんは23歳になっていました。

自宅を訪ねると、ベッドの上から笑顔で迎えてくれました。

内川起龍さん

部屋には、人気アニメのキャラクターグッズがたくさん置かれています。

「毎日、介助してくれるヘルパーさんたちからのプレゼントなんです」

ちょっと照れくさそうに教えてくれました。

内川さんはプールの底に頭を強く打ち、けい髄(首の骨の中にある神経)を損傷。

入院や手術、検査を繰り返し、自宅に戻るまでに2年半かかりました。

車いすでの移動はできるものの、首が安定しないため長時間は座っていることはできません。

利き手の左手に強いまひが残ったため、右手に専用のベルトを着けて、そこにフォークをつけて食事をしています。

それでも、誤飲を防ぐため一口サイズに切ったものしか食べることはできません。

事故は授業中に起きた

事故があった都立高校のプール

内川さんが事故にあったのは今から5年前の平成28年7月。

東京・江東区にある都立の工業高校で行われていた水泳の授業での出来事でした。

その日、授業では飛び込みスタートの練習が行われていました。

生徒たちは、教諭が水面に差し出したデッキブラシを目印に、プールに飛び込んでいきました。

その指導は、スタート台からおよそ1メートル先の水面に差し出されたデッキブラシの柄を越えるように飛び込む、というものでした。

内川さんの直前に並んでいた別の生徒は、危険だと思ってデッキブラシの柄の下をめがけて飛び込みましたが、額をプールの底にぶつけていました。

それでも指導は続けられ、事故は起きました。

事故直後の内川さん(平成28年8月)

内川起龍さん
飛び込んだ直後、後頭部を打った感じがあって。息継ぎしようと両手や首をあげようとしてもあがらなくて。

プールに飛び込んだのに、冷たいという感覚がほとんどなかったんです。

水泳部だった内川さんは、教諭の指示にしたがってブラシの上を越えるように飛び込み、プールの底に頭を打ちつけました。

いつものスタートではブラシにぶつかってけがをすると思い、通常とは異なる飛び込み方をしたといいます。

病院に運ばれましたが、体を自由に動かすことはできなくなっていました。

将来の夢は水泳選手だった

スポーツ万能で、中学時代は体操部に所属していた内川さん。
つり輪競技では、関東地方の選手が集まる大会で6位に入賞するほどでした。

体操競技をする内川さん(中学生時代)

進学した高校には体操部がなかったため、小学生の時に習っていた水泳部に入部していました。

小学校の卒業アルバムには、「将来の夢は水泳選手」と書かれていました。

小学校の卒業アルバム

「選手は言い過ぎですよね。インストラクターぐらいです」

そう言ってはにかむ内川さん。今回取材で見せてもらうまで本人も忘れていたということですが、幼い頃夢見たプールで、悲惨な事故は起きてしまいました。

事故は内川さんたち家族の生活を一変させました。

3階建ての建物の2階と3階に暮らしていましたが、階段を上り下りできなくなったため、1階をバリアフリーの生活スペースに改修しました。

ベッドから車いすに移るためのリフトや、車いすのまま入れる風呂に、日常生活の大変さがうかがえます。

風呂をバリアフリーに

1階で母親が営んでいた店は、たたまざるを得ませんでした。

さらに、高校を卒業したら自動車業界で働こうと、就職活動を始めていたといいます。

「そんな大切な時に事故にあって、どんな気持ちでしたか」

思いきって尋ねてみました。

おなかに力が入らないため、大きな声で話すことが難しい内川さんの声が、さらに小さく感じました。

内川さん
初めのうちは治るかもしれないと思っていたので、就職活動が遅れることが一番気がかりでした。

でも、何日経っても体が全然動かないので、薄々気づいてはいましたが、「治らない」とはっきり言われたときは残念でした。自動車系の実習は苦手でしたが、事故がなければ就職して今ごろは頑張って食らいついて仕事していたのかなと。

僕、ベッドにいるときは何もできないんです。頭上げようとしてもできないし、上半身を起こすこともできないですし。

何もできないことがつらいです。

事故は刑事事件、そして裁判へ

事故はその後、刑事事件へと発展、異例の展開をたどりました。

指導をした松崎浩史教諭(49)が、プールの水深が浅いことを知りながら、デッキブラシの柄を水面から71センチ以上の高さに差し出して飛び越えるように指示し、内川さんに大けがを負わせたとして、業務上過失傷害の罪で検察から略式起訴されたのです。

「略式起訴」は、比較的軽微な事件を迅速に処理する手続き。

法廷で審理を行わず、検察官が提出する書面のみで処分が決まります。

被告が裁判所に出廷する必要もありません。

ところが、裁判所は「略式」での審理は相当ではないと判断し、正式な裁判を開くことを決めました。めったにないことです。

事故から5年後 2021年7月に初公判

ことし7月に開かれた初公判。

教諭は、起訴された内容について「間違いありません」と認めました。

公開の法廷で開かれた裁判に、内川さんは被害者参加制度を使って出廷しました。

検察官と並んで車いすに座り、じっと教諭を見つめる様子が今でも印象に残っています。

車いすに座っているのは2時間程度が限界だという内川さん。

安定しない体調をおしてまで裁判に参加しようと思ったのはなぜなのか。

その答えには、声に力がこもっていました。

タブレットで文字を打つ

内川さん
自分の裁判なので、参加しない理由はなかったですね。先生に直接聞きたいことがあったので。

9月8日の裁判では被告人質問が行われ、弁護士や検察官が教諭に当時の状況を尋ねました。

法廷で教諭と向き合う内川さん

ラグビー部の顧問だった教諭は、水泳は専門外だったといいます。

事故のあと教育委員会から停職6か月の懲戒処分を受けていました。

弁護士

デッキブラシを使って指導したのはなぜですか

少しでも遠くに入水できればと思って差し出しました

教諭
弁護士

もし事故が起きる前に戻れるなら、どう改善すべきだと思いますか

2度と飛び込みの指導はしないと思います

ただ、生徒の中には希望する人もいるので、どうしてもという時は、(生徒の能力に応じて)段階的に指導することを心がけないといけないと思います

教諭
検察官

水位が低いのに気がついていたのに、さらに危険性が高い指導をしたのはなぜですか

事故があったプールのスタート台付近の水深は1.2メートル。

さらに事故当日は水が少なく、水位は1メートルほどだったと検察官は主張しています。

安全への配慮が足りなかった。惰性というか、いままでと同じようにやればいいという安易な気持ちでした

教諭

”不都合なこと、隠していませんか”

教諭に質問する内川さん

弁護士と検察官からの質問が終わると、内川さんはマイクの前に移動し、教諭に問いかけました。

事故のあと、教諭と話すのはこれが初めてでした。

内川さん

事故の直後、学校の聞き取りに対して
デッキブラシを使っていたと言わなかったのはなぜですか

デッキブラシが危ないという認識がなかったからです

教諭
内川さん

初公判で、私と目を合わせませんでしたね。

私の体を見て、どう思いますか

つらいです。謝罪ができていなくて申し訳ありません。
機会が取れずに、後悔しています

教諭

そして内川さんは、語気を強めて教諭に尋ねました。

内川さん

不都合なことを、隠していませんか

隠していません

教諭
内川さん

事故があった当日、母親に何を言いましたか

事故のあと、内川さんが搬送されたと連絡を受けた母親は病院に向かいました。

その際、母親に向かって教諭が発した一言。

内川さんはその言葉の真意をずっと聞きたいと思っていました。

余計なことを言ったと記憶しています。

「学校での事故なのでスポーツセンター(障害見舞い金などを扱う日本スポーツ振興センター)の対象だ」とか、「就職については、障害者就労でバックアップする」などです。

診断前からそんな話をして、本当に軽率だったと思っています

教諭

このことについて、裁判官も尋ねました。

裁判官

母親への言葉は軽率だったと言いますが、どういう面で軽率でしたか

私はラグビーが専門で、これまでにもけい随損傷を見てきたので、将来について適切なアドバイスをできたらと安易に考えて話してしまいました。

これからのキャリアをストップさせてしまったことをまずは謝るべきでした

教諭

教諭は事故をどう受け止めているのか。

この5年間、内川さんはそのことをずっと聞きたかったのだろうと感じました。

この日の審理が終わり、内川さんが法廷を出る際、教諭は立ち上がって10秒ほど、深く頭を下げていました。

”一人の人を壊しちゃったんです”

事故から5年4か月。11月22日に教諭に対する判決が言い渡されます。

検察は「教諭が招いた結果は、若い被害者が思い描き、切り開こうとしていた未来の夢を無残に打ち砕くものだ」と述べて罰金100万円を求刑。

内川さんは、判決を前に思いを話してくれました。

おなかに力が入らず大きな声で話すことが難しいという

内川さん
検察官は罰金を求刑しましたが、僕としては実刑になってほしいですし、教師も辞めてほしいと思っています。

僕は自分では何もできない。言い方が正しいかはわからないですが一人の人を壊しちゃったんです。それくらいの気持ちで罪に向き合ってほしいと思います。

授業での飛び込みによる事故は、このほかにも各地で相次ぎ、死者も出ています。

事故が起きるたびに、国は学習指導要領を変えて規制を進めてきました。

《学習指導要領での飛び込みスタートの取り扱い変遷》

(平成20年まで)  
⦿小学校  
基本はクロールと平泳ぎの指導 4年生以上は飛び込みスタートも取り上げるが、その際、安全に配慮すること

⦿中学校  
飛び込みについては段階的指導を行うこと

⦿高校   
飛び込みは段階的な指導を行う

(平成30年まで)
⦿小学校  
水中からのスタート→飛び込みは取り扱わない

⦿中学校  
水中からのスタート→飛び込みは取り扱わない

⦿高校   
飛び込みは段階的な指導を行う

(平成30年以降)
⦿小学校  
水中からのスタート

⦿中学校  
水中からのスタート

⦿高校   
1年生は水中からのスタート→飛び込みは取り扱わない

2、3年生も原則水中からのスタート
生徒の能力や実態に応じて飛び込み指導も可能だが段階的指導

※段階的指導=児童・生徒の技能・体力に応じた指導

内川さんの事故を受けて東京都教育委員会は平成29年度から都立高校の授業での飛び込みを原則、禁止しました。

もっと早く規制されていれば事故は起きなかったかもしれない。

そのことを内川さんに尋ねると、いつもより少し力強い口調で、意外な答えが返ってきました。

内川起龍さん
自分が事故にあったために多くの学校で飛び込み禁止になってしまいましたが、実は僕はそれは望んでいなかったんです。

飛び込みが悪いとは思っていません。

飛び込みが嫌な生徒にやらせる必要は無いですが、練習をしたい人を集めてちゃんとした指導のもと行うならいいと思います。

事故があった学校は指導が不適切だっただけで、例えば先生が、何年かに1回、絶対に講習を受けるなどして、授業をやっていけば、けがをする人はないと思います。

事故をなくすためには

水泳の授業などでの飛び込み事故は、規制が進んでも繰り返し起きています。

なぜ事故はなくならないのでしょうか。

学校現場などでの事故のデータ分析を行う産業技術研究所の北村光司主任研究員は、平成26年度に日本スポーツ振興センター(JSC)が補償を行った、小中学校と高校、それに幼稚園・保育園でのプール事故、計5591件について分析しました。

その結果、「スタートや飛び込み時の衝突事故」は318件起きていて、3分の1(110件)は飛び込みの指導が認められていた高校での事故でした。

産業技術総合研究所 北村光司 主任研究員
詳しく分析すると、プールの水深が十分に確保できていないケースも多くありました。

年齢や個人のスキルで規制するのではなく、十分な深さがあるプールでなければ飛び込みは止める、十分な深さがあっても水泳を専門的に指導できる人がいない場合は実施しないなどの具体的な対策が必要です。

指導者側も動き出しています。

日本水泳連盟は平成31年3月、飛び込みの指導方法やプールの水深とスタート台の高さに関するガイドラインを作成し、公表しました。

飛び込みの段階を6つに分けて、補助をつけた状況での飛び込みから、スタート台を使ったものまで、入水時の角度が大きくならないようにする方法を画像や動画付きで説明しています。

その中で、デッキブラシを使った指導は「誤った指導方法」として紹介されています。

作成のねらいについて日本水泳連盟は「全国の水泳指導者、学校体育に携わる教員が正しく理解していくことが肝要だ」としています。(ガイドラインより)

自身も保健体育の教員で、安全な水泳の授業の進め方について各地で指導している桐蔭横浜大学の井口成明准教授は、「競技としての水泳」と「身を守るための水泳」を区別して考えるべきだと訴えます。

桐蔭横浜大学 井口成明 准教授

桐蔭横浜大学 井口准教授
日本では、特に1990年以前に作られたプールは、スタート台周辺の水深が浅いものが多く、飛び込みの練習をすることは危険です。教員を対象にしたアンケートでは、飛び込み指導でヒヤリハットの経験をしたという回答も多く寄せられています。

一方、競泳の指導者からは「大会のために練習しないわけにはいかない」という声も聞かれます。

日本は水難事故が多いので、誰でも泳げるように技能を身につけることは必要ですが、飛び込みスタートは競技でのみ必要な技術です。

学校の授業では行わず、練習する必要がある場合は、水深が深いプールを借りて行うなどの工夫をしていくことが必要だと思います。

(取材後記)

「きのうの放送は、終わり方がちょっと唐突でしたね」

取材の合間、内川さんは大好きなテレビアニメについて話してくれました。

法廷での険しい表情とは異なり、ごく普通の穏やかな青年です。

私が内川さんに話を聞いてみたいと思ったのは、重い障害を負いながら、自分にできるスポーツがないか探していると知ったからです。

こんな大けがをしたのに、またスポーツをやりたいとは・・・。

取材を申し込むと、自分のいまの状況を知ってもらいたいとインタビューに応じてくれました。

そして、「飛び込みは悪くない」という言葉に、思わず胸がしめつけられ、被害を2度と繰り返してはならないと強く感じました。

11月22日、東京地方裁判所が言い渡した判決は、検察の求刑どおり罰金100万円でした。

内川さんがどう受け止めたのか、再び話を聞いてみたいと思っています。

  • 社会部 司法担当 伊沢浩志 平成25年入局
    福井局、警視庁捜査一課担当を経て現所属