証言 当事者たちの声プールの授業が奪った未来 判決後に届いた1行のメッセージ

2021年12月1日事故

「主文 被告人を罰金100万円に処す」

判決は、検察の求刑どおりでした。

水泳の授業中に飛び込みを指示し、生徒に大けがをさせたとして罪に問われた教諭の裁判。

判決のあと、事故で重い障害を負った内川起龍さんから、私(記者)に、1通のメールが届きました。

たった1行のメッセージ。

どんな思いが込められているのか、再び話を聞きに行きました。

(社会部 伊沢浩志)

内川さんがプールの事故でけがをしたいきさつを語ったこちらの記事もあわせてご覧ください

プールの授業が奪った少年の未来「僕は壊れてしまった」

平成28年7月、東京・江東区にある都立高校での水泳の授業中、教諭の指導のもと飛び込みをした3年生の男子生徒が、プールの底に頭を打ちつけ、けい髄(首の骨の中の神経)を損傷する大けがをしました。

この事故で、検察は去年、デッキブラシを越えてプールに飛び込むよう指示したとして教諭を業務上過失傷害の罪で略式起訴。しかし、裁判所の異例の判断で正式な裁判が開かれることになり、事故から5年後のことし7月に裁判が始まりました。

裁判で教諭は起訴された内容を認め、検察は罰金100万円を求刑。

事故で首から下が自由に動かせなくなった内川起龍さん(23)も車いすで審理に参加し、禁錮以上の実刑を望むと訴えました。

そして、11月22日に東京地方裁判所で言い渡された判決。

東京地裁の判決(11月22日)

「飛び込みの危険性を十分認識していたにも関わらず、デッキブラシを差し出す危険で不適切な指導を行い、生徒の身体の安全を守るべき立場の教諭としての過失は相当に重い。被害者に回復の見込みのないけがを負わせた結果は重大だ」と指摘。

そのうえで、「停職6か月の懲戒処分を受け一定の社会的制裁を受けていることや、反省の言葉を述べていることなども考慮する必要がある」として、業務上過失傷害罪の罰金刑としては法律上の上限にあたる罰金100万円が相当だと結論づけました。
※12月8日追記 判決は6日確定しました。

廷内スケッチ

「心にもキズを負わせるのか」

判決のあと、内川さんから届いたメールに書かれていたのはたった一言。

「身体にもキズを負わせ、心にもキズを負わせるのか」

その鮮烈な言葉に衝撃を受けた私は、2日後、内川さんの自宅を訪ねました。

車いすに座った彼は穏やかな表情でした。

判決をどう受け止めたのか、率直な気持ちを尋ねました。

内川起龍さん(11月24日)

内川起龍さん
そうなるよね、と思いました。検察官の求刑は「罰金」でしたから。

異例の展開で開かれた裁判だったので、求刑を上回る異例の判決が出るんじゃないかと少し期待していましたが、「そう簡単には出せないんだな」と思いながら聞いていました。

”もう少し何かできなかったかな”

内川さんの言葉からは、諦めとは違う、何か受け止めきれないものがあるように感じました。

体の自由を失ってから5年4か月。1つの“区切り”を迎えたことについて尋ねました。

内川さん
「長かった」という気持ちもありますけど、「もう少し何かできなかったかな」というのが本音です。

不完全燃焼で終わってしまった、できるならもう1回裁判をやり直したいと思っています。

もともと検察官からは、過去の事例に照らすと罰金刑が相当だと言われていました。

だから今回、実刑判決になれば、検察官が「前例がないから」ということはなくなるんじゃないかと思ったんです。

とはいえ、学校での事故が刑事事件になるのもあまり例がないということなので、今後、同じような事故が起きたときに被害者が泣き寝入りせずに済む、励みになるのではないかとも思っています。

1行のメッセージに込めた思い

安定しない体調をおして参加した裁判を「不完全燃焼」と言う内川さん。

判決後に届いたたった1行のメッセージは、誰に向けた言葉だったのでしょうか。

内川さん
裁判に関わった人たちに向けてです。

裁判官に対しては、これだけのけがを負わせても停職処分で制裁は受けているという認識なんだと思いましたし、検察官は過去の事例にこだわって、最初から結論を決めていたのではないかと思いました。

ほかにも考えていた文章はあったのですが、教諭だけでなく、裁判官にも、検察官にも、何かもう少しできることがなかったか考えてもらえればと思って、あのメッセージを送ったんです。

”前に進む努力を”

裁判が始まってからは時間が長く感じたと話した内川さん。

納得のいかない部分もある一方、ようやく次の生活について考える時間ができたといいます。

最後に、今後どんなことをしたいか聞いてみました。

母親の美紀さんと

内川さん
一番近い目標は、母親が水族館に行きたいといっているので一緒に行きたいです。

外出すると負担をかけてしまいますが、それなら好きなところに行かせてあげたいなと思います。

裁判の結果は覆らないし、心の傷も治らないけど、心を休めて、少しでも癒やしになればと思います。

いつの間にか、にこやかな表情を見せていた内川さん。

こんな夢も話してくれました。

内川起龍さん
実現には長い時間がかかるかもしれませんが、車いすマラソンをやってみたいです。

僕の体だとマラソン用の車いすには乗れないので、参加できるかわかりませんが、いま使っている車いすで出場して、制限時間内にゴールできるようになりたいです。

前に進む努力をしていこう。そう思っています。

取材後記

将来のことを笑顔で語る内川さんを見て、納得できない思いはあっても、ようやく重圧から解放されたのだろうと思い、ほっとしました。

ただ、忘れてはいけないと胸に刻んだのは、防ぐことができた事故だったということ。

そして、その事故に対する内川さんの思いを、法廷にいた人たちはどれだけ受け止めていたのかということ。

「心にもキズを負わせるのか」という彼のメッセージは、そのことを問いかけていると感じました。

私たち記者や、司法に携わる人たちにとって、事件や事故は、毎日どこかで起きている出来事かもしれません。

でも、被害を受けた人たちは、傷つき、つらい思いをして、それでもなんとか希望を見いだそうともがいています。

だからこそ、その1つ1つ、1人1人にしっかりと向き合っていかなければならない。

そのことを、今回の取材を通して改めて感じました。

まだ内川さんは23歳。

互いに夢を語り合いながら、車いすマラソンで完走できる日を見届けることができたらと思います。

  • 社会部 司法担当 伊沢浩志 平成25年入局
    福井局、警視庁捜査一課担当を経て現所属