雪に埋もれた1台の車。
運転していた男性は、雪で動けなくなった車を降り、歩いて自宅を目指しました。
しかし、たどり着くことができず、命を落としました。
大雪警報が出ていたあの日、不要不急の外出は控えるよう、繰り返し呼びかけられていました。
それでも、男性は、車を走らせました。
そうしなければ、命の危険さえあったからです。
2023年3月14日社会
雪に埋もれた1台の車。
運転していた男性は、雪で動けなくなった車を降り、歩いて自宅を目指しました。
しかし、たどり着くことができず、命を落としました。
大雪警報が出ていたあの日、不要不急の外出は控えるよう、繰り返し呼びかけられていました。
それでも、男性は、車を走らせました。
そうしなければ、命の危険さえあったからです。
2022年12月23日。愛媛県には大雪警報が出されていました。
温暖な愛媛でこの時期に警報級の大雪となるのは12年ぶり。
テレビのニュースでは不要不急の外出を控えるよう、繰り返し呼びかけられていました。
城山栄治さん(69)は、この日の早朝、久万高原町の自宅から車で出かけました。
空にはどんよりとした曇が広がっていました。
夜遅くにかけて、本格的に雪が降るという予想でした。
当時のドライブレコーダーの映像が残っていました。
午前8時前、松山市内に到着したころは、まだ雪は降っていなかったことがわかります。
用事を済ませ、午後2時ごろ、城山さんはふたたび車に乗り込みます。すでに雪が舞い始めていました。
午後4時ごろ。
松山市郊外に入った辺りから雪は徐々に強まり、久万高原町の中心部に着いたころには、辺り一面が雪に覆われていました。
対向車の姿はほとんどみられません。
午後4時23分。
自宅まであと1km余り。車はついに前に進むことができなくなりました。
その15分後の午後4時38分。
ドライブレコーダーの映像はここで途絶えています。
城山さんは車を降り、歩いて自宅に向かったとみられます。
そして、およそ4時間後の午後8時半ごろ。
城山さんは、自宅から500メートルほど離れたところで倒れているのが見つかりました。
見つけたのは、車で通りかかった男性です。
停電も起き、1人で暮らす祖父が心配になり様子を見に向かっていた男性。
雪道を慎重に運転しながら進んでいると、道の真ん中に放置された車に、進路を阻まれました。
仕方なく、祖父の家まで歩いて向かおうと車を降りると、辺りは膝の上ぐらいの高さまで雪が積もっていたそうです。
30分ほど歩いたところで、雪の中に黒い布のようなものが見えました。
胸騒ぎがして急いで雪を払いのけると、人の姿が見えました。城山さんでした。
「うー、うー」
城山さんが何を言おうとしているのか、男性は聴き取れなかったそうです。
この雪の中、かついで車に戻ることは、とてもできそうにありません。
すぐに、119番通報しました。
発見した男性
「体はすでに冷え切っていましたが、まだ息はありました。消防に通報したら、『救急車でいけないので、歩いて上っていきます。それまで励ましてあげてください』と言われたんです。カイロとかもなかったから、体を抱きしめたり、手を握ったりして、温めていました。何とか助かってほしかったです」
倒れていたのは、ふだんなら10分ほどで車で搬送できるところでした。
しかし、救急車は雪に阻まれてなかなか進めず、通報から搬送までに2時間かかったそうです。
午後10時39分、城山さんは病院で亡くなりました。低体温症でした。
翌朝、発見者の男性が同じ場所を通りかかると、城山さんが倒れていた辺りに、カラスが集まっていました。
よく見ると、そこにはコンビニエンスストアの袋とサンドイッチ、そしてショートケーキが2つ、落ちていました。
この日は、クリスマスイブでした。
発見した男性
「本当に、かわいそうだなと思いました。でも、あの雪ではお年寄りが歩くのは難しかったと思います。いま振り返っても、僕にできることは少なすぎました。体を温めることと消防に通報すること以外、できませんでした」
愛媛では数年に1度、あるかないかの大雪。
城山さんはどうして車に乗ってしまったのか。
取材を始めて1か月近く、私たちは親族に話を聞くことができ、その理由を知ることになりました。
「人工透析を受けるために、無理を承知で病院に行ったんだと思います」
城山さんは、長年、慢性腎不全を患っていました。
トラック運転手の仕事を続けながら、15年ほど前からは週に3回、病院に通って、人工透析による治療を受けていたといいます。
人工透析は、腎臓の機能が低下した人の血中をきれいにする治療法。
定期的に透析を受けなければ、余計な水分や老廃物がたまり、命に関わる危険性があります。
ここ数年は仕事ができず、年金だけで暮らす日々だった城山さん。
「生活に余裕はなかったのかもしれない」と、男性はつぶやきました。
城山さんは携帯電話を持っていなかったそうです。
もしも携帯があれば自分で通報できたかもしれない。話を聞きながら不意に、そんなことを思いました。
城山さんが人工透析を受けるのは、毎週、月曜日、水曜日、金曜日と決まっていました。
病院の担当者
「1年くらい前、城山さんは別の病院から転院して透析に通っていました。あの日、『帰りは大丈夫ですか』と声をかけたんですが…」
人工透析は、1回の治療に4時間ほどかかります。
城山さんは、「暗くなる前に帰りたい」と、いつも午前中、早めの時間に治療を受け、あの日もいつものようにお昼過ぎに病院をあとにしたということです。
あの朝、城山さんがどんな思いで病院に向かったのか。
大雪のリスクをどう考えていたのか。
知ることはできません。
ただ、病院の担当者の話では、転院してきて以来、透析の治療を休んだことは1度もなかったそうです。
「週3回の通院は決して欠かしてはいけない」
そんな気持ちで、あのときもハンドルを握っていたのかもしれません。
城山さんが住んでいた久万高原町には、人工透析を受けられる医療機関はありません。
透析治療を受ける人は町外の病院に通う必要があり、送迎バスが運行されています。
町内に17人いる人工透析を受けている人のうち、このバスを利用しているのは8人。城山さんたち9人は自分で車を運転して通院していました。
町としても、それぞれの都合を尊重して、送迎バスの利用を積極的に促すことはありませんでした。
しかし、城山さんが亡くなったことを重く受け止め、対策に乗り出しました。
役場を訪ねると、担当職員は地図を見せてくれました。
緑の○印は福祉施設や診療所、青は水道施設などの公共施設。
そして、ピンクが人工透析を受けている人が住んでいる地域です。
大雪になったとき、これまでは積雪が多そうなところから順番に除雪していましたが、今後は○印をつけた場所を優先的に除雪することにしたのです。
大雪のとき、人工透析を受けている人をどうやって守るのか。
それは、いまに始まった課題ではありません。
城山さんと同じように、治療のために外出したあと自宅に戻れなくなるというケースは、過去にも起きています。
専門家は、雪深い地域の中には大雪で通院が危険な場合、患者に長期間の入院を促すなどの対策をとっているところもあるといいます。
その上で、今回のケースを、雪が降る地域ならどこでも起こりえるととらえ、対策を考えるきっかけにしてほしいと話します。
日本透析医会 赤塚東司雄 医師
「人口が減少している地域では、人工透析が受けられる施設が集約されて通院が難しくなることもあり、バスなどによる送迎も行われています。しかし、災害の危険性まで考慮しているところは、それほど多くないのではないでしょうか。ふだんから雪の多い地域とそうでない地域では意識の差もあると思います。同様の悲劇を繰り返さないよう、きちんと検証してほしいと思います」
大雪が予想されるなか、私たちはニュースで繰り返し外出への注意を呼びかけていました。でも、城山さんのように外出しなればいけない人がいることまで、正直、思いを馳せることはできていませんでした。
城山さんのような悲劇を繰り返してほしくないと願うと同時に、小さな町で始まった対策が多くの地域に広がってほしいと思っています。
「命を守るための対策に終わりはない」
城山さんが投げかけたものを心に刻み、取材を続けたいと思います。
松山放送局 記者
後藤 駿介 2016年入局
前任地の福島局で震災と原発事故について取材
松山放送局 記者
林 航生 2022年入局
南海トラフ巨大地震を念頭に防災・減災報道にあたっていきたい
松山放送局 記者
川原 の乃 2022年入局
事件の背景や事故の原因に迫る取材を心がけている
高速料金が深夜割引になる時間を待って、大量のトラックが列をなす「0時待ち」。現場では何が起きているのか、トラックドライバーの「0時待ち」に密着しました。
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