追跡 記者のノートから埋もれかけた踏切事故 ~A4 2枚の報告書の真相

2022年4月28日事故

「検証されていない踏切事故がある」と、ある男性から連絡を受けた。
それは、若者が踏切で列車にはねられ、死亡した事故だった。

「自殺の可能性もあるとみられているようだが、軽々に判断して欲しくない」とも話していた。

地元でも、ほとんど報道されていない。
車の事故と同じく、身近で起きる鉄道の踏切事故。

鉄道事故を担当しながら、発生の多さを言い訳に、ひとつひとつの事故に向き合い切れていないことへの自戒を込めて、私はこの事故の取材を始めた。

(社会部記者 橋本尚樹)

“ふつうの人身事故”ってなんだ

その事故は、去年8月14日の夜に起きた。

伊豆箱根鉄道駿豆線の、三島駅と三島広小路駅の間の踏切。

⦿列車の運転士が、40メートル手前で踏切内に立っていた男性を発見した。
⦿警笛を鳴らしたが、男性はずっと立ったままで動かなかった
⦿非常ブレーキをかけたが間に合わなかった。
⦿死亡した男性は、視覚に障害があった

静岡県三島市 2021年8月14日午後9時半ごろ

伊豆箱根鉄道は、国にこう、報告していた。

男性がなぜ踏切内にいたのかについては「何らかの要因」と記し、不明だとした。

私が取材を担当する、国土交通省鉄道局。
鉄道会社から報告を受けた担当者の、ある言葉に引っかかった。

「ふつうの人身事故という認識」

事故で亡くなったのは、視覚障害者だ。
健常者にはわかりづらい事情などは、本当になかったのか。

A4用紙2枚の、鉄道会社と国による事故報告。

これで終わらせていいはずがない、そう思った。

努力家だった若者の死

事故で亡くなったのは、現場近くに住む会社員、佐藤一貴さん(26)。

生まれつき、左目の視力はなく、右目が0.04の弱視の視覚障害があった。

佐藤一貴さん

地元・福島県相馬市の高校を卒業した後、大学に進学。

専門知識を身につけ、新卒で大手電機メーカーに技術職として就職した。

静岡県三島市の事業所に赴任して、主にプログラミングを担当していた。

勤務先でスマートフォンでプレゼンをする佐藤さん(手前)

何社受けても採用が決まらない中、ようやくつかみ取った就職。

職場では、毎日欠かさずに気になった新聞記事の切り抜きを提出し、仕事でわからないことがあれば、休みの日に図書館で本を借りて自主学習していた。

入社4年目。同僚たちは「誰よりも努力をしていた」と振り返る。

障害のために音楽が楽しめない環境を変えたい

仕事だけでなく、趣味を通じても、佐藤さんの前向きな姿勢がうかがえる。

大学時代、好きなバンドの音楽を聴きにライブハウスなどに通っていた佐藤さん。

立見席で皆と盛り上がるのがライブの魅力。しかし、障害者だとわかると、頼んでもいないのに障害者用の客席に通される対応に疑問を感じ、障害のある・なしに関係なく楽しめるDJイベントを開催するようになった。

DJネームは「DJ Barrier-free(バリアフリー)」

再生すると音がでます(DJイベントでの佐藤さん 友人提供)

都内や埼玉県で十数回にわたって開催されたイベントには、彼の志に賛同する仲間が集まり、定員を超えるほどの客が入ることも多かった。

CDのケースに点字を貼って事前に準備し、顔をDJの機器に目一杯近づけながら、曲を流すのが彼のスタイルだった。

「純粋でまっすぐ。そして周りに気づかいができる優しい人」

友人たちは語る。

彼の背中を追って、DJを始めた後輩がいた。

いつも前向きな彼の姿に強く励まされ、自分も頑張って生きようと思った仲間がいた。

「新型コロナの影響でイベントを自粛していると思っていた」

私の取材で初めて彼の事故を知った人も多く、皆、絶句した。

DJイベントでの佐藤さん

“自殺なんかじゃない”

そんな佐藤さんの事故について、警察などは「事故と自殺の両面から」調べていた。

事故が起きた踏切

踏切事故の場合は通常、まず事件性の有無を確認するし、今回は「踏切内に立っていた」という状況もあるため、自殺の可能性を最初から除外しないのは、わかる。

鉄道関係者からすれば、意図的に入ったのでは、という発想になるのも理解できなくもない。

ただ、仕事の同僚や音楽仲間の証言を聞くにつれ、佐藤さんはむしろ生き生きと日々の生活を送っていたのではないか。

会社の先輩と笑顔で写る佐藤さん

福島の実家を訪ね、佐藤さんの父親から話を聞かせてもらった。

遺族に返された佐藤さんのリュックには、レンタルビデオ店で借りたばかりのCDが5枚、入っていたという。

佐藤さんの父親
「息子は白杖を持っていれば、知っている場所はもちろん、知らない場所でも一人で遠くまで出かけることができました。事故があった日も、隣町で事故の1時間ほど前にCDを借りていたことがわかっています。店から家に歩いて帰る途中だったのではないかと思っています」

努めて冷静に話をしてくれた父親。

その言葉のひとつひとつに「息子の事故は、自殺なんかじゃない」という思いをにじませていた。

ただ、事故現場の踏切は、店から佐藤さんの自宅に帰るルートとは離れている。

父親は「想定したルートから外れてしまい、迷い込んでいたのではないか」と話した。

それを確かめようと、福島から静岡の現場に向かった。

事故直前の行動を追って

まず、レンタルビデオ店から事故のあった踏切に至るまでに考えられるルートについて、道路沿いの防犯カメラの映像を探すことにした。

事故の直前の佐藤さんの様子を確認することで、原因の断片をつかむことができるかもしれないと考えた。

周辺の店などを訪ねて話を聞く

会社や店舗、ガソリンスタンドなどに設置されている防犯カメラのうち、道路の一部も映り込んでいそうなカメラを見つけては、確認への協力をお願いした。

そして、佐藤さんが映っている複数の映像を確認することができた。

事故の30分ほど前、レンタルビデオ店と事故のあった踏切のちょうど真ん中のあたりの国道沿いを歩いている映像では、右手で白杖をつきながら、左手にスマートフォンを持っていた。

防犯カメラに映る佐藤さん

さらに事故の数分前に佐藤さんを見たという、タクシーの運転手にたどり着いた。

タクシーが踏切に差しかかったところ、白杖を持った佐藤さんが歩道に立ち止まって、スマートフォンを顔に近づけていた様子を見たという。

タクシー運転手は次のように証言した。

タクシー運転手
「何をしていたかわからないが、スマホの画面が明るかった。スマホの画面を見ていたか、何か音を聞いていたかと思った」

道に迷った可能性

このとき、佐藤さんは何をしていたのか。

事故のあと、警察などはスマートフォンを見ようとしたが、ロックされていて確認することができなかったという。

一方、職場の同僚や友人などに聞くと、やはり、道に迷っていた可能性が見えてきた。

次のように教えてくれた。

「道を間違えると一度立ち止まり、スマホで位置や方向を確認しながら知っている道に戻るということは日常的にやっていた」

「ふだん慣れた道では、歩く際にスマホを持つことはなかった」

日ごろ通らない道。慣れない踏切。

それでも、なぜ踏切内で立ったまま動かなかったのか。

その謎は解けないままだった。

事実ではなかった当初の説明

東京に戻り、国交省鉄道局への取材を進めた結果、「警笛を鳴らされても、ずっと立ったままで動かなかった」という当初の説明は、事実ではなかった。

実は、列車の先頭にはカメラが設置されていて、映像が残っていたことが判明。

列車の運転席に設置されているカメラ

国交省の出先機関の中部運輸局は、映像が残っているという報告を鉄道会社から受けながら、映像の確認を行っていなかった。

映像の確認さえしない。その姿勢が信じられなかった。

「事実が映っている映像を、なぜ確認しないのか」

国交省の担当者に迫った。

担当者は「もっと早く確認すべきだった」と話し、その後、中部運輸局が伊豆箱根鉄道から、映像を取り寄せて確認したという。

映像により、踏切内で立っていた佐藤さんは、警笛を鳴らされた後、数歩、後ずさりしていたことがわかった。

取材を元に事故の状況を再現した。

※クリックすると動画が再生されます

遮断機の内と外 勘違いしたか

佐藤さんはなぜ、踏切内で警笛に反応して後ずさりしたのか。

再び、静岡に行ってさらなる証言を集めた。

見えてきたのは、踏切で遮断機が降りる仕組みが招く危険性だった。

目撃者によると、佐藤さんは踏切の手前10メートルほどの場所で、スマートフォンを確認していたという。

その際にいた場所は、道路の右側だった。

日本では、こちらの画像が示すように踏切の遮断機は左側から下りるように定められている。

画像の手前から踏切に向かい歩いていると、左側の遮断機が下りても右側の遮断機はまだ開いている瞬間がある。

弱視の佐藤さんは、慣れない道で踏切の警報機が鳴った際、右側の遮断機が下りる前に踏切内に入ってしまい、すでに下りていた奥の遮断機を手前の遮断機と勘違いしていた可能性がある。

踏切内に立っていたのは、佐藤さんにとっては踏切の外で待っているつもりだった。
だから、警笛の音を聞き、後ろに下がったのではないか。

列車にはねられ、26歳の若さで命を失った佐藤さん。

どうにかできなかったのか。そんな気持ちが強くなる。

同様の事故を防ぐ対策は…

視覚障害者のための「点字ブロック」。

横断歩道やバス停、階段などについては設置基準を定めた国のガイドラインがあるが、踏切については存在しない。

これは、踏切に視覚障害者を誘導すること自体が危険だという意見や、できる限り別のルートを示した方が安全だという意見があることなどが影響していると専門家などは指摘している。

一方で、バリアフリー論が専門の筑波大学の徳田克己教授は「時代に合わせて、ガイドラインも変えていかなければならない」と指摘したうえで、こう強調する。

筑波大学 徳田克己教授

筑波大 徳田教授
「視覚に障害のある方が、白杖を使ってどこでも一人で移動して生活するというのが当たり前な社会において、生活の効率性を考えると『毎日遠回りしてください』というのは現実的ではありません。生活圏にある踏切を安全に渡れるようにするのが基本だと思います。

踏切の中にいることに視覚障害者自身が気がつかないのが一番危険なので、踏切の出入り口を示す『警告ブロック』、そして踏切内にとどまらず、まっすぐ歩けるよう導く『エスコートゾーン』を共通して設置する必要があります」

この「エスコートゾーン」は、大阪府内には、地元の視覚障害者団体の要望を受けて少なくとも4か所設置されているが、全国的には広がっていない。

南海電鉄鶴原駅の踏切(大阪府泉佐野市)

列車が脱線したり、車内の乗客が死亡したりする重大な事故であれば、国の運輸安全委員会が調査する。

だが、日々起きている踏切事故については、ひとつひとつを徹底的に検証することはない。

今回の事故も鉄道会社は省令で定められたフォーマットの通り、国に事故報告書を提出し、そのまま受理されていた。記入に不足などはなく、法的に不備はない。

しかし、日本の鉄道事故調査は「原因を明らかにして再発防止につなげる」という仕組みが十分に機能していない、というのが取材の実感だ。

「検証するマンパワーも足りない」と国交省の幹部は話す。

だからといって、記録された映像さえ確認しようとしない、国の姿勢はどうなのか。

鉄道会社も、映像を元にした事故の詳細の把握や再発防止に、もっと真摯に取り組むべきではないか。

父親「二度と起こらない対策を」

取材に応じてくれた佐藤さんの父親は次のように話している。

事故のとき持っていた佐藤さんのスマートフォン

「息子は幼い頃から前向きな性格で、入社してからは、自分と同じ視覚障害者の人たちの生活に役に立つものを作っていきたいという向上心を持って、若手社員なりに頑張っていました。最初は仕事の内容がわからず、「辞めたい」とこぼすことがありましたが、会社の方の力添えがあって、事故の直前には『仕事が楽しくなった』と先輩社員に話していたそうです。充実した社会人生活を送らせていただいた会社にはすごく感謝しています。

事故については、『誰が悪い』ということではなく、今後、同じ事故が二度と起こらない対策を鉄道会社などに取って欲しい。ただそれだけです」

取材の過程で、鉄道会社は、国交省から指導を受け再発防止策を改めて報告していた。

運転士に「踏切内が安全でないことを念頭に置いて運転すること」などと指導したという。

国交省は、さらに鉄道会社に対し、地元の視覚障害者団体に丁寧に事故を説明し、意見を聞いたうえで追加の再発防止策を検討するよう指示し、鉄道会社は、道路を管理する市と点字ブロックの設置などの有効な安全対策について協議をしているという。

取材後記

佐藤さんは、視覚障害者が電子機器の画面を操作しやすくする仕組みを考案していた。点字の考え方を応用したこの仕組みは社内で高い評価を受けていて、現在、特許の取得に向けた準備が進められているという。

『役立つものをつくりたい』という生前の佐藤さんの努力は、製品として視覚障害者の生活に活かされるかもしれない。

一度は埋もれかけた佐藤さんの事故。

障害者が亡くなる鉄道事故は全国でたびたび起きている。

鉄道事故を担当してから「原因を断定できない」という言葉をよく聞く。そして「原因が断定できないと対策の取りようがない」という言葉もよく聞く。

たしかに踏切事故の原因を断定するのは簡単ではない。しかし、できる対策を放棄する言い訳にしてはならないと今回の取材で強く感じた。

簡単な報告のやり取りだけで終わらせてしまっている事故があるかもしれない。

私自身アンテナを張って、緊張感を持って取材を続けていきたい。

  • 社会部記者 橋本尚樹 2011年入局
    岐阜局・名古屋局を経て、2017年より社会部。
    事件や事故を長く担当し、現在は鉄道事故などを取材。

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