追跡 記者のノートから「幸せな結婚式のはずが裁判に・・・ そのキャンセル料、本当に支払わないとダメですか?」

2021年12月24日司法 裁判 社会

心待ちにしていた結婚式。

ところが人との接触を8割減らすように呼びかけられ、マスクも消毒液も手に入りにくい中、開催できる状況ではないと泣く泣くキャンセル。

すると式場から高額のキャンセル料の請求が・・・。

長引くコロナ禍で、結婚式の支払いをめぐってトラブルになり訴訟に発展するケースも出ています。

その支払い、一体どうすればいいのでしょうか。

(社会部裁判担当 山下茂美)

幸せな結婚式のはずが裁判に…

人生の晴れの舞台である結婚式。

いま、結婚式のキャンセルをめぐって裁判が複数起こされています。

背景にあるのは新型コロナ。裁判の内容を見てみると・・・

新郎新婦

2020年5月末に挙式を予定していましたが、感染拡大のため9月以降に延期したいと式場に相談したところ、当初の予定日の2週間前までに見積額の全額を支払うか、いったんキャンセル料を払って契約しなおすよう求められました。

折り合えないまま予定日を過ぎ、式場側から全額の支払いを請求されています

式場側

2020年6月に挙式を予定していた新郎新婦が、感染拡大を受けて2か月前にキャンセル。

見積額200万円あまりの30%をキャンセル料として払うよう求めましたが拒否されたため、キャンセルを確定させないまま予定日を過ぎたとして全額の支払いを求めています。

誰も予測しなかったコロナ禍。

外出や飲食の自粛が呼びかけられ、挙式をしたくてもとてもできる状況ではなかった…。そんな気持ちが容易に想像できます。

こうした中、コロナ禍の結婚式キャンセルをめぐって東京地方裁判所では初とみられる判決が2021年9月に言い渡されました。

東京地方裁判所

訴えたのは横浜市に住む男性。

東京都に初めて緊急事態宣言が出される直前の2020年3月28日に都内の式場で挙式を予定していました。

式場側と契約したのは前の年で、新型コロナの感染拡大などまったく想定されていない時期でした。

しかし、式が近づくにつれ感染が広がり、3月下旬には、“3密”の回避や飲食を伴う食事、イベントへの参加を控えるよう都知事による呼びかけが始まりました。

100人を招待する予定だった男性は、ぎりぎりまで悩んだ末に予定日の3日前にキャンセル。

式場に支払い済みだった見積額の600万円あまりは、キャンセル料として480万円が差し引かれて返金されました。契約上の「14日以内の解約にあたる」という理由でした。

契約では「天災などの”不可抗力”で婚礼を実施することができない場合は契約は消滅し、費用を全額返金する」となっていたため、男性は「コロナの感染拡大は天災などと同じ事情にあたる」として式場に返金を求めました。

判決は「飲食を伴う会合の自粛が都知事から呼びかけられていた時期で、挙式をためらう気持ちは十分に理解できる」とする一方、「緊急事態宣言は出ておらず、式場は天井が非常に高く、都が避けるように要請していた“3密”の条件にもあてはまらない。挙式や披露宴を行うことが不可能だったとまでは言えない」と指摘。災害などの“不可抗力”で結婚式ができなくなった場合とは異なると判断し、訴えを退けました。

男性は控訴し、2審で審理が行われています。

判決は妥当?

新郎新婦にとっては厳しい判決。元裁判官に意見を聞きました。

東京都立大学 山田俊雄 教授

元裁判官の山田俊雄 東京都立大学教授
「男性が式の開催は無理だと決断したことに責める点は何もなく、気持ちは十分に理解できます。

しかし、裁判で判断の基準となるのは、“その決断に合理性があったかどうか”ではなく、“挙式や披露宴を開催することが不可能だったかどうか”

式場がいかなる対応をしても開催は難しかったということを証明できれば“実施は不可能だった”といえますが、原告側がそれを立証するのは難しいのではないでしょうか」

つまり、重要なのはキャンセルした理由ではなく、本当に結婚式を行うことができなかったのかどうか、ということ。

話し合いで解決できたカップルも…

国民生活センターによりますと、新型コロナに関わる結婚式についての相談は、感染が広がった2020年2月から2021年11月末までに5609件寄せられていて、9割近くがキャンセル料に関するものだということです。

感染拡大が理由なのに、費用を求められるのはなぜなのか、納得できない人が多くいることがうかがえます。

裁判になってしまったカップルがいる一方で、話し合いで減額を実現したという人もいます。

神奈川県に住んでいた30代の夫婦は、2020年4月に都内の式場で120人を招いて式を挙げる予定でしたが、感染拡大を受け3月の時点でいったん7月に延期。

このとき費用はかかりませんでした。

しかし、4月に入ると緊急事態宣言も出され、収束の見通しが立たない中、7月の挙式も難しいのではないかと考え始めました。

男性は関西、女性は四国の出身。

親族にも移動を求めるため、都内での挙式は現実的ではないと思ったといいます。

式場の担当プランナーに相談すると、これまでにかかった実費のみで解約できると説明され、キャンセル。

改めて関西地方で規模を縮小して式を行うことにしました。

ところが、前の式場から連絡があり、担当プランナーとは別の人から「見積もりの1割にあたる50万円のキャンセル料が必要だ」と言われたということです。

2人は「話していたことが違う」と式場の運営会社も含めて交渉。

担当者と話した際のメモなども示しながら話し合いを重ねた結果、すでに外部業者に発注していた衣装代の11万円のみを支払うことで話はまとまりました。

新婦の女性は「楽しみにしていた式はコロナに振り回されてしまいましたが、実費のみで済んでほっとしました」と話していました。 

式場側の厳しい実情

一方のブライダル業界。口コミやイメージが大きく影響するため、顧客とのトラブルは避けたいはずです。

それでも式場側がキャンセル料を求めるには切実な事情がありました。

結婚式場などでつくる日本ブライダル文化振興協会の推計では、昨年度(2020年度)の損失は、業界全体で約9500億円(前年比マイナス68%)。

また、帝国データバンクによりますと、20年度の決算では、全国の結婚式場の96.1%が「減収」となっていて、挙式の延期や中止が大きく影響していると言います。

2021年6月には、海外での結婚式に力を入れていた業界大手の「ワタベウェディング」が、東京証券取引所への上場を廃止しました。
相次ぐキャンセルで経営が悪化したということで、医薬品製造などを手がける会社の子会社となって再建を目指しています。
 
業界の現状について、都内の大手式場の担当者が話をしてくれました。

感染が広がる前の土日にはおよそ30件の式と披露宴が行われ、多いときは週末だけで1億円ほどの売り上げがありました。

式場担当者

しかし、2020年は感染拡大で延期やキャンセルとなった式が1000件以上。キャンセルはそのうちの1割ほどにのぼります。

数十億円単位の損失が出て、過去最大の赤字です。

記者

それでも、結婚式をしなければそんなに費用はかからないのでは?

結婚式は当日がメーンだと思われますが実は準備にも多額の費用がかかっています。

料理や飲み物だけでなく、衣装、司会、撮影などの確保、打ち合わせ1回1回にも人件費がかかります。

式場担当者

さらに理解してもらえないのが“機会の損失”です。

1年のうち結婚式として販売しやすいのは実は100日程度しかないんです。

100日だけ?それはどうして?

やはり需要が多いのが土日や祝日だからです。仏滅は避ける・・・という人は昔に比べ少なくなっていますが、どうしても曜日は限定されてしまいます

さらに結婚式の多くは半年以上前に予約されるため、半年を切るとその日時に別のカップルに販売できる機会は格段に減ってしまう。つまり穴が空いてしまうのです。

そのため再販率を測りながらキャンセル料を設定しているのですが、なかなか納得してもらえません。

式は、自前ですべてを準備しているところばかりではなく、引き出物やドレス、カメラマン、司会など、外注の中小業者も多いため、キャンセル料は、そうした人たちに再分配され、多くの人を支えている現状もあるということです。

キャンセルが与えるダメージは私たちが想像する以上に大きいのだと思いました。

国や自治体の対応も混乱の要因に?

国や自治体にも原因があると指摘する専門家もいます。

ブライダル業界専門に法務サービスを提供する会社の経営者で行政書士の夏目哲宏さんによりますと、結婚式では、これまでも婚礼で使用する音楽の著作権使用料や、ウェディングドレスの持ち込み料に関するものなど、さまざまな問題が生じていて、法的な支援に対するニーズがあったということです。

夏目さんは「コロナ禍のトラブルには行政の責任もあると思う」と話します。

行政書士 夏目哲宏さん

夏目哲宏さん
「新型コロナの感染が広がり、多くの式場は延期であれば費用を取らないなど、“神対応”をしてきましたが、それで体力がなくなってしまっていると感じます。

トラブルが増えた背景には、国や自治体が休業要請の対象に結婚式場は含まない一方で、会場の収容率の制限や飲食を伴う会合への参加自粛を呼びかけるなど、ちぐはぐな対応をとったこともあると感じています」

調べてみると、中には対策をとった自治体もありました。千葉県四街道市や佐賀県は、2020年の一定期間に結婚式や披露宴をキャンセル・延期したカップルに5万円から10万円を支給する支援策を行ったということです。

千葉県四街道市の担当者は「コロナ禍で苦しむ若者への支援として考えた」と話していました。

また、佐賀県の担当者によりますと「支援があって救われた」とか「結婚式をしてもいいのかなという気持ちになれた」という声が聞かれたということです。

動き出したブライダル業界

新たな動きも出ています。ブライダル業界では、契約時点で互いの認識に行き違いが生じないよう対策に乗り出しました。

多くの式場が使用している約款には、「モデル約款」と呼ばれる共通のフォーマットがあり、およそ1年かけて見直しを進めてきたといいます。

多くの式場が参考にしている「モデル約款」

モデル約款を作っているのは、業界団体の日本ブライダル文化振興協会で、見直しは実に13年ぶりだといいます。

これまでのものには感染症を想定したルールがなかったことから、感染が広がった場合の対応を明確にしたのです。

新たに設けた特則のなかで「災害の発生のほか新型コロナなど指定感染症の大流行、そのほか不測の事態によって開催の可否に疑義が生じた場合の取り扱い」を定めています。

日本ブライダル文化振興協会の「モデル約款」

国や自治体から施設に対する休業や休業に準ずる要請・指示・命令が出され、式場側が開催を不可能と判断した場合は、

▽延期であれば変更料は求めない
▽キャンセルの場合は、各式場があらかじめ決めた額を規定のキャンセル料から減額する

団体は「これまでよりも契約の前に対応方針を詳しく説明できるので、トラブルを防げるのではないか」と話しています。

数多くの相談が寄せられている国民生活センターの担当者は「感染拡大は事業者と消費者の双方にとって不測の事態で、ルールもあいまいな中で対応を迫られ戸惑う人が多いが、事業者側にするとすでに外部業者などへの支払いが発生している場合もある。ケースバイケースのためアドバイスは難しいが、最終的には、事業者にキャンセル料の内訳の詳細を示してもらって納得するまで話し合うしかないのではないか」と話しています。

取材後記

私も結婚式場の契約書にサインするときは、記者という仕事柄、大きな災害や事件事故があってキャンセルしたらどうなるのだろうと不安になりました。

人生の一大イベントである結婚式をめぐって悩んだり、嫌な思いをしたりした新郎新婦の気持ちは痛いほどわかります。

かたや結婚式場もコロナで厳しい状況。そもそもビジネスですからキャンセル料を求めて当然なのに、まるで”悪者扱い”のようで胸が痛みます。

自粛が求められたり緊急事態宣言が出されたりする中で、当事者たちに解決を求めるのは無理があると思います。裁判をしても和解しない限り双方が納得のいく形にはならないでしょう。

コロナ禍が長引く中、晴れの日を迎える新郎新婦も、それを演出する側の結婚式場も、お互い嫌な思いをしないためにはどうすればいいのか、考えていく必要があると思いました。

  • 社会部記者(司法担当) 山下茂美 平成21年入局 松山局を経て平成27年から社会部。
    高齢者や子どもに関する問題を取材し、現在は裁判を担当。
    最近の悩みは子育てによる腰痛