追跡 記者のノートから声を上げた私が悪いのか ~止むことのないネット上での中傷~

2021年11月4日事件 社会

大勢の人が利用する電車内で相次いで起きている切りつけ事件。

ことし8月には、小田急線で10人が重軽傷を負う事件がありました。

逮捕された30代の容疑者は「幸せそうな人を見ると殺したくなった」などと供述し、「自分も被害に遭っていたかもしれない」と、電車に乗るのが怖くなったという人も多くいます。

事件のあと、被害者と同年代の大学生などが再発防止を訴えて声を上げ始めましたが、こうした人に対してネット上で「お前が刺されればよかったのに」「売名行為だろう」などといった書き込みが相次いでいます。

止むことのないひぼう中傷や、匿名での攻撃。

いま、何が起きているのか、当事者の声を取材しました。

(社会部・警視庁担当記者 岡崎瑶)

事件当日のニュース

都内に住む女子大学生の皆本夏樹さん(23)は、8月に起きた小田急線での切りつけ事件のニュースを見て、とても他人事とは思えなかったといいます。

容疑者が「勝ち組に見えた」として最初に刺したのは、自分と同年代の女性でした。

たまたまその時に電車に乗っていなかっただけで、もしかしたら刺されていたのは自分だったかもしれないと考えたそうです。

皆本夏樹さん

皆本さんは、事件に抗議し再発防止を訴えるデモが行われることをSNSで知りました。

これまで、社会問題について自分の考えを発信することはほとんどしてきませんでしたが、この事件のことはどうしても心に引っかかったといいます。

そして、人生で初めてデモに参加することを決めました。

皆本夏樹さん
「私は・・・このようなデモに参加するのは初めてです。現在の日本では、女性に対する暴力の危険は常に身近にあります。道路を歩いているだけで付きまとわれたり、駅構内を歩いているだけで故意にぶつかられたり、電車に乗っているだけで痴漢や盗撮に遭うこともあります」

「私たちは、ただ普通に道路を歩いて、電車に乗って、家に帰りたいです。無事に家に帰り着きたいだけです。“たまたま狙われなかった”“たまたまその場にいなかったから生き残った”ではなく、当たり前に殺されない社会に生きたいです」

皆本さんは、デモの会場に集まった人にマイクでこう訴えました。

大勢の前で話した経験があまりないのか、声が少し震えているようでした。

私は、このデモの様子をたまたま取材していましたが、ごく普通の大学生が知らない人たちの前に立ってこのような話をすることは、とても勇気がいることだろうなと思いました。

じっくり話を聞いてみたくなって、帰りがけに声をかけました。

皆本夏樹さん
「自分が当事者だったかもしれないっていう怖さと、それと同時に事件に対して怒りがありました。今ここで声を上げなかったら、自分はいつ声を上げるのだろうと。何かしなければと思って、こういうデモに初めて参加しました。被害者の人は、ただ電車に乗っていただけなのに襲われました。私も電車に乗ることはしょっちゅうあるし、女性だから狙われたのではないかと思い、事件を他人事には思えなかったのです」

「それに、痴漢とかもそうですけど、女性だから感じなければいけない危機感とか、自分の身は自分で守らなきゃいけないみたいな風潮とか、やっぱりおかしいなと思いました」

皆本さんはその後、同年代の大学生などと一緒に、女性が被害に遭う凶悪な事件などの実態解明や再発防止を求める署名活動を行い、SNSで発信を始めました。

ところが、中傷や攻撃する内容のコメントが相次いで寄せられるようになったのです。

「単なるモンスタークレーマー」

「頭おかしいんですか?」

「迷惑バカの典型」

「気持ち悪いからやめろ」

「思考が今回の犯人と同類」

皆本夏樹さん
「すごく怖かったです。SNS上でのバッシングだけじゃなくて、生身の人間も攻撃するんじゃないかと不安になりました。いきなり知らない人に殴られるかもとか、何かされるんじゃないかとか、そういうことも思いました。あんな事件が起こることはおかしくて、だから声を上げたのに、上げた声を黙らせることで、何が得られるんだろうって。暴力に対して反対するってどこがだめなんだろうって思いました」

ひぼう中傷は、同じように事件に抗議の声をあげたほかのメンバーにも相次ぎました。 

「いつになったら殺されてくれるの? 笑」

「アタマ腐ってる」

「お亡くなりになってほしい」

ふだんは福祉施設で働きながら、市民運動をしている菱山南帆子さん(32)も、ネット上で中傷を受けた1人です。小田急線での切りつけ事件のあと、SNSに事件に対して抗議する内容の書き込みをしたところ、500件近い反応がありました。そのほとんどがいわれのない中傷やバッシングだったといいます。

菱山南帆子さん
「恐怖と言いますか、SNSを開くだけで憂鬱、そういった状態でしたね。コメントが届いたという通知がすさまじい量で、見ないようにしても目に入ってきてしまいますので」

「今はネット社会で、新聞やニュースを見ない若い世代の人たちにはネットが全てです。中傷やバッシングがあるならSNSを見なければいいというのは解決にならないと思いました」

さらに、切りつけ事件で使われた凶器と同じタイプの刃物の写真まで送られてきました。

菱山さんが関係する団体の住所と電話番号を書き込んで、「ここに抗議しよう」とあおる書き込みもあって、何度も無言電話がかかってくるなど実生活にも影響があったといいます。

そして、大量のバッシングやひぼう中傷に毎日のようにさらされているうちに、徐々に精神的に追い込まれていったといいます。

菱山南帆子さん
「やっぱりネットでの発言がどんどんエスカレートしていって、それが実際の行動に移されるかもしれないっていうのが一番怖かったです。刺されたらどうしようとか。死ね死ねと言って、こんなに私の死を望んでいる人がたくさんいるんだなっていうふうに思うと、やりきれなかったですね」

「これだけ死ねと言われるなんて、普通ないじゃないですか。たまになら、『何を言っているんだか』って思いますけど、毎日毎日言われると、嘘も100回言えば真実になるじゃないですけど、ほんとに死んだ方がいいのかなって気持ちになってしまって。だからこういったネット上での暴力っていうのは、人の命を落としかねないと思いました」

いったい、誰がどういう気持ちで書き込んでいるのか。
私は、SNSで批判的なコメントを投稿している人物にアプローチを始めました。

まず、そうした書き込みをしている人に片っ端からメッセージを送り、話を聞きたいと申し込みましたが、ほとんどの人からは返答がありませんでした。

時々返事をする人がいても、「報酬として20万円以上を払うのが条件」「別に何も思いません」などといった答えばかりでした。

1週間ほど取材を続けていると、名前を出さないなら取材に答えてもいいという人がようやく見つかりました。

その人物は、小田急線での切りつけ事件に反応し抗議の声を上げた人たちに対して、「迷惑だからやめろ」というような内容の書き込みを2回行っていました。

書き込みをした男性

取材の依頼をして何度かネット上でやりとりをしたあと、実際に会って話を聞くことができました。

関東地方に住む30代の男性で、妻と子どもと生活しているということでした。

対応は意外にも紳士的で穏やかで、勤務先を聞くと誰もが知っている有名なところで、少し驚きました。

SNSで事件に抗議する投稿を見かけて、なんとなく反応したのがきっかけだと説明しました。

書き込みをした男性
「書いてある内容に違和感があってやっただけのことです。私は、事件について言うべきことがあれば犯人に言うべきであって、事件への抗議は一般大衆に向けて言うべきことではないと思ったので。こうした活動をやっている人たちは、ちょっと的がずれているのではないかなと思いましたね」

「そんな抗議なんかされたって我々なんてどうすることもできないだろうし、『女性だから被害に遭った』とかそういう主張をされても、何を言っているのかなと。だったら犯人に言うべきことであって、デモなんかするのはお門違いだろうと」

男性は、事件について声を上げた女性たちの主張が自分の考えとは違ったので、批判的な内容を書き込んだだけだと話しました。

書き込みをした男性
「そんなに強い気持ちではなくて、目にとまってくれればいいなというくらいの気持ちで書き込んだだけなんです。ほかにも批判的なことを書き込んでいる人がいたので、私も追従してというか、賛同してということですね」

男性の書き込みは、「死んでしまえ」といったほかのひどい書き込みに比べればマイルドな内容でしたし、許容される範囲なのかもしれません。

ある出来事についてそれぞれの考えで意見述べることは自由だし、時には過激な表現になることもあると思います。

ただ、個人に対して大人数が連鎖的に批判的な書き込みをすることは、知らず知らずのうちに相手を追い詰めることになっているのではないか、とも感じました。

大量に批判を受ける側の負担感に比べると、書き込む側があまりにも気軽に行っているように思え、その落差がとても大きく感じます。

ネット上での中傷の問題に詳しい専門家は、攻撃的な書き込みをする心理について「ある種の正義感が間違った方向に出ている側面がある」と分析しています。

国際大学 山口真一准教授
「ネットに批判的なコメントなどを書き込む人の動機というものを調査したことがありますが、ただストレス発散としてそういうことをやっている訳ではないということが分かっています。およそ60パーセントの人は、自分が正しくて相手が悪いと思って、正義感でやっている部分があるんですね。自分の正義感からそういう書き込みをしていて、悪いという意識はないと。相手の言っていること、やっていることが間違っている、許せない、失望した、そういった感情で書き込んでいるわけです」

「ただ、ここでいう正義感というのは社会的な正義ではなく、あくまで個人の価値観の問題ですから、間違った方向にも行く。中庸な意見、普通の意見の人というのはあまり発信しようと思わないのですが、極端な意見を持っている人というのは発信したがる。だから、言いたいことはどんどん言うし、表現が行き過ぎているかは二の次になって、どうしても極端な意見ばかりになってしまうわけです」

山口准教授がこれまでに分析した事例では、過激な書き込みをしている人は意外にも社会的地位が高かったり、勤務先でそれなりのポジションについていたりする人も少なくないといいます。

国際大学 山口真一准教授
「イメージされるような、無職で家に引きこもっているような人が書き込んでいるということではないということがわかっています。世間的にはきちんとしていても、内面ではネット上では非難しあってよいと考えているとか、世の中は根本的に間違っているとか、社会に対して否定的で不寛容な人というのが、攻撃的な書き込みをする傾向にあるとみています」

こうした中、ポータルサイトやSNSを運営している各社は、「悪質な書き込み」について、独自に規制に乗り出すところも出ています。

動画投稿サイトTikTokは、利用者がコメントを書き込む際に不適切な言葉を自動的に検知して、利用者に「本当にこのコメントを投稿しますか」という表示を出す取り組みを始めました。

会社によると、表示によって4割以上の人が書き込みをやめたり、内容を直したりしたということです。

また、IT大手のヤフーも、インターネットで配信するニュースに読者が意見や感想を書き込める「コメント欄」でのひぼう中傷が後を絶たないことから、AIが判断して自動的に非表示にするシステムを10月から導入しました。「名誉毀損や侮辱罪にあたる投稿は法令に違反する場合がある」という注意書きも画面に出すようになっています。

さらに国も、プロレスラーの木村花さんが去年中傷を受けて亡くなったことをきっかけに、罰則の強化の検討を始めました。

現在は「死ね」「きもい」などといった書き込みついて、警察が捜査をして発信元を特定したとしても、書き込んだ人物には法的には侮辱罪しか適用されないのが実態です。

刑法では侮辱罪の罰則は軽く、ほとんどの場合は9000円ほどの科料を払えば済んでしまいますし、そもそも警察による摘発までいくのはごく限られたケースだけです。

国の審議会は、悪質な書き込みをした場合に懲役刑を科せるように法改正を検討しています。

切りつけ事件への抗議をきっかけに大量のひぼう中傷やバッシングを受けた菱山さんは、いまそうしたネット上での悪質な行為をどうすればなくせるかという活動を、仲間とともに始めています。活動は、若い世代を中心に徐々に広がりをみせていると話していました。

菱山南帆子さん
「罵詈雑言に耐えられる人だけが、ネットを続けられる社会っていうのは、やっぱりおかしいなっていうふうにつくづく思いました。誰しもが安心して発信できるような、そういう環境というのをちゃんと作らなきゃいけないなって。おかしいと思ったら声を上げることは当たり前のはずで、その声をどうして黙らせようとするのだろうって。自分たちの活動をここでやめるわけにはいかないと思っています」

取材後記

今回、ネット上でのひとりひとりの書き込みは軽い気持ちによるものであっても、それが時には刃物のようになって生身の人間に向かうということを改めて感じました。

私も、女性としてあるいは1人の社会人として、仕事やプライベートで理不尽に感じることは、それなりに多くあります。

大学生の皆本さんは、SNSでデモを知り初めてそうした活動に参加しました。ネットは社会的に弱い立場や新しい人とつながるツールにもなると思います。だからこそ、安心して声を上げられる環境が必要だと思いました。

「普通に声を上げられる社会の実現」といったら大げさですが、取材した同年代の人たちに刺激を受けて、このテーマを引き続き追いかけていきたいと思います。

  • 社会部 記者 岡崎瑶 2014年入局
    釧路局・札幌局を経て
    2020年から警視庁担当
    趣味は登山と繁華街巡り

  • 証言 当事者たちの声

    トンネルで娘が死んだ~事故の責任はどこに事故

    “9人が亡くなっても企業が罪に問われない” トンネルの事故で娘を失った両親は“理不尽”な思いを今も胸に抱き続けていました。訴え始めたのが、今の日本の法律にはない「組織罰」の導入です。

    2021年12月1日

  • 追跡 記者のノートから

    【詳報】大口病院 点滴連続殺人裁判 “死んで償いたい”裁判 事件

    「被告人、証言台へ」 死刑を求刑された元看護師は裁判長から促されると、手にしたメモを読み上げました。 「自分の弱さから事件を起こしてしまいました。死んで償いたいと思います」

    2021年10月25日

  • 追跡 記者のノートから

    父親の遺体と6年暮らした 息子が語ったのは…事件 社会

    「あなたにも気の毒な事情があったのではないかと思いました」 私は“背景事情を含めてもっと理解したい”と突然の訪問の趣旨を伝えた。55歳の息子は少し驚いたような様子だったが、「まあ、汚いですが」と言い招き入れてくれた。

    2021年9月16日

  • 追跡 記者のノートから

    ひとり、都会のバス停で~彼女の死が問いかけるもの事件

    微笑みかける写真の女性。当時は70年代、劇団に所属し希望に満ちた日々を過ごしていたという。しかし去年11月、都内のバス停で男に殴られ死亡した。所持金は8円。彼女の人生にいったい何があったのか。

    2021年4月30日

  • 新人記者が見つけた“もう1つの不正”事件 不正

    隣り合う2つの町の町長が相次いで逮捕された汚職事件。取材を進めると、埋もれていた“新たな不正”が明らかに。新人記者が挑んだ調査報道の記録です。

    2022年7月1日

  • なぜ一線を越えるのか ~相次ぐ無差別巻き込み事件~事件 社会

    「ぶっちゃけ、事件を起こすのはどこでもよかった」 ことし1月、東京の焼き肉店で立てこもり事件を起こした元被告は、取材に対してあまり表情を変えずにこう話した。去年からことしにかけて、面識のない人に対する「無差別巻き込み事件」が相次いで起きている。なぜ、一線を越えて事件を起こしたのか。どうして、無関係の人を傷つけたのか。当事者に直接アプローチして、取材を試みることにした。

    2022年6月17日

  • 新宿・歌舞伎町 “トー横キッズ”社会

    東京新宿・歌舞伎町の一角、通称「トー横」。ここには「自分の居場所がない」という少年少女が集まってきます。薬物摂取や傷害致死事件など、子どもたちが巻き込まれる事件やトラブルが続くこの場所で、いま何が起きているのか。5か月にわたる密着取材で「トー横キッズ」の素顔に迫りました。

    2022年6月10日