追跡 記者のノートから“あなたをひとりにしない” ~顔も知らないあなたへ

2021年7月2日社会

大切な命をつなぎとめたい。
いつでも、どんな悩みでもいいから、話してほしい。

会ったこともない相手とチャットで対話を続ける人たちがいます。

24時間 365日 休むことなく。

(社会部記者 植田治男 宮崎良太)

夜の孤独 相次ぐ“SOS”

「生きているのが辛い」

「助けてください」

「死にたいです」

チャット画面に次々と重いことばが表れる。

去年12月のある日の夜。

都内有数の繁華街に建つ雑居ビルの1室で、パソコンに向かっていたのは、慶応大学4年生の大空幸星さん(22)だ。

去年3月に自殺予防のNPO法人「あなたのいばしょ」を設立。
専門家とも協力し、24時間体制でチャット形式での相談に応じている。

ホームページから匿名でメッセージを投稿してきた人に相談員たちが対応するしくみだ。

みずからも相談員を務める大空さんのパソコンには、この日もひっきりなしにメッセージが届いた。

並ぶことばは「不安」「失職」「解雇」「貧困」ー

新型コロナウイルスの感染拡大で広がる社会不安を背景に、去年夏以降、相談は急増しているという。

午後9時ごろ、関西に住む女性からのメッセージが届いた。私たちは利用者が同意するNPOの規定に基づいて、そのやり取りを取材させてもらった。

今も死にたいです。ロープも買っています。

女性
大空さん

いま手元にありますか?もしあるなら、いったん片づけて、それから話してみませんか?

深刻なことばにも慌てず、大空さんは丁寧にことばを重ねていく。

女性は、新型コロナで勤務先の会社が業績不振になり、去年10月に解雇されたという。

解雇されて以来必死で仕事を探しています。
今すぐにでも死にたいくらい辛いです。

女性

会ったこともなく名前も知らない彼女の存在を肯定することばを重ねる。相談を通じて、辛い気持ちを吐き出してもらうためだ。

女性は仕事以外にも悩みを抱えていた。その思いも後にチャットで吐露することになる。

大空幸星さん

大空さん
1人になる時間が多いせいでしょうか。夜、とくに金曜日の午後9時以降になると相談が増えます。『いますぐ死ぬ』という内容もひんぱんに送られてきます。

10か国以上から24時間365日寄り添う

NPOの相談員は研修中の人も含め約700人。全員がボランティアだ。

重視するのは利用者を「待たせない」こと。誰かに悩みを話したくなったとき、誰かに気持ちをぶつけたいとき、チャットに文字を打ち込んで反応があるだけで人は救われた気持ちになるという。

多くの相談機関でつながりにくいとされる夜間にも十分対応できるよう、海外在住の日本人にも時差を利用して相談員になってもらっている。

相談員の3割近くに当たるおよそ200人がアメリカやフランスなど14か国に在住。悩みを抱える人からのメッセージを待っている。

大空さん
自殺を口にする人には、すぐに接触しないといけません。そうしたSOSを取りこぼすことで命を絶ってしまうケースもあるからです。待たせる時間を作らない。それで救える命もあります。チャット相談だからできる対応です。

NPOでは利用者からの相談を待つだけでは不十分だとして、SNS上に投稿された自殺に関することばを検索し、書き込んだ人にアクセスすることも試みている。

「いいね」のボタンを押す

ただし、メッセージを送りつけるのではなく、あえて「いいね」のボタンを押すだけにとどめている。悩みを吐き出せる場所があることをそれとなく知らせ、相談への敷居を低くしているという。

一方で、相談の急増に人員が追いつかなくなってきているのが悩みだ。

利用者からのメッセージに応答できる割合は去年春ごろには8割程度だったが、最近は6割程度。

NPOは相談員を増やすなどして応答できる態勢を早急に拡充したいとしている。

年代 性別で異なる「危険な時間」

このNPOの理事を務めるのが早稲田大学の上田路子准教授(公共政策)。

去年4月から毎月、全国の男女1000人を対象にコロナ禍での雇用状況や心理状態などについてインターネットを通じて調査している。

6月から10月までの間に40歳未満の女性の25%が「過去3か月に失業や休業、就業時間の大幅な減少を経験した」と回答していた。

同じ年代の男性より8ポイント高かった。現役世代の女性の苦境が浮き彫りになっている。

実際、NPOによると、相談チャットの利用者も8割が女性だという。

さらに、自殺が多くなる「危ない時間帯」にも注目する。

過去のデータや、最近のツイッター上のことばを分析した結果、若い世代では男女とも深夜から早朝にかけて、中高年では女性が日中、男性が朝、それぞれ危険な傾向がみられた。

早稲田大学 上田路子准教授

上田准教授
危険な時間帯は性別や年代によって異なります。それに合わせて切れ目なく救いの手をさしのべる体制を充実させていく必要があります。

すぐに誰かに救いを求められるしくみを作るには、相談窓口の強化だけでなく、家族など周囲にふだんと様子が違う人がいたら声をかけるという個人の心がけも大切です。

「ありがとうございます。涙が出て来ました」

NPOの相談チャット。大空さんのパソコンでは、例の女性とのやり取りが続いていた。女性が語り始めたのは、親とのすれ違いだった。

解雇されたことを後になって伝えたら『もっと早く言え』と怒られました。

仕事をがんばって探しているのに、一切理解してくれなかったんです。

女性

そのほかにも積み重なっていたささいなすれ違いの数々。1回のチャットの時間は40分が上限と定められている。対話は上限いっぱいまで続いた。

大空さん

大変な状況だと思います。また、話を聞かせてください。

優しいお言葉本当にありがとうございます。涙が出てきました。

女性

彼女は最後にこう残して日常に戻っていった。

もしもあなたが悩みを抱えていたら、どうか周囲に相談を。もしも様子が気になる人が周りにいたら、どうか寄り添って声かけを。

コロナ禍の今だからこそ。

  • 追跡 記者のノートから

    ひとり、都会のバス停で~彼女の死が問いかけるもの事件

    微笑みかける写真の女性。当時は70年代、劇団に所属し希望に満ちた日々を過ごしていたという。しかし去年11月、都内のバス停で男に殴られ死亡した。所持金は8円。彼女の人生にいったい何があったのか。

    2021年4月30日

  • 証言 当事者たちの声

    “夫を殺した被告”に、私が語りかけたこと事件

    3年前 富山市の交番を襲撃した被告に拳銃で撃たれて夫を殺された女性。被告本人と直接向き合う中で考えに変化が…そして、はじめは思ってもいなかったことばを被告に語りかけました。

    2021年6月25日

  • 追跡 記者のノートから

    “兜町の風雲児”の最期事件

    去年、東京・下町の木造アパートで火事があり、1人の遺体が見つかった。亡くなったのはかつて「兜町の風雲児」と呼ばれ、相場師として巨万の富を築いた、知る人ぞ知る人物。カネを追いかけ、そして翻弄された男の栄光と転落の人生をたどった。

    2021年4月9日

  • 証言 当事者たちの声

    なぜあいつが俺を… 当事者たちの告白事件

    日本に導入されてから3年がたった「司法取引」。これまでに適用されたのは3件、すべての事件の当事者たちを徹底取材。「組織」と「個人」の関係が大きく変わろうとしている今の日本社会の姿が見えてきた。

    2021年6月29日

  • 桃泥棒を追え! 残された痕跡事件

    フルーツ王国が、そして農家が揺れています。山梨県で収穫を間近に控えた桃が数千個単位でごっそり持ち去られる被害が相次いでいるのです。泥棒からみれば札束が木にぶら下がっているようなものだ」と話す農家の男性。一体誰が?取材を進める中で8月、捜査に大きな動きがありました。

    2022年8月16日

  • 深夜の高速道路で大渋滞~「0時待ち」の謎事故 社会

    午前0時も近い、深夜の高速道路。運転していると、たくさんのトラックの列が…。「あれ、なんでこんな時間に大渋滞?」という経験したことありませんか。実はこれ、「0時待ち」と呼ばれる現象なんです。中には死亡事故につながったとみられるケースまで…。一体どういうことなのか、取材しました。

    2022年7月28日

  • 新人記者が見つけた“もう1つの不正”事件 不正

    隣り合う2つの町の町長が相次いで逮捕された汚職事件。取材を進めると、埋もれていた“新たな不正”が明らかに。新人記者が挑んだ調査報道の記録です。

    2022年7月1日