安心 キケンのない社会をつくろう「私は10日遭難した きっかけは道標だった」

2022年11月2日事故

「まさか私が遭難するとは」

10日にわたって遭難し、救助された女性はこう振り返りました。

なぜ遭難してしまったのか。

彼女の証言からわかってきたことは、山のなかで頼りになる“道標”が時として遭難につながりうる危険性でした。

(奈良局記者 寺井康矩)

人気の山で

奈良県南部にある八経ヶ岳です。

日本百名山で有名な大峰山の一部で、標高は約2000メートル。近畿・中国地方で最高峰です。

手つかずの自然や古くからの修験道の修行の場として知られ、世界遺産にも登録されています。

登山道が整備され、近年では全国各地から多くの登山客が訪れています。

10日にわたって遭難

ことし8月、この山で遭難した佐野佳子さん(61)です。
高校時代は山岳部に所属し、全国高校総体にも出場。
登山歴40年以上のベテランです。

「まさか遭難するとは思いませんでした。生きて帰ってこられて良かったです。今後の遭難防止に役立つなら」と取材に応じてくれました。

佐野佳子さん

この山を3度登った経験のある佐野さん。
友人の女性とともに1泊2日の予定でこの山に登りました。

佐野さんの証言や、まとめられた報告書をもとに遭難から救助までを振り返ります。

【1日目】

1日目は計画通りのルートを登り、山頂近くの山小屋に宿泊しました。

翌日の予定を立てているとき、頂上からふもとの天川村役場に下りる別のルートがあることを知り、予定を変更しました。

初めて通る道でした。

【2日目】

2日目、山小屋を出発して頂上に到着。

前日に変更したルートを通って山を下り、道を進むこと約1時間。

当初のルートに合流する手前で、1本の道標が目に入りました。

その道標が指し示していたのは、登山口を示す左手方向と、いま降りてきた山頂方向を示す手前方向の2つだけ。

地図は途中でなくしてしまったため、判断材料は道標だけでした。

「きちんとした道標だったので、左の道の先に登山口があるんだろうと思いました。こっちしかないという二者択一でした」

佐野さんたちが目的地に下山するためのルートは直進でした。
若干の違和感を覚えつつも、左方向にきちんとした道が伸びていたため、道標に従い左へ進みました。

目的地の天川村ではなく、隣の五條市の集落に続くこの道。

しばらく進むと現れたのは、踏み跡の不明瞭な急斜面の道でした。

佐野さんたちは、雨が降りはじめ視界も悪くなるなか、道を見失いながら、次第に谷のほうへ下っていき、戻れなくなってしまいました。

佐野さんたちが迷い込んだ場所

スマートフォンの電波も全く入らず、佐野さんはこのとき、自分たちが遭難したことに気付いたといいます。

「お昼も過ぎていて、時間的にも焦っていました。私のなかでは登山口を目指しているつもりでしたが、結局谷のほうに下りていってしまいました」

次第に日没が近づくなか、その日は川沿いの岩場の陰で野宿しました。
真夏でも寒く、防災用のレスキューシートに足を入れ、身を寄せ合って不安な夜を過ごしました。

【3日目】

2人はふもとを目指して、川沿いを下流方向に進みますが、砂防ダムに突きあたり、それ以上は進めなくなります。

「このまま進んでも、さらに迷ってしまうだけ」

行き詰まった2人は、途中たまたま見つけた朽ちかけた作業小屋で救助を待つことにしました。

佐野さんたちが身を寄せた作業小屋

【4日目~9日目】

救助を待つ間、佐野さんたちは体力を温存するためあまり動かないようにしました。
水は近くの沢からくみ、食料は持ってきたバウムクーヘンなどを少しずつ分けて食べ、過ごしました。

そして救助のヘリコプターが見つけやすいよう、火をおこしてたき火を続けたといいます。

途中でライターが切れたため、木や葉っぱを集めて種火を絶やさないことなどに気を付けたということです。

「無心でまきを集めたり水をくんだりしました。お互いネガティブなことは言わず、きっと見つけてもらえると信じていました」

【10日目】

救助のヘリコプターの音も途絶え、食料も底をつき始めました。

追い詰められた佐野さんは救助を求めるため、友人を残して小屋を出発することを決断しました。

出発前、友人は目に涙を浮かべていました。

「再会してから泣こう」

佐野さんはこう言って、友人を抱きしめたといいます。

そして、村役場があるはずの北方向を目指し斜面を登り始めました。

何のあてもない出発に、とても不安な気持ちだったと振り返ります。

途中、何度もがけをずり落ちましたが「私が行かなきゃ2人とも助からない」と自分に言い聞かせながら登り続け、12時間かけて尾根筋の開けた場所にたどり着きました。

そのとき、メッセージなどの通知を知らせるスマートフォンの音が聞こえました。
画面にはアンテナが1本だけ立っていました。

電波が届いたのはわずか50センチ四方のエリアだけ。

佐野さんは110番通報しました。

「佐野です。山の開けた尾根にいて、空が見えます」

警察はGPSで位置情報を把握。
「地上から救助隊を向かわせるか決める」と伝えられましたが、すでに暗くなっていたため、佐野さんは「暗闇のなかを登ることができる山じゃない。一晩ここで頑張ります」と答えました。

電話を切ったあと、佐野さんは友人がいる谷に向かって大声で叫びました。

「○○ちゃーん!助かるよー!」

友人と離れ離れのまま佐野さんは1人、夜が明けるのを待ちました。
通報のあと、心配した人たちからのメールやSNSなどが大量に届いたため、あっという間にスマホの充電が減り、明け方にはゼロになっていました。

翌日の午前6時半、救助のヘリが到着。

佐野さんの救助の様子(再生すると音が出ます)

小屋に残してきた友人も無事救助され、病院で再会を果たしました。
遭難中、一度も泣かなかったという佐野さん。
このとき初めて涙を流しました。

「再会してやっとほっとして、涙があふれました。奇跡だと思います」

遭難から実に9日後のことでした。

これまでいくつもの山に登ってきた佐野さんは、遭難は遠い存在だと思っていたといいます。

遭難について改めてこう振り返りました。

佐野さん
「事前にきちんと地図で道を調べておくべきでした。その確認不足もあったんですけど、あの道標が大きな原因だったと思います。改善されて私のように遭難する人がなくなってほしいです」

佐野さんが見た道標とは

私(記者)は、道標をこの目で確かめることにしました。

山に詳しい地元の人の案内で登山道を登っていくと、その道標がありました。

高さ150センチほどの角柱に、話の通り2方向の進路が取り付けられています。今回の遭難を受けて、多くの登山客が下山する天川村役場の方向が書き加えられていました。

地元の人などによりますと、山頂から道標に至る道は10年ほど前に新たに作られました。そのときはただの直線で、道標もなかったといいます。

しかし近年になって新たなルートができたため、この道標が設置されましたが、地元の山岳会や一般登山者から「わかりにくい」との苦情が地元の自治体にたびたび寄せられていたということです。

居村年男 元理事長

佐野さんの捜索に参加し、遭難の検証も行った三重県山岳連盟の居村年男元理事長も、自己責任が原則の登山において、道標は遭難の言い訳にはならないと前置きしたうえで、今回の遭難はこの道標がきっかけになったと指摘します。

居村元理事長
「間違いなくこれで誘い込まれました。これだけ立派な道標だとその先もしっかり整備された道だと思い込みますが、実際は一般の人では登れないような険しいルートで、道標と道がミスマッチです。
きちんと整備した場所は道迷いの遭難はほとんどなくなります。登山道と道標の整備を完璧にやれば、道迷いは10分の1以下まで減らすことができると思います」

設置した自治体は

この道標はどうして設置されたのでしょうか。
設置した五條市に聞きました。

市によると、2年前、市内の山をめぐるルートを作った際、本来の直線から左に分かれる分岐を整備しました。

この道案内のため道標を立てることになりましたが、道標のある場所は五條市と天川村の境界付近

整備はあくまで五條市の事業で、道標は市内のルートを案内するのが目的でした。このため、天川村方面の表示はなく、結果として2方向だけの表示になったということです。
五條市は、道は市内にある集落などにつながっていて、整備もきちんと行っていたとしています。

五條市大塔支所
「この周遊ルートは五條市側のふもとから登るルートとして昔からあり、2年前に倒木などを撤去して整備しました。天川村に下るルート表示をつけなかったのは事実ですが、問題があったとは考えていません。ただ、こういう遭難が起きた以上、何らかの対策を行いたいと考えています」

全国各地に“わかりにくい道標”

国内最大級の登山地図アプリを提供している株式会社ヤマップです。

この会社のアプリでは、登山中の行動ルートをスマートフォン上の地図でリアルタイムに確認することができます。

また、登山者が投稿したデータの分析もしています。

このデータを分析したところ、道標がない場所で道に迷ったり、わかりにくい道標で道を間違ってしまったりするケースが全国で起きているということです。

この場所のデータを見ると、複数の人が看板を見過ごして本来のルートから外れて進んでしまっていました。

ほかにも文字が消えかかっているもの、道標自体が壊れかかっているものも確認されました。

ヤマップPR戦略推進室 上間秀美室長
「登山者はまずは道標を見て判断することが多いので、道標がわかりにくいと迷いやすいです。道標だけを信じるのではなく、地図で自分の現在地を確認することが大切です」

背景に日本特有の事情

国立登山研修所の溝手康史専門調査委員はわかりにくい道標が存在する背景について、日本特有のある事情があるといいます。

溝手専門調査委員
「日本の登山道ははじめから登山道として整備されたのではなく自然発生的にできたものが多いため、登山道の管理者や整備主体があいまいなのが特徴です。事故が起きた際の責任や、整備費用の負担などを避ける傾向が強く、管理者を決めない状況が続いています。
登山道の整備のあり方を決めるのは管理者ですが、どこにどのような道標を設置するか考えて整備していません。登山者が少ないマイナーな山やルートでは、あまり道標を信用しないほうがいいと思います」

では、いったいどうすればいいのでしょうか。

溝手専門調査委員は
▼分岐点や道標のある場所では、必ず地図やコンパス、GPSなどで現在地を確認する
▼ちょっと登山道を外れたときに早い時点で気付いて元の場所に戻る

などが重要だといいます。

取材後記

今回の取材を通して、本来、道案内となる道標が遭難につながりうる危険性があることがわかりました。そして、登山道の整備についても課題があることが見えてきました。

気軽に登山を楽しむ人たちが増えています。山で命を落とさないためにも、私たちができることをしっかりと実践するとともに、遭難につながるようなわかりにくい道標がなくなるよう、きっちりと整備していく必要もあるのではないかと感じました。

日本人初のエベレスト登頂を果たした冒険家・植村直己は次のような言葉を遺しています。

「探検家になるために必要な資質は、臆病者であることです」

登山が注目を集めているいまだからこそ、この言葉の意味をかみしめる必要があると思いました。

  • 奈良放送局 記者 寺井康矩 2017年入局
    徳島局を経て今年から地元の奈良局。警察・文化取材を担当
    趣味は登山