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「日本人が怖くなった」駅に捨てられたベトナム人技能実習生のその後2020年12月2日 国際部記者 紙野武広

「日本人が怖くなった」

技能実習生として日本へ来たベトナム人の彼は、日本で支えてくれた人たちに感謝の気持ちを示す一方で、実際には日本人への恐怖心が芽生えていました。

こうした気持ちを彼が抱くようになったのには理由があります。

東京で「駅に捨てられ」、仕事と住む場所を失い、残ったのは日本に来るために工面した100万円以上の借金だけ。

その彼がいま何を思うのか、聞いてきました。

ベトナムに帰国へ

私は、ベトナム人技能実習生のグエン・ディン・ティさん(25)を取材し、ことし10月「彼は駅に捨てられた」(詳しくはこちら)という記事を書きました。

ティさんは、日本にいることに疲れ果て、私が取材した当時からふるさとのベトナムに帰りたいと話していました。

そして今回、ティさんを支援してきたNPO法人から、ティさんが11月中旬に帰国できるという連絡をもらい、改めて彼に話を聞こうとNPO法人へ向かいました。

施設に着くと、ちょうど仲間のベトナム人といっしょに外に出てきたティさんと遭遇。

仲間のベトナム人は、「ティは、あすベトナムに帰るんだよ」と教えてくれました。

そして、自分たちと離れるのが寂しくて泣いていたんだと、からかうように言われたティさんは照れ笑いを浮かべていました。

久しぶりにあったティさんは、以前よりも、ずっと笑顔が多くなっていました。

多くの人に助けてもらった

私がまずティさんに聞きたかったのは、帰国できることになったことへの率直な心境と、日本での生活について改めてどう感じているかについてです。

ティさん
「NPO法人の人たちやまわりのベトナム人のおかげで、仕事と住む場所を失ったあとも、なんとか日本で生活していくことができました。特にNPO法人に保護されている間、多くの人に助けてもらい、本当にありがとうと言いたいです。新型コロナウイルスの感染が続く中で私のことを支援してくれたすべての日本人に心から感謝しています。ただ、日本では建設の仕事をしていましたが、働く時間が長く、つらかったです。あと、日本語もあまり話すことができなかったので、ストレスがありました」

もう迷惑をかけたくない

NPO法人に聞いたところ、ティさんはNPO法人から日本で働き続けられるよう支援を受けて、3つの企業から内定をもらっていたそうです。では、なぜベトナムへの帰国を決めたのか、理由を尋ねてみました。

ティさん
「ここしばらく、体調が悪いんです。ずっと胃が痛むんです。あとは父親のこともあります。70歳になり、耳があまり聞こえず、最近は体調も崩しがちで、私が近くにいて世話をしてあげたいんです。それに私がここにいることで、これ以上NPO法人のみなさんに迷惑をかけたくありません。だから帰国することにしました」

安定した仕事に就いて父親を支えたい

日本で働くという夢を諦めざるを得なかったティさんには、来日するための費用など約130万円もの借金が残っています。

借金が残ってしまったこと、ティさんを放置することになった監理団体などに対して、どう感じているのでしょうか。

ティさん
「日本でたくさんつらい思いをしましたが、もう過ぎたことなので話したくありません。本当に思い出したくないんです。また借金について、ベトナムから日本にくる技能実習生の多くが同じように借金をしていて、それぞれの困難を抱えています。だから、私もしょうがないんだと思っています。これからについてはいろいろ考えていますし、不安もたくさんあります。ベトナムに帰ったら安定した仕事に就いて、父親を支えたいと思っています」

多額の借金をして日本を目指すベトナム人

ティさんに話を聞いたあと、技能実習生として日本に来るベトナム人の現状について支援団体「日越ともいき支援会」代表の吉水慈豊さんに話を聞きました。

吉水さんはベトナム人の多くが多額の借金をして日本で働くことを目指していると話します。

日越ともいき支援会 代表 吉水慈豊さん
「技能実習生たちは日本に来るために、多い人で150万円ほどの借金をしています。彼らはベトナムにある送り出し機関を通して日本にやってきますが、その送り出し機関や仲介業者に対して、日本への渡航費、現地での日本語の教育費用、仲介手数料などを支払っています。一方でティさんのように、何かしらの問題を抱えて途中で帰国せざるを得ないベトナム人を数多く見てきました。そうした彼らのほとんどが借金を残したまま帰国しているのです。帰国したベトナム人が、母国での仕事が無いことなどから、日本でまた働きたいと電話をかけてくることもあります。現地の平均的な給料は月3万円ほどですから、借金の返済はかなり厳しいのが実情です」

「日本人が怖い」

吉水さんはこうした事情から、ティさんが日本で引き続き働けるよう働き先を探しましたが、ティさんは、今回の経験で「日本人が怖く」なってしまったのだと明かしました。

日越ともいき支援会 代表 吉水慈豊さん
「ティさんの場合、日本に来るために借金をして工面した90万円が残っているのに加え、仕事や住む場所を失ったあとの生活費などとして、さらに40万円を彼の家族が借金していると聞いています。このため私も彼が働き続けられるよう支援をして、3つの企業が内定を出してくれました。でもティさんは『日本人が怖い』と言って、踏み出すことができませんでした。特に中年の日本人の男性に恐怖心があるようでした。だから企業の面接に行っても、消極的になってしまいました」

彼らの支援に向けて

最後に、今のような現状に対して、どんな支援が必要なのか聞いてみました。

日越ともいき支援会 代表 吉水慈豊さん
「日本の技能実習制度は世界から批判されています。それくらいひどい制度になってしまっていると思います。日本の労働力不足を補うために日本に来ている彼らをいっしょに日本に住む人たちとして見ていれば、簡単に解雇したり雇い止めをしたりできないはずです。仕事も住む場所も失った技能実習生は、不法に働くか、犯罪を犯すかの選択肢しか残されていません。仕事を失い帰国せざるをえない技能実習生がいるのであれば、日本政府がチャーター便を出して帰国を支援するなど、より積極的な支援が必要だと思います」

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