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「外国にルーツがあるの?」私が毎日聞かれることネットワーク報道部・木下隆児記者

外国にルーツがあるの? 両親のなれそめは? 家では英語を使うの? 会う人会う人、初対面の人でも、毎日のように個人的なことをなんの遠慮もなく聞いてくるそうです。
そのせいで、彼女はある日体が動かなくなり、外に出たくない、 人に見られたくないという感情があふれて、押さえることができなくなりました。
それは、見た目がみんなと違うということを強烈に意識しなければいけないことに加えて、 思い出したくない記憶をえぐられたからでした。

見た目の違い

彼女の名前は、さなえさん(仮名・28歳)。神奈川県生まれで、父親がアメリカ人、母親が日本人、カールした髪が特徴的な、一見、快活そうな女性です。おそらく多くの人が、彼女を見たら、外国にルーツがあると感じると思います。だから、さなえさんは小さなころから、自分の見た目がみんなと違うことを意識せざるをえなかったそうです。

「幼稚園で手を洗ってたとき、ふと目の前にある鏡を見たんです。まわりの子たちと自分を見比べたら、髪の毛はくるくるだし、顔も違う。私って変なのかも。そう感じました」

幼稚園では周りから「ガイジン」と言われ、そのせいでさなえさんと一緒にいるのを嫌がる女の子もいて、自分が病気なんだと本気で思っていたといいます。さらに話しを聞いて驚いたのは、卒園証書をもらうときに人目にさらされることや、カタカナの名前を呼ばれることが嫌だったから、卒園式を自分の意思で欠席したという経験でした。

褒めてもらえない

さなえさんは、小学校以降も見た目の違いを周りからずっと言われ続けました。「ガイジン」と言われるのは当たり前。小学5年生のとき、信頼していた担任の先生は、理科の授業のときに出てきた「雑種」ということばを説明する際に、こう説明したといいます。

「血の混ざった動物を雑種と呼びます。それが人間だと、さなえさんのような感じですね」

中学校と高校では一時、陸上部に所属していましたが、顧問の先生は足が速いさなえさんに対して、外国にもルーツがあるから速いんだと言って、褒めてもくれなかったそうです。英語を頑張って勉強しても、アメリカにもルーツがあるからと、誰も評価してくれません。髪の毛の色はもともと明るくて、くるくるだったため、中学校と高校では地毛証明書を提出しました。でも、先生は「髪が明るくなったんじゃないか、染めたんじゃないか」としつこく聞いてきたといいます。

人前に出るのが怖い

いろんな人から、見た目の違いを繰り返し繰り返し言われてきて、どう感じたのか。さなえさんに聞いてみると、「怖さ」ということばを使って説明してくれました。

「高校では私のことをわざわざのぞいてくる人もいて、動物園で見られている感じでした。幼稚園の卒園式も休みましたし、それ以降も入学式や卒業式といった人前に出るイベントは苦手でした。怖さを感じるくらいです。見た目の違いを指摘してくるのは男子が多かったので、今でも幼稚園児の男の子でも高校生の男子でも見かけるだけで、顔を隠したくなります」

毎日同じことを聞かれる

それでも、自分が好きなものを人に紹介することにやりがいを感じていたさなえさんは、これまで接客の仕事を続けてきました。でも、仕事を選ぶときや働いているときも、見た目の違いはつきまとってきたそうです。面接のときは決まって「日本人ですか?」「どちらの国ですか?」と聞かれるといいます。接客をしていると、毎日毎日、会う客会う客、みんな決まったひな形があるかのように、「外国にルーツがあるの?」「両親のなれそめは?」「家では英語を使うの?」「今でも英語をしゃべってるの?」と聞いてくるんだそうです。

私は思わず「毎日、同じことを聞かれるんですか」と確認してしまいましたが、さなえさんは「誇張じゃないです、ほとんど毎日なんです」と強調しました。

嫌いだった父親

毎日のように同じことを聞かれて、自分の見た目の違いを強烈に意識しなければいけなかったこと以上に、さなえさんがつらかったことがあります。そうした質問は、思い出したくない記憶を掘り起こしてくるのです。

「父親は、酒乱で毎日のように母親に暴力をふるっていました。母親は殺されかけたこともあります。8歳のころから一時期アメリカで父親といっしょに暮らしていましたが、父親の暴力から逃げるようにして日本に戻ってきたんです」

嫌で嫌でたまらない父親の記憶。さなえさんが、たばこの吸い殻の入ったコーヒーをかけられたこともありました。でも、周りの人たちは、さなえさんの父親がアメリカ人だから、父親のことばかり聞きたがります。秘密にしたいのに、見た目が違うから隠したくても隠せない。そのたびにさなえさんは、傷口をえぐられるような気持ちになりました。

体が動かなくなる

ことし3月、さなえさんは突然体が動かなくなりました。外に出たくない、人に見られたくないという感情だったといいます。ふだんは電車に乗って通勤していましたが、電車に乗ることが怖くなり、接客で客前に立つことを想像すると、自然と息が上がって苦しくなってしまうのでした。会社には、「ごめんなさい、休ませてください」と電話しました。病院に行くと、パニック障害と診断され、薬を処方されました。 私が取材した6月中旬には、さなえさんは外出できる程度まで調子が改善していましたが、大好きな接客の仕事を続けるのは難しいと、さなえさんは話しました。

「人とふれあうことが好きで接客の仕事を続けてきました。でも、見ず知らずの人に自分のルーツのことをえぐられて、もう耐えられません。だから、もう接客の仕事はいいかなって思うときもあります。いっそのことアメリカに行ってもいいかな。だって、見た目が違うってだけで、毎日同じこと聞かれてめんどくさいじゃないですか」