Loading

「外国人客を取り込め」ビジネスでも進む「依存」ネットワーク報道部・伊賀亮人記者

「外国人客を取り込め!」こうしたかけ声があがるのは、ここ数年、日本企業の間で当たり前のようになった訪日外国人旅行客をターゲットにしたビジネスではない。
実は今、日本に住む外国人を取り込もうというビジネスが熱を帯びているのだ。 背景には、日本に住む外国人が、2019年の年末時点で273万人と、 5年続けて過去最高を更新しているほか、外国人材を受け入れを拡大する制度も始まり、 今後、さらに増加することが予想されることがある。

外国人を“労働力”ではなく“マーケット=市場”として取り込もうと、事業展開する企業が出てきているのだ。

拡大するマーケット“先進国第4位”?

まず、実際、どのくらい「日本在住の外国人マーケット」は有望なのだろうか。

それを明確に示す統計はないが、規模感をうかがわせるデータがある。

中長期的滞在で入国する外国人

法務省「出入国管理統計」を基に作成

法務省は、1年間に新規に入国した外国人の数をまとめている。
そのうち、滞在期間が90日より長い中長期的に滞在する人数が増加し続けているのだ。

2017年は実に約47万人余り。前の年より4万7000人、この5年で1.5倍以上に増加している。

実は、この統計はOECD(=経済協力開発機構)が毎年、世界の移民の現状についてまとめている報告書を見ると、2016年時点のデータの比較で、ドイツ、アメリカ、イギリスに次ぐ先進国4位にあたる水準になっている。

このデータは一部報道などで「日本は移民受け入れ世界4位」などとも表現される根拠にもなっている。

先進国への外国人人口の流入

OECD「国際移民アウトルック2018」を基に作成 データは2016年時点

新しく日本で暮らし始める外国人が増加すれば、その分、ビジネスチャンスも広がると言える。

外国人は部屋を借りられない?

では、例えばどういう事業で外国人がマーケットになりうるのか。
日本で学んだり働いたりする人がまず必要になるもの。その1つが住まいだ。

そこで外国人が日本で賃貸住宅を借りる際、連帯保証人の代わりになるサービスを提供するのが「グローバルトラストネットワークス(GTN)」(本社:東京・豊島区)だ。

入居者から保証料を取る代わりに、家賃が滞納された際に肩代わりするという事業を展開する。同じような保証会社は多くあるが、GTNは外国人の入居者だけを対象にしている。

なぜか。後藤裕幸社長は、以前、経営していた海外進出を目指す日本企業向けのコンサルティング会社での経験がきっかけになっていると話す。

「一緒に働いていた外国人が一番困っていたのが『家』です。新しく日本に来る人はサポートしてくれる親戚などもおらず、連帯保証人を求めるのは酷なんです。中には日本人の知り合いに保証人になって欲しいとお願いしたら、連絡が取れなくなり友達を失ってしまったと話す人もいました」

日本では賃貸住宅を借りる際に多くの場合で必要となる保証人。
しかし、実は日本特有の制度で外国人にはなじみがなく、親戚や知り合いがいないため多くの人が部屋を借りるのに苦労していたという。

2006年に起業した当時は、「外国人の入居者は断る」と言われたことも多くあったそうだが、その後、着実に契約件数を伸ばしてきた。

今では東京だけではなく北海道から沖縄まで全国9500社の不動産業者と提携し、2018年度は約3万5000件の新規契約を見込んでいる。そして売上高は25億円と、2017年度の17億円からの増加を見込む。

実際にこのサービスを通じて賃貸契約を結んだ韓国人の男性に話を聞くと「自分だけではマンションを探すのは無理でした」と話してくれた。

日本の文化を学びたいとワーキングホリデーで1年間の予定で来日したという男性。「保証人になってくれる人もいないし、契約する際の審査に日本の携帯が必要と言われても携帯の契約には住所が必要で手に入らない。そんな時にGTNが最後の切り札になってくれました」と言う。

従業員の7割が外国人

GTNの事業拡大の鍵になっているのが入居者と家主双方に対する相談体制だ。

というのも、外国人入居者を受け入れる際に家主が最も懸念するのが、ゴミ出しのルールや騒音など、生活トラブルだからだ。

そこで、GTNでは多言語での電話窓口を設置。家主、入居者双方からの相談に応じてルールの周知や光熱費の支払いの申し込みなどをサポートしている。

今では24時間体制で、英語や中国語、ベトナム語やモンゴル語と16言語に対応している。

きめ細かな対応を行うため従業員には外国人を積極的に採用。全従業員の7割を占める、19か国出身の約140人が働いている。

「一口に外国人と言っても出身によって言語も違えばライフスタイルも多様です。それに対応するためには社内のダイバーシティーが必要です。家主さん側も30~40代の人たちも増えてきて外国人を『マーケット』としてとらえる感覚が広まっていると思います」(後藤社長)

在留資格に長蛇の列

このほかに、外国人が日本で暮らすために必要なものに「在留資格」がある。

この在留資格の申請書類を作成するサービスを手がけるのが「one visa」(東京・渋谷区)だ。

岡村アルベルトCEOは、自身も日系ペルー人として生まれ小学生の時に来日した。その後、日本国籍を取得し、大学卒業後、入国管理局の窓口で勤務した際に目にした光景から起業を思い立ったという。

それが在留資格の更新を申請するため訪れる人の列だ。
外国人が日本に住むためには36種類の在留資格のうち何か1つを取得する必要がある。

それぞれ期限が決まっているため、日本で働くためなどでそれを延長するには資格を更新しなければならないが、手続きに長蛇の列ができていたのだ。

その数、実に1日平均1000人で、待ち時間は4時間に及ぶこともしばしばだったという。

なぜそれだけの時間がかかるのか。岡村さんによると理由は申請書類の不備の多さだという。

在留資格の申請は法務省の書式に記入して行うが、英語の表記はあるものの外国人にはどこに何を書くのかわかりにくい項目があり誤って記入する人が多いと指摘する。
これを「オンラインでスムーズにできれば」と考えたのだ。

主な顧客は外国人を社員として採用している日本企業。ネット上のフォームに企業と外国人従業員の双方が情報を入力するだけで来日する際や更新の際に自動的に在留資格の申請書類を作成できる。

「顧客の9割はIT企業で、日本人のエンジニアが採用できないので外国人を採用しているのです」(岡村CEO)

2017年にサービスの提供を始め、今では約380社が利用している。

外国人社員の採用も急増

実は今、日本企業の間で外国人を社員として採用する動きは広がり始めている。
外国人社員の数を正確に示す統計はない。ただ、企業の社員が取得する「技術・人文知識・国際業務」という在留資格を持ち働く人は、2018年10月末時点で21万3000人余りいる。

日本で働く外国人の在留資格

厚生労働省「外国人の雇用状況の届出状況」を基に作成

日系人の人などが多い「永住者・定住者」のほか、「技能実習」や「留学」の資格を持つ人が目立つが、「技術・人文知識・国際業務」も着実に増加している。

外国人労働者全体の14%を占め、この5年で10万人以上、約2倍に急増しているのだ。

永住しなくても住宅ローンを

そしてより長い期間、日本に住む人たちに注目したのが「東京スター銀行」(本店:東京・港区)だ。
そこで2017年から始めたのが「永住者」の在留資格を持たない人向けの住宅ローン。

というのも、多くの金融機関では、外国人がマンションや戸建て住宅を買うためにローンを借りようとする際に、在留期間の制限がない「永住者」の資格を持っていることなどを条件としている。返済期間中に帰国して貸し倒れになることを防ぐためだ。

しかし、東京スター銀行では、「永住者」資格がなくても期限を更新しながら日本で住み続けたいというニーズがあることや、仮にローン返済中に帰国しても物件を売却して一括返済できるので貸し倒れのリスクは少ないと考えた。

実際にローンを借りて埼玉県草加市のマンションを購入した中国人の男性は、2018年に子どもが産まれたことをきっかけに購入を決めたと次のように話してくれた。

「便利で安全だし子どもには日本で育って欲しいです。それに中国と比べて日本は金利も安いし北京や上海などの大都市と比べると物件価格も低い。周りにも住宅を購入した中国人の知り合いが多くいます」

東京スター銀行の株主は台湾の大手銀行ということもあり、約50人の外国人社員が務めている。

これを活かして全店舗にテレビ会議システムを導入。住宅ローンや口座開設の手続きの際に本店とつないで英語と中国語でサポートするサービスを始めた。さらに、ことし1月には川口市で外国人限定のセミナーなども開催している。

そして、銀行の方針として、今年、個人客部門の中で「外国人マーケット」を重要ターゲットの1つに位置づけたのだ。

「日本に根づいて生活する人たちをターゲットにしていますが今後さらに右肩上がりに増えていくことが予想されますし、住宅ローンだけでなく保険など、ライフイベントに応じて提供できる金融サービスはもっとあると考えています」(ローン提携推進部次長 椙山淳氏) 

マーケットは今後も拡大?

各企業はさらなる事業拡大も図っている。

念頭にあるのは外国人材の受け入れを拡大するため2019年4月から始まった「特定技能」の制度だ。

5年間に34万5000人余りの受け入れを見込むこの制度。業種によっては家族の帯同や永住の申請も可能になる。

one visaでは、金融機関と提携し銀行口座の開設やクレジットカードの発行をサポートすることにしている。在留資格の申請の際、入力する情報を元に申込書類を自動で作成するというもので、住民登録など役所への届け出の書類作成にも活用したい考えだ。

また、GTNでは、「特定技能」の受け入れ企業に代わって外国人を支援する「登録支援機関」として事業展開する方針だ。住居に関する相談窓口を運営してきた実績を生かし、来日した外国人材の生活をサポートしようというものだ。

「『外国人マーケット』は出身国によってニーズも違い事業展開は簡単ではありません。ただ、日本に新規に住み始める人の数を考えると、拡大が見込める未開拓の市場で、今後も参入する企業は増えてパイの奪い合いが生まれるでしょう」(GTN 後藤社長)

「一時的に日本で生活しいずれは帰国する人たちー。」ともすれば固定観念になっていたそうした考えにとらわれることなく、企業の間では「中長期的に暮らす人」としてビジネスチャンスを見いだす動きが広がっている。「労働力」だけではなく「生活者」としての存在感は今後も大きくなっていきそうだ。

最新特集