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ルーツを巡るいじめ「知ってほしい 私たちの本音を」2019年6月7日 ネットワーク報道部・木下隆児記者

ルーツの違いをめぐるいじめ。 それによってみずから命を絶った子。 うつになり、PTSDを発症した女性。

ルーツが原因で生きづらさを感じている人たちは少なくありません。 一方でNHKには、「今の日本でそんな差別的なことが起きるはずがない」 「『ハーフ』はうらやましくはあっても、 いじめの対象にならない」といった意見も寄せられています。 現実と認識になぜこんな大きなギャップが生じるのでしょうか。

そのヒントを探ろうと、海外にルーツを持つ人たちの経験などを発信するウェブサイト 「HAFU TALK(ハーフトーク)」を共同運営する 下地ローレンス吉孝さんに話を聞きました。

実は知らない 私たちのこと

下地さんは、米軍に所属していたアメリカ人の祖父と沖縄生まれの日本人の祖母を持ち、いま社会学者として外国にもルーツを持つ人たちや移民などについて研究をしています。

「HAFU TALK」を去年6月ごろに本格的にスタートした理由について、次のように話しています。

「『ハーフ』の研究をするうえでの問題意識は、『ハーフ』ということばが広く知られているにもかかわらず、彼ら彼女らの存在はイメージばかりが1人歩きをしていて、実態は知られていないという点でした。

『ハーフ』と言われる人たちは、ある研究で1987年以降、少なくとも84万人いると推計され、毎年約2万人生まれています。割合にすると新生児の50人に1人です。

一方で、在日コリアンや日系ブラジル人をめぐる研究はたくさんありますが、『ハーフ』の研究は、実は極端に少ないんです。つまり、日本の移民研究は『外国籍』は対象にしてきましたが、『日本国籍のハーフ』は対象としてきませんでした。

こうした現状を踏まえて、『ハーフ』をめぐる現状を伝えるために、当事者だけでなく、親や先生、関心のある人が、誰でも彼ら彼女らの生の声をシェアできる場の必要性を感じ、サイトを立ち上げました」

母親も外国にルーツ

下地さんの母親は父がアメリカ人で母が日本人。下地さんの母親も、自分では「差別は受けていない」と話していても、今でも「外国人扱い」されているといいます。

「母に『ハーフ』としての苦労を聞いても『全然差別受けてないよ。もっと苦労している人がいるからね』と答えます。

でも、母は60代になった今でも『日本語が上手ですね』『いつ日本に来たんですか』と聞かれています。

そういう状況をみると『ハーフ』が知られていないというだけでなく『日本人像』が単純化されていると感じます。

私はみずからのルーツを強く意識してきたわけではありませんが、高校の時に先輩から、未婚で私の母を産んだ祖母について『お母さん、遊んだ親から生まれたんだね』と言われ、頭が真っ白になった経験があります。

これは『米軍のアメリカ人の子どもを産む日本女性』が、一つのステレオタイプで見られているという現実を表しています」

彼・彼女たちが感じていること

外国にもルーツを持つ人たちは、いまどんな現状に置かれ、どんなことを感じているのか。

研究やサイトの運営を通して、たくさんの人たちに話を聞いている下地さんは、こうした人たちの中には社会で作られたイメージやいじめなどの影響で精神疾患になるケースもあると教えてくれました。

「社会に浸透している『ハーフ』のイメージには偏りがあります。『ハーフ』ということばで多くの人がイメージするのが『白人系』です。フィリピンやアフリカにルーツを持つ人たちは、そうした社会で作られた『ハーフ』=『白人系』というイメージとのギャップに苦しんでいます。アフリカ系、アラブ系の男性は警察から職務質問されることも多く、ある男性は『普通の顔だったら違っただろうな』と漏らしていました。一方で、『白人系』のルーツの女性でもあっても、社会で作られた『ハーフ』像の影響で、周囲のまなざしと自己のギャップに苦しめられる場合があります。また、韓国や中国などにルーツを持つ人たちは、外見から『日本人』とみなされて、海外にもルーツがあることをカミングアウトできずに苦しむ人もいます。このように『ハーフ』とひと言でいっても、彼ら彼女たちの経験は多様です。社会で作られたイメージや、それに基づいて投げかけられた言葉で、うつや摂食障害になる人もいます」

親にも相談できない

「『ハーフ』の子どもたちは、いじめを受けているケースが少なくありませんが、両親にそのことを相談するのは、かなりハードルの高いことなんです。ルーツが原因でいじめられていると相談することが親のルーツを否定する可能性があるからです。

一方で、親に『何で私のことを生んだんだ』『いじめられているのはお母さんのせいだ』と言ってしまったと、告白してくれた人もいます。

親に相談できない子どもたちは、学校での唯一の理解者だと思っている先生に助けを求めますが、先生の理解が足りず助けてくれない場合は、子どもたちの逃げ場はなくなってしまいます。

これ以外にも、女子テニスの大坂なおみ選手が話題になりましたが、国際性豊かな『ハーフ』は称賛され、『ハーフ』が事件を起こすと『移民は犯罪を生む』ということが言われます。

残念ながら、これは『役立つハーフ』と『役立たないハーフ』というイメージがあるということなんです」

あえて「HAFU」という
ことばを掲げた理由

  • ウェブサイト「HAFU TALK」より

「ハーフ」ということばは、人権上差別的だという意見もあります。

それでもこのことばをウェブサイトの名前に使ったのは、彼ら彼女らの呼び方を変えても、現実は変わってこなかった過去があるからだと言います。

「『ハーフ』ということばは、日本とそれ以外のルーツを持つ親の間に生まれた人たちを示す和製英語です。大坂なおみ選手が世界中で話題になった時には、ニューヨークタイムズやエコノミスト誌などでも、彼女のことを『HAFU』と発信しました。

ただ、もともとこうした人たちは、『アイノコ』と呼ばれていたのが差別的だということで、『混血児』、その後『ハーフ』、今は『ダブル』『ミックス』ということばが使われるようになりました。

時代の変化とともに呼び方は変化しましたが、彼ら彼女らが置かれた現状は変わっていません。

だとしたら、いま広く知られている『ハーフ』ということばを使って、生の声を伝えるほうが多くの人に伝わるんじゃないかと考えました。

一方で、『ハーフ』ということばが持つ、差別的・固定的なイメージを持たせないように、半分を意味する『HALF』ではなく和製英語の『HAFU』を使い、お互いに半歩ずつ歩み寄り、半歩ずつシェアしていこうという思いを込めています」

立ち止まって考える

外国人材を受け入れる入国管理法が改正され、新たに「特定技能」という在留資格が作られました。
今後、さらに外国人が増える見通しです。

下地さんは、こうした法改正によって、「ハーフ」と呼ばれる人たちも、将来的には増える可能性があると指摘しました。

「国内にある外国にルーツを持つ人たちのコミュニティーは、現在は南米系やフィリピンが多いです。

これは80年代後半に新たに作られた在留資格で日本に来た南米系の人たちやフィリピン人と日本人の間に生まれた子どもたちが、いま大人になっていることが一因です。

芸能界でもそうしたルーツを持つ人たちが活躍して、多くの人の目に触れるようになっています。今ベトナムやネパールからの労働者が増えていることを考えると、十数年後には、こうした国のルーツを持つ『ハーフ』の人たちが増えている可能性があります。

一方で、『ハーフ』であることがきっかけで、いじめられたり差別的なことばを投げつけられ続けたりして、心を病み、場合によっては自殺せざるを得ないほど追い込まれるような現状は見過ごされています。

こうしたさまざまな問題が放置されているにも関わらず、外国人をさらに受け入れれば、同じような問題が広がる可能性は十分ありえます。

彼ら彼女らの問題は外国人の問題ではなく、日本人の中の問題です。

法改正に合わせて社会的な関心が高まっている今、差別的な言説にくぎを刺し、立ち止まって考えることが大切だと感じています」