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「世界一幸せな国」フィンランドが直面する「福祉の取り合い」国際部・佐藤真莉子記者

世界の国や地域の「幸福度」をランキングにした国連の報告書で、2年連続1位となったフィンランド。 子育てや医療への手厚い補助、無償教育などの「高福祉・高負担」の社会のしくみがその「幸せ」を支えてきた。
ところがここ数年、移民や難民との間で「福祉のとりあい」を指摘する声が上がっている。

歴史的には受け入れに消極的だった

フィンランドの人口は550万人。日本で言うと兵庫県と同等の人口規模は、ヨーロッパの中でもどちらかといえば小規模な国に位置づけられる。単一民族の色合いが濃く、国民性はシャイな人が多いとされる。

移民政策の根底に流れるのは、「移民抑制」という考え方だ。かつて旧ソ連とスウェーデンに支配された経験から外国人に対する警戒感が強く、歴史的に移民の受け入れには消極的だった。

フィンランドはそもそも、移民による人口の流入より、流出の方が多い時代が長かった。どこかメルヘンなイメージが先行しがちな国だが、実際は暗くて寒い冬が長い。経済的にも1980年代ごろまでは決して豊かとは言いがたく、よりよい生活を求めて隣国の旧ソ連やスウェーデンに出ていく人が多かったのだ。

長らく続いた移民抑制政策に変化をもたらしたのが難民の受け入れだ。フィンランドは人道的な理由から、1970年代以降、ベトナムやチリ、旧ユーゴスラビア、ソマリアなどから難民を受け入れ始めた。その後、移民の流入と流出は逆転。1990年代には旧ソ連が崩壊し、流出していたフィンランド系の人たちが多く戻ってきた。

  • フィンランドの首都 ヘルシンキ

多様性を尊重しながらの統合

こうした変化に対して、難民や移民を受け入れるための政策は後手に回り、難民や移民はフィンランド語が話せず、仕事に就けないという問題が出てきた。

フィンランドで難民や移民に関する法律ができたのは、1999年。その基本的な考え方は、受け入れると決まった移民や難民については、彼ら自身の言語や文化を尊重する。その一方でフィンランド語や文化を学ぶ機会を提供し、就労支援も行う。同化でもなく、放置でもなく、「多様性を尊重しながらの統合」を目指すのが、現在のフィンランドの移民政策だ。

こうした政策を実現するための支援はかなり手厚い。例えば、行政サービスとしての住居や当面の生活保護費の支給、子どもの就学支援に加え、NGOやボランティアも、職業教育や通訳など幅広い支援を行っている。

「高福祉」をめぐって不公平感も

フィンランドは移民・難民に対する手厚い支援を実現させるため、自分たちの国の規模に見合った人数を計画的に受け入れてきた。ところが近年、国民と移民・難民との間であつれきが深刻化している。

引き金となったのが景気の悪化だ。2008年の経済危機で悪化した景気がなかなか回復しないなか、国民の間で移民や難民と「仕事の取り合い」が生じているという認識が広まったのだ。

加えて、急速に浸透したのが「福祉の取り合い」という考え方だ。高い税金を納めているからこそ受けられるはずの「高福祉」。しかし移民や難民は、一度滞在許可がおりれば、国民と同等の生活保護、医療、教育を受けられる。「福祉の取り合い」は移民や難民が「高福祉」に“ただ乗り”しているという不公平感に基づくもので、シリアの内戦などに伴う移民・難民の流入が急増するなか、こうした議論は活発になった。

ことし4月中旬に行われた総選挙では、移民の規制を訴える右派の「フィン人党」が、改選前の2倍以上の議席を獲得する躍進をみせて第2党となった。「福祉の取り合い」を声高に叫ぶことで支持を集めてきた政党だ。

自分たちの国の規模に見合った受け入れを進めてきたフィンランド。しかし人口に占める移民の割合は2000年には3.3%だったのが、2010年には4.8%、2017年には5.8%と、じわじわと増え続けている。政府がめざす「統合」がうまく進むのか、手腕が試されている。

少子高齢化で高度人材受け入れも

  • ヘルシンキ市内

一方で、フィンランドが日本と同様に直面しているのが、少子高齢化による労働力不足だ。2017年には、高度人材に特化した移民の受け入れを開始。医師などに加え、プログラミングや起業など、フィンランドが力を入れている分野の活性化につながる人材に来てもらおうというのが狙いだ。

ここに来て気づくのが、フィンランドではあくまでも人道的な理由での受け入れが先行し、移民を「労働力」として見なすようになったのは最近になってからだということだ。だからこそ移民や難民はフィンランドに住めば、住民と同じような高福祉を受けられるだろうと期待し、政府としても、彼らが社会の一員としてうまく統合できるよう手厚い支援をしてきた。

しかし財政がひっ迫するなか、高い理想に支えられた今の移民政策は持続可能なのか。“世界一幸せな国”の移民政策は正念場を迎えている。